労務

労災事案の賠償請求に対する使用者側対応と労災保険

横浜法律事務所 所長 弁護士 伊東 香織

監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士

職場でハラスメント(嫌がらせ)が発生した場合、職場には、どのような影響があるのでしょうか。
以下で解説していきます。

目次

労働基準法上の災害補償について

労働者の業務上のケガ等については、労働基準法上、使用者に補償させる制度として、災害補償制度が存在します。
しかし、災害補償制度だけでは、使用者の資金の問題や急ぎで給付しないといけない場合等に問題が発生するため、公的保険制度として、労災保険が存在しています。

労働災害(労災)とは?

労働災害(労災)とは、労働者が労務を担ったことによって被ったケガや病気等を指します。
一言でいうと、仕事で被ったケガや病気とイメージしておけばよいでしょう。
こう聞くとシンプルですが、どこまでを「仕事」と捉えるか等、そもそも労災と言えるか否か争われるケースはかなりあり、難しい問題があるのです。

労働災害によって労働者側が被る損害

労働災害によってケガ等をした場合には、以下のような損害が予想されます。 ・療養費(治療費)
・入院雑費
・付添看護費
・通院交通費
・休業損害(治療中に得られたであろう収入)
・通院慰謝料など
が治療を終えるまでの損害が発生します。

また、治療の結果、障害(後遺障害)が残った場合には、
・将来介護費
・後遺障害逸失利益(将来に得られたであろう収入)
・後遺障害慰謝料等が発生します。

死亡に至るような場合には、
・死亡逸失利益
・死亡慰謝料
・近親者慰謝料
・葬儀費用等
が発生します。

労災保険給付の種類と特徴

代表的なものとして以下のようなものがあります。

療養(補償)給付:
従業員が、業務上や通勤によってケガをして療養が必要な場合に支給されます。
現物給付としての「療養の給付」が原則で、例外的に現金給付としての「療養の費用の支給」がなされます。

休業(補償)給付:
従業員が業務上や通勤による傷病の療養のため働けず賃金をうけられない場合に、賃金をうけられない日の第4日目から支給されます。
金額は休業1日につき給付基礎日額の60%が休業(補償)給付として支給され、 別に給付基礎日額の20%が特別支給金として支給されます。

介護(補償)給付:
一定の障害により、傷病(補償)年金を受給し、介護を受けている場合に、月単位で支給されます。
常時介護/随時介護の別、親族等の介護を受けているか否かによって金額に違いがあります。

傷病(補償)年金:
療養開始後、1年6か月を経過してもなおらず、傷病の等級に該当する場合は、一定の金額が休業(補償)給付に代えて支給されます。

労働災害が発生した場合の企業リスク

労働災害が発生した場合、企業はどのようなリスクを被るのでしょうか。
まず、従業員は、労災保険を受けることに先行して損害賠償請求訴訟を会社に対しておこすことができます(訴訟リスク)。
そして、訴訟の過程と結果において、会社の信用が毀損されるリスクがあります(レピュテーションリスク)。
訴訟等法的手続ともなれば、和解や判決によって金銭賠償をする可能性もあります(賠償リスク)

使用者側の賠償責任と安全配慮義務

使用者側には従業員を雇用するにあたり、職場環境についての安全配慮義務を負います。
この安全配慮義務に違反したり、労災があった際に過失が会社側にあったりすると、使用者側の賠償責任の問題が発生します。

賠償請求を受けた場合の使用者側の対応

それでは、使用者側が賠償請求を受けた場合、どのように対応すればよいのでしょうか。

使用者側に過失がなければ賠償責任は負わない

まず、労災があったとしても、使用者側に過失がなければ賠償責任を負わないことを理解しておきましょう。
労災の有無と、使用者の賠償責任の有無の問題は直接的には関係のない問題です。

労働者側にも過失があれば過失相殺が可能

仮に使用者側に過失があったとしても、労働者側に過失があれば、過失相殺による請求の減額を試みることができます。

労災と損害賠償請求に関する判例

事件の概要

従業員の自殺が、会社の過重な業務を原因とすると主張し、遺族が労働基準監督署長に対して遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、不支給処分を受けたため、この不支給処分の取り消しを求めた事案です。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

労基署がそもそも不支給処分としたのは、「心理的負荷による精神障害の認定基準」(平23.12.26基発1226第1号)に即して検討したところ、「自殺の前に業務起因性が認められないうつ病を発症し,その後自殺するまでの間に「特別な出来事」がない」との判断過程を経たものでした。
裁判所は、業務起因性の判断をするにおいては,基本的には「心理的負荷による精神障害の認定基準」(平23.12.26基発1226第1号)を参考としつつ,当該労働者に関する精神障害発症および死亡に至るまでの具体的事情を総合的に斟酌し,必要に応じてこれを修正する手法により,業務と精神障害発症および死亡との間の相当因果関係を判断するのが相当であるとした一審判断を維持し取り消しを認めました。

ポイントと解説

裁判所での判断にあたっては、「心理的負荷による精神障害の認定基準」(平23.12.26基発1226第1号)が形式的に運用されているのではなく、労災認定の方向(会社社側の不利)に修正される可能性があるとした点がポイントです。

賠償リスクを回避するためにも労災防止策が必要

損害賠償が認められると経営の悪化や、風評被害の問題もありますし、何より従業員が安心して働ける環境は業務効率に直結します。
普段から労災が発生しないよう、継続的で確実に実施できる労災防止策が必要となります。

よくある質問

安全配慮義務を違反した場合、会社にはどのような罰則が科せられるのでしょうか?

会社が安全配慮義務に違反した際、結果によっては、労働安全衛生法違反や、刑法上の業務上過失致死罪等に該当する可能性があります。
例えば労働安全衛生法は、20条以降で、事業者の安全配慮義務を具体的に定めていますが、これに事業者が違反した場合は、「6月以下の懲役又は50万円以下の罰金」、法人も同じ罰金刑が科されます。

労災が認定された場合、会社は賠償責任を免れることができますか?

労災が認定された場合で、かつ、会社側に過失が認められるようなケースで、必ずしも損害の全てを労災が賄えるわけではありません。賄えない部分については賠償をしなければなりません。

労働災害により従業員に後遺症が残った場合、逸失利益は労災保険から支払われますか?

一部は支払われることとなりますが、全額が払われるわけではありません。
労災保険から支払いきれなかった部分については、やはり、逸失利益分の支払い義務を会社は負うこととなります。

労災による賠償請求で、過失相殺が認められるのはどのようなケースですか?

「機材の操作にまつわる労災であれば、定められた手順とは違う、危険な操作をしていたような場合」
といった具合に、労災に至る過程で、従業員側にも落ち度があり、それが労災発生の原因の一部を構成しているようなケースです。

会社に過失がない場合でも、労災認定されることはあるのでしょうか?

災害補償制度や、労災保険は、無過失の補償制度ですので、会社に過失がない場合でも労災認定がなされます。
より具体的にいうと、会社の過失の有無と労災認定とは連動していません。

労災に遭った従業員から、損害以上の賠償額を請求された場合の対処法を教えて下さい。

そもそも会社側に過失があるのかが前提となります。
過失がない場合はそもそも損害賠償に応じる必要はありません。
また仮に過失があったとしても、労災により給付を受けている部分については、労災の認定状況と給付状況を教えてもらい、補填を受けている部分について金額を減額しましょう。

労災による死亡事故があった場合、会社は罪に問われるのでしょうか?

労働安全衛生法違反や、刑法上の業務上過失致死罪に該当する可能性があります。
労働安全衛生法違反については、個人も法人も処罰の対象となり、
業務上過失致死罪については、個人のみが処罰の対象です。

職場のハラスメントによるうつ病の発症は、労働災害に該当しますか?

労災認定基準上、ハラスメントが心理的負荷を生じさせることは明記されています。
したがって、ハラスメントとうつ病との間で因果関係が認められるのであれば、労働災害に該当します。
もっとも、ハラスメントとうつ病との間で因果関係が認められるようなケースは、相当長期間にわたってハラスメントが行われていたり、かなりの強度のものであったりする場合が多いため、
ハラスメント=うつ病発症
と理解するのは早計です。

派遣労働者が労働災害に遭った場合、派遣先企業が賠償責任を負うのでしょうか?

労災発生につき、派遣先企業において過失が認められる場合は、派遣先企業が賠償責任を負います。

労災により亡くなった従業員の遺族から葬儀費用を請求されました。会社に支払い義務はあるのでしょうか?

端的に言えば、会社側に安全配慮義務違反や過失があり、それが従業員の死亡につながっている場合については、葬儀費用等の支払い義務が発生します。
もっとも、労災保険給付の中には葬儀についての給付があり、この給付分について差し引いた金額しか、遺族は請求ができません。
なお、労災にあたるか否かと、会社側の安全配慮義務違反や過失の有無とは必ずしも連動するものではありませんのでご注意ください。

労働災害の損害賠償請求に時効はありますか?

労働災害を理由に損害賠償請求をするにあたっては、以下の理屈が考えられます。
理屈ごとに時効が異なってきます。
① 安全配慮義務の債務不履行
  労働者が権利を行使できることを知った時から5年又は権利を行使できるときから20年
② 使用者責任
  労働者が損害と加害者を知った時から5年、又は不法行為が発生してから20年

労災による損害賠償請求で、素因減額が認められるケースを教えて下さい。

素因とは、労働者がもともともっていた身体的・精神的な性質を指します。
労災にあたって、労働者の素因が原因となっていたり、損害の拡大に作用していたりするような場合には、労働者からの損害賠償の減額が認められる可能性があります。 具体的には、
・もともとうつ病等の精神疾患があった
・脳・心臓疾患等の基礎疾患があった
等です。
例として挙げたものがもともとあったとしても必ずしも認められるわけではなく、 あくまで労災の内容との関係で相対的に決まるものであることにご注意ください。

労災事案で賠償請求を受けた場合は、労働問題に強い弁護士にご相談ください。

労災事案では従業員からの苛烈な請求にさらされることがまま見受けられます。
責任を果たすべき部分とそうではない部分との区別をつけずに請求がなされるケースもかなりありますから、請求に疑問があった際には是非弁護士に相談ください。

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横浜法律事務所 所長 弁護士 伊東 香織
監修:弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長
保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)
神奈川県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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