監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
- ハラスメント対応
職場におけるハラスメントは、被害を受けた従業員だけでなく職場全体へ被害を与えます。
また、企業の対応が不適切であると、法的責任を問われ、社会的信用を失うおそれもあります。
ここでは、職場におけるハラスメントの影響について解説します。
ハラスメントが企業に及ぼす悪影響とは
職場環境の悪化
ハラスメントが起こった場合、ハラスメントの被害者と加害者との間の信頼関係は破綻または破綻寸前の状態にあります。そうしたハラスメントの当事者が同じ職場で勤務を続けている場合、被害者のみならず、周囲の従業員のモチベーションも低下してしまいかねません
企業がハラスメントに気が付いていない場合や、気が付いていたのに放置する場合など、ハラスメントの問題に適切に対処しないと、加害者や会社に不満を抱く従業員が続発し、職場の雰囲気の悪化へとつながります。
生産性低下による業績悪化
ハラスメントによって職場環境が悪化し、当事者及び会社に不満を持つ従業員が多く発生すると、従業員の働く意欲は低下することが多いです。そうなれば、作業効率の悪化やミスの増加によって従業員の労働能率が低下し、会社全体の生産性の低下を招き、ひいては業績の悪化へとつながるおそれがあります。
人材流出のリスク
ハラスメントの問題が発生すると、被害者が休職したり、退職したりするリスクがあります。
さらに、会社の業績が悪化し、職場環境も悪いとなれば、このような職場ではもう働きたくないと思い、他の従業員も次々とやめてしまうことが生じかねません。このような場合、会社から優秀な従業員から退職してしまう傾向にあるため、会社が人材不足に陥ってしまうおそれがあります
企業イメージの低下
ハラスメント問題が発生すると、民事訴訟、行政指導、マスコミ報道にまで発展する可能性があり、その場合には、企業のスキャンダルとしてマイナスの宣伝効果を生じさせるおそれがあります。
社会的な信頼を一度大きく損なうと、顧客離れや取引中止、株価の暴落といった影響を受けるリスクがあり、業績悪化へとつながりかねません。
ハラスメント問題と企業への損害賠償リスク
労災事案の賠償請求に対する使用者側対応と労災保険企業が負う法的責任とは
ハラスメントが起こった場合、企業は、先に述べたような事実上の不利益を負うにとどまらず、法的責任を追及されることがあります。
企業が負う法的責任としては、使用者責任(民法第715条)、職場環境配慮義務違反の債務不履行責任(民法415条、労働契約法5条)や不法行為責任(民法709条)があります。
また、男女雇用機会均等法、労働施策総合推進法、育児・介護休業法では、事業主に対し、ハラスメント防止のための雇用管理上必要な措置を講じることを義務づけており、事業主が措置義務を果たさない場合は企業名公表に至ることがあります。
ハラスメントについて損害賠償請求された判例
ハラスメント問題で会社の責任が問われた裁判例をご紹介します。
事件の概要
【名古屋高等裁判所 平成22年5月21日判決 地公災基金愛知県支部長(A市役所職員・うつ病自殺)事件】
市役所の職員であったA氏は、厳しい指導で知られていたB部長の課に配属となりました。
B部長は、仕事がよくでき、部下に対しても高い水準の仕事を求め、その指導の内容自体は多くの場合間違ってはいなかったものの、話し方が命令口調であり、人前で大声を出して、感情的、かつ、反論を許さない高圧的な叱り方をすることがしばしばありました。そのため、B部長の部下は、B部長から怒られないように常に顔色を窺い、不快感と共に、萎縮しながら仕事をする傾向があり、部下の間では、不満がくすぶっていました。
こうしたB部長の部下に対する指導状況は、職場内では周知の事実であり、過去には、このままでは自殺者が出るなどとして人事課に訴え出た職員もいましたが、仕事上の能力が特に高く、弁も立ち、上司からも頼りにされていたB部長に対しては、上層部でもものを言える人物がおらず、そのため、B部長の指導のあり方が改善されることはありませんでした。
そのような中、B部長がA氏の直属の部下らを厳しく叱責するということがあり、A氏は、そのことを自らのこととして責任を感じ、心理的負荷により自殺に至りました。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
「Bの部下に対する指導は,人前で大声を出して感情的,高圧的かつ攻撃的に部下を叱責することもあり,部下の個性や能力に対する配慮が弱く,叱責後のフォローもないというものであり,それが部下の人格を傷つけ,心理的負荷を与えることもあるパワーハラスメントに当たることは明らかである。
Yが仕事を離れた場面で部下に対し人格的非難に及ぶような叱責をすることがあったとはいえず,指導の内容も正しいことが多かったとはいえるが,それらのことを理由に,これら指導がパワーハラスメントであること自体が否定されるものではない」として、Bの部下に対する指導がパワーハラスメントにあたると判断しました。
ポイントと解説
B部長は、直接A氏に対して厳しい叱責を行ったわけではなく、また、B部長の日頃の部下に対する指導状況は、必ずしも理由なく叱責することはなかったという事情があったことから、一審はこの点を強調し、パワーハラスメントを否定しています。
しかし、本判決では、Bの部下に対する指導は、人前で大声を出して感情的、高圧的かつ攻撃的に部下を叱責することもあり、部下の個性や能力に対する配慮が弱く、叱責後のフォローもないというものであり、それが部下の人格を傷つけ、心理的負荷を与えることもあるパワーハラスメントに当たることは明らかであると判断しました。
本判決によれば、言動の態様・頻度・継続性等が、パワーハラスメントについての評価の重要な判断要素となるといえます。
ハラスメントに関するQ&A
ハラスメントについてよくある質問について、以下で解説します。
ハラスメントが発生した場合、従業員にはどのような影響がありますか?
ハラスメントが発生すると、ハラスメントを受けた従業員は、就労の意欲が減退したり、退職したり、精神疾患を患ったりする可能性があります。
職場でハラスメントが発生した場合、企業名は公表されてしまうのでしょうか?
職場でハラスメントが発生した場合、事前に労働基準監督署から指導や勧告が行われ、それでも是正が図られない場合は企業名公表に至ることがあります。
法律上の制裁として企業名を公表できると規定されている法律には、育児・介護休業法、高年齢者雇用安定法、障害者雇用促進法、労働者派遣法等があります。
そして、令和2年6月1日施行のパワハラ防止法の改正により、パワーハラスメントについて防止措置を講じない等の理由で行政から勧告を受けたにもかかわらず従わなかったときには、その旨を公表される可能性があります。
ハラスメントにより会社の業績が悪化しました。ハラスメントをした従業員に対し、損害賠償を請求することは可能ですか?
労働者が故意や過失によって会社に損害を発生させた場合、債務不履行責任や不法行為責任によって会社は労働者へ損害賠償請求できるのが原則です。
しかし、債務不履行責任や不法行為責任の一般原則をそのまま貫くと、労働者が不利益を受けてしまうおそれがあるため、信義則や報償責任により、労働者のミス等によって会社が労働者へ損害賠償できるケースは限定的に理解され、従業員側に「故意」や「重過失」があるケースに限られます。
そのため、ハラスメントによる会社の業績悪化については、従業員があえてそれを意図して行った場合や、会社が適切に注意、処分等を重ねたにもかかわらず従業員がハラスメントを行い続けたことにより業績が悪化したといえるような極端な場合に限られるといえます。
また、ハラスメントによる会社の業績悪化といっても、会社が適切に対処したか否かが大きくかかわるため、従業員の行為自体による損害だということができる範囲は限定されると考えられます。
パワハラがあったことで職場秩序に乱れが生じています。改善するにはどのような措置が必要ですか?
ハラスメントが発生した場合、二次被害が生じる可能性があることから、会社としては、迅速かつ適切に対応する必要があります。
まずは、当事者や関係者への聴き取りを含めた調査を行い、事実関係の確認を行った上で、ハラスメントの有無について事実認定を行い、その結果、ハラスメントがあったと認定された場合は、まず被害者に対し適切なフォローを行うことが必要です。
具体的には、被害者と加害者の執務場所の引き離しや配置転換、労働条件上の不利益の回復、産業医等による定期的な面談の実施、休暇の付与、当事者双方の関係改善のサポート等の措置を講じます。
また、ハラスメントがあったと認定された場合は、一般的に就業規則上の懲戒事由に当たるため、加害者への懲戒処分を検討することになります。加害者に対し適切な懲戒処分が行われないと、会社がハラスメント行為を容認していると受け取られかねないため、毅然とした対応をする必要があります。
他方で、ハラスメント行為に相応な処分である必要があり、重すぎる処分は無効となるため注意が必要です。
さらに、同じことが繰り返されないよう、再発防止に向けた措置を講じることも必要となります。
職場のハラスメントについてSNSによる拡散を防ぐために、会社がすべきことはありますか?
従業員により不適切なSNS投稿が行われると、その情報がたちまちインターネットで拡散され、会社の信用低下や、金銭的損失が発生するなど、多大なダメージを与える可能性があります。
会社としては、信用を回復するために、会社から事実関係の公表を行うことや、公的な謝罪を検討する必要があります。
なお、仮に、SNSによって投稿されたハラスメントに関する内容が事実である場合には、一刻も早くハラスメントに対する適切な対応を行うことが必要であることは言うまでもありません。
また、SNSに投稿された内容は、放置していれば更にインターネット上で拡散していく危険がありますから、従業員に対して速やかに投稿内容の削除を要請する必要があります。
さらに、従業員のSNS投稿によって、情報漏えいや名誉棄損等が生じた場合には、当該従業員の行為は就業規則上の懲戒事由に該当することがほとんどであると考えられますので、行為の悪質性や被害の程度等も踏まえ、懲戒処分の検討が必要となる場合もあります。
ハラスメントにより自殺者が出た場合、会社はどのような責任を負うのでしょうか?
ハラスメントにより自殺者が出た場合、ハラスメント行為と自殺との間に因果関係が認められれば、会社は、使用者責任や安全配慮義務違反を理由として、賠償責任を負う可能性があります。
職場におけるハラスメントにはどのようなものがあるのでしょうか?
職場におけるハラスメントには、パワー・ハラスメント、セクシャル・ハラスメント、カスタマー・ハラスメント、マタニティー・ハラスメント等があります。
ダイバーシティ・LGBTに関する問題パワハラにより、うつ病を発症した従業員から労災請求された場合、どのような手続きが必要ですか?
労災申請があった場合、会社としては労災と考えていない場合であっても、会社には申請について一定の協力をすることが義務付けられています。具体的には「手続についての助力」と「必要な証明」が求められています。
なお、会社として労災ではないと考えている場合、会社がとるべき基本姿勢は、従業員には希望通り労災の申請をさせたうえで、労災かどうかについて、労働基準監督署長の判断に委ねることとなります。
ハラスメントによる人材流失を防ぎたいため、退職の申し出を拒否することは可能ですか?
期間の定めのない労働契約の場合、労働者は、2週間の予告期間を置けばいつでも契約を解約することができますので、会社は、退職の申し出を拒否することはできません。
他方で、期間の定めのある労働契約の場合、労働者は、その期間中は契約を解除できないのが原則です。ただし、雇用契約を続けることができない「やむを得ない事由」がある場合は退職が認められます。
また、一定の場合、当該労働期間の初日から1年を経過した日以後は、退職の自由が認められることとされています。そのため、この場合も、会社は、労働者からの退職の申し出を拒否することはできません。
会社がハラスメントについて対策をしていなかった場合、賠償額の支払いを免れることは不可能でしょうか?
会社がハラスメントについて対策をしていなかった場合、それは会社に職場環境配慮義務違反があったことを意味します。その場合には、会社は、会社自身の不法行為責任を負うことになり、賠償額の支払いを免れることは不可能だと考えられます。
ハラスメントは企業経営に大きな影響を及ぼします。ハラスメントの発生・拡大を防ぐためにも弁護士にご相談下さい。
ハラスメントは、被害者だけでなく、被害者の周囲にいる従業員に対しても、生産性の低下等の影響を及ぼします。さらに、事態が悪化すると、企業の存続に支障をきたすような状況になるリスクがあります。
単にハラスメントといってもその内容は様々であり、その内容に応じてハラスメントが生じない仕組みづくりや、ハラスメントが生じた場合の対処方法を考えておく必要がありますが、弁護士であれば、各種のハラスメントの知識を持ち合わせており、防止するための就業規則等の整備についてもお手伝いが可能です。ハラスメント対策をお考えの方は、お早めに弁護士に相談されることをお勧めします。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)
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企業側人事労務に関するご相談
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