監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
- 残業代請求対応、未払い賃金対応
あなたの職場が定時を迎えました。仕事を終えさっさと帰宅する社員もいれば、残って必死に作業をしている(ように見える)社員もいます。
ところで、上司であるあなたは、社員がなぜ残業しているのか、業務上の必要性も含めて把握していますか?
もし把握していないのなら、その残業は、ひょっとすると「ダラダラ残業」かもしれません。
無駄な時間外労働(ダラダラ残業、生活残業)を防ぐには
「ダラダラ残業」に該当するケース
「ダラダラ残業」を定義した条文は存在しないため、一概には言えませんが、経験上、次のようなものが見受けられます。
いずれも当該部門における目的達成を目的としていない点に特徴があります。
①無目的型
なんとなく「夜の職場」という雰囲気が好きで、何をするでもなく漫然と座っているパターン
②お友達型
懇意にしている他の社員が残業しているので、残って業務に関係ない会話をしているパターン
③牛歩型
本来の能力を発揮すれば規定の時間内に終わるにもかかわらず、忙しさを演出し自己に割り当てられる仕事を少なくしたり、残業代を稼ぐために、意図的に作業を遅くしているパターン
④勉強型
業務に必要な勉強をするといって、書籍やネット検索をして勉強をしているパターン
ダラダラ残業が及ぼす会社への悪影響
労働の目的が、成果達成ではないため、当該部門の生産性が必然的に低下します。
また、長時間労働による社員の疲労により空気(ムード)がわるくなり、業績悪化や、優秀な層の社員の離職を招き、会社の衰退の原因となります。
許可の無い残業でも残業代の支払いは必要か?
残業代の発生と許可の有無は本質的には無関係です。
残業せざるを得ないほどの分量の業務が発生している等、現実の業務遂行上、残業が客観的に必要な状態となっていれば、許可がなくとも残業代の支払いは基本的には必要です。
残業許可制の導入によるダラダラ残業の防止
許可の有無と残業代の支払いが関係ないのであれば、許可制をわざわざ導入する意味はなんでしょうか。
それは、上長が、残業の必要性を吟味する機会を得、不測の残業代請求を抑止する点にあります。
残業が必要だと社員に申告させることで、「その残業は今本当に必要なの?」「明日で十分じゃない?」という問いかけが可能となり、ダラダラ残業を回避し、本当に必要な残業に集中させることができるのです。
残業許可制の運用に関する注意点
ルールの明確化と適正な運用が必要
残業許可制が有効に機能するためには上司も部下も、次の点を遵守する必要があります。
いずれが欠けても残業許可制は機能しません。
- ①残業許可制のルールの周知徹底(いつでもだれでも目視できる場所に掲示し、残業のルールはこの掲示のとおりであると社員の前で説明すること)
→制度の内容を知らなければルールの運用は不可能です。 - ②本当に必要な残業については、適切な時間の枠を示し、許可を必ずすること
→全ての残業の申請について合理的な理由なく拒否されてしまうと部下はあきらめて申請そのものをしなくなり、予期せぬ残業代請求のリスクが増大します。 - ③残業の申請は事前申請を原則とすること
就業規則の規定例
(時間外労働命令)
第〇条 会社は、業務上の必要性がある場合、社員に対して、所定労働時間外の労働を命じることがある。
2 やむを得ず時間外労働の必要性が生じた場合、社員は、事前に所属長に申し出て、許可を得なければならない。社員が、会社の許可なく会社業務を実施した場合、当該時間については、当該業務の実施に対応する部分の通常賃金及び割増賃金は支払わない。
定期的な周知と社員への意識づけ
許可制は、周知をしなければ伝わりません。
定期的に周知をして、社員に意識付けをしましょう。
黙示の残業命令とならないようにする
会社側が、残業の必要性を認識しながら、これを放置し、事実上、社員に残業を強制させるケースがあります。これが黙示の残業命令と呼ばれるものです。
黙示の残業命令の場合にも、残業代の支払いが必要となります。
残業許可制で、予期せぬ残業代請求を防ぎましょう。
残業の許可に関する裁判例
事件の概要
社員である原告が、時間外労働に対する賃金が支払われていないとして、被告である会社に対して、未払賃金等の支払いを求めた事件です。
会社側は、残業にあたっては、上長の許可を得てする旨の許可制が敷かれており、無許可での残業は、使用者の指揮命令下でしたものとはいえないから、無許可での残業部分は、時間外労働の時間から控除されるべきとの反論をしました。
裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)
本件の争点は多岐にわたりますが、残業の許可制に関する部分のみで言えば、「被告会社における労働時間管理の実態は,……当日中に処理すべきものと指定した仕事は残業をしてでも処理することを大前提としつつ,専ら処理速度を上げることで残業時間を短縮するよう求めていたというのにすぎ」ないとの評価の上、「業務の上で必要な残業を行うこと自体は認められる」として、許可を得ない残業部分は時間外労働の時間から控除されるべきとの被告の主張を退けました。
(長崎地方裁判所 平成30年12月7日)
ポイントと解説
残業許可制に絞って本件を分析すると、単純に許可制を敷くだけでは、無許可の残業に対応することはできず、残業をそもそも生じさせないような労働環境の整備が求められていることがわかります。
残業許可制に関するQ&A
残業許可の要否を判断する基準について教えて下さい。
①残業の必要性
残業をしてまで当日中に行わなければならない業務上の必要性・緊急性が客観的に存在しているのかを検討します。
②残業の代替性
残業の申出をしている人物その人自身がやらなければならないことなのか、管理職の方で巻き取ることはできないかを検討します。
③残業しない場合の不利益
その残業をしないことで発生する不利益は具体的にどのようなものがあるのかを検討します。
以上の3点を検討し、残業の必要性があり、代替ができず、残業をしない不利益が大きい場合には、残業を認める時間とともに、残業の許可をすべきことになります。
事前許可なく残業している社員を見つけた場合、どのような対応が必要ですか?
社員に対して、「あなたには残業の許可を出していない」旨を告げて、「なぜ、残業が必要なのか」理由を聞いてください。ここで避けなければいけないのが、上司が感情的になってしまうことです。
あくまで、「長時間労働は一般論からいって健康によくないから」と社員を心配する気持ちを示しつつ、残業の必要性を冷静に聴取・吟味することが必要です。
吟味の結果、残業の必要性がないと判断した場合は、理由を示して、「明日でいいから」等といって、帰宅させてください。
吟味の結果必要と判断した場合は、「1時間だけ残業を認めます」等と、時間を区切って残業を許可してください。許可した後は、許可した時間までに社員が退社したことも必ず確認してください。
終業時刻に帰るよう注意しましたが、社員が勝手に残業した場合でも残業代は発生しますか?
残業が必要な状況下では、残業代が発生してしまいます。
残業許可制を導入し、既に周知していた場合は、終業時刻に残っている社員については、先に述べた基準に照らし、残業が必要か否かを確認するようにしてください。
その上で、残業は不要と判断した場合には帰宅を促してください。
不必要な残業を防ぐのに、定額残業代制の導入は有効ですか?
有効ではありません。
定額残業代といえども、定額部分を超えた残業が行われた場合は、その部分に対応する残業代の支払いが必要となります。つまり、社員からすれば、「定額だから残業はやめよう」ということにはならないのです。
不必要な残業を防ぐためには、残業の要否についての吟味が必要となります。
残業許可制に申請期限を設定することは問題ないですか?
常識的な範囲内であれば問題はありませんが、申請期限を破った申請だからという理由だけで、残業を許可しないことはできません。
残業代の発生と残業の許可との間には、法律的な関連性はなく、残業の許可をしなくとも残業代が発生することはあり得ます。したがって、残業許可制に申請期限を設定する意味は法的にはなく、単なる目安の設定程度のものにとどまります。
残業申請書にはどのような内容を記載してもらうべきですか?
以下について事前に記載してもらうとよいでしょう。
①残業の必要性
残業をしてまで当日中に行わなければならない業務上の必要性・緊急性
②残業の代替性
残業の申出をしている人物その人自身がやらなければならないことなのか
③残業しない場合の不利益
残業をしないことで発生する不利益は具体的にどのようなものがあるのか
④必要な残業の時間
残業を終えるために必要な時間
「許可のない残業に対して残業代は支払わない」と就業規則上で定めることは可能ですか?
決めることはできますが、法的には意味がありません。
残業許可制のルールを違反した社員に対し、懲戒処分を下すことは可能ですか?
違反の態様と就業規則上の服務規律の内容によりますが、単なる手続上のルール違反ですので、基本的には難しいと考えられます。
ノー残業デーは残業時間の短縮に効果がありますか?
効果はありません。
なぜなら、「特定の曜日に残業を一切しない」との取り決めをしても、必要な残業時間の総量は変化しないからです。
残業時間の短縮という目的実現を目指すのであれば、社員1人1人の生産性を高め、残業時間の総量自体を減少させなければなりません。
タイムカードの不正打刻で残業時間の水増しが発覚しました。会社はどう対応すべきですか?
刑法典上の詐欺罪という犯罪に当たる可能性があります。
かなり悪質なケースでは懲戒解雇も視野に入れるべきですが、懲戒解雇は懲戒処分の中でも最も重い処分ですので、厳格な規制がなされています。選択する際には慎重に検討しなければなりません。
残業許可制の運用について、労務管理の知識を有する弁護士がアドバイスさせて頂きます。
残業許可制の導入にあたっては、具体的なイメージを上司がもっていないと有効に機能しません。弊所であれば具体的なケースに即して残業許可制の導入をご案内できますので、ご用命ください。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)
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