監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
退職した従業員からパワハラがあったと訴えられた場合、会社としてはどのように対応すればよいのでしょうか。本ページでは、退職後の従業員からパワハラで訴えられたときの会社の対応について解説します。
目次
従業員の退職後にパワハラで訴えられることはある?
在職中の従業員から、上司や同僚からパワハラを受けたので対処してほしい、あるいは防止してほしいと相談されることも多いと思いますが、 パワハラ被害は、従業員が退職した後であっても訴えることができますので、退職後の従業員が会社や行為者(パワハラした加害者)に対して、訴えることは考えられます。在職中ではないからこそ、請求するということは多いです。
なぜ退職後に訴えるのか?
パワハラの被害に遭った場合、在職期間中に就業環境の改善を求めて被害を申告することがありますが、一方で、在職期間中は、社内の人間関係等に気を遣い、パワハラを申告できないことも考えられます。
また、パワハラの態様が酷い場合や、パワハラを申告したとしても会社が適切な対応をしない場合などには、すぐにでもパワハラから逃れるために、まずは退職し、その後に訴えることが考えられます。
パワハラの損害賠償請求には消滅時効がある
パワハラを理由とする損害賠償請求権には、①契約上の債務不履行という構成と、②不法行為という構成があります。仮に、①契約上の債務不履行の構成を取る場合には、通常、パワハラが発生してから5年の消滅時効となります。
他方で、②不法行為の構成を取る場合は、仮にパワハラによってけがをしたり精神疾患にり患したりしたような場合には、「身体を害する不法行為」として5年の消滅時効となります。他方で、そうした状態に至らないような場合は、3年の消滅時効となります。
退職後にパワハラで訴えられたときの会社側の対応
退職後であったとしても、従業員に対するパワハラがあったのだとすれば、会社に法的責任が生じ得ます。訴えられたときには、以下の対応をしていく必要があります。
早い段階で弁護士に相談する
従業員からパワハラの慰謝料等の請求をされた場合、紛争を激化しないためにも、早い段階で専門家である弁護士に相談し、具体的な対応を依頼することが重要です。
事実関係を確認する
パワハラの申告があった場合には、まず従業員が申告しているパワハラについての事実を調査します。
使用者は、訴えのあった事実関係があるのかないのか、当事者の事情聴取や、必要に応じて第三者の事情聴取等も行うなどして、調査確認する必要があります。
会社内での調査の結果をもとに、パワハラにあたり得る行為があるかどうか、そのような行為が法的にパワハラと評価されるのか等の検討、判断を行います。
被害者と示談交渉を行う
会社が調査した内容、判断に基づき、パワハラの事実が認められたような場合、会社は、被害者に対して、誠実に対応する必要があります。
パワハラが認められる場合には、会社として、事実関係を争うのではなく、被害者(退職した従業員)に謝罪や補償を提案することで、早期解決に注力することが求められます。
加害者への懲戒処分を検討する
会社の調査により実際にパワーハラスメントに該当する事実があったことが判明した場合、その程度に応じて、加害者である従業員に対し、懲戒処分を検討していく必要があります。
被害者が既に退職していたとしても、加害者を放置しない態度を示すことで、被害者との和解も成立しやすくなると考えられますし、在職中の従業員からの信頼を得ることも期待できます。
なお、加害者に対する懲戒処分については、処分の必要性や処分内容の適当性を慎重に判断する必要があります。
再発防止策を検討・強化する
令和4年4月から、使用者には、パワハラ防止措置を講じることが義務付けられています。
会社としては、パワハラ防止対策を実施、強化するために、相談窓口の設置、従業員に対する研修の実施、パワハラ防止措置をとっている場合にはそれが機能しているかの再検証等を行うことを検討し、再発防止に向けた努力をしていく必要があります。
パワハラ問題で会社が問われる法的責任とは?
パワーハラスメントによって会社が問われる法的責任には、以下のものがあります。
使用者責任
「使用者責任」とは、業務内で、会社の従業員が他者に対して何らかの損害を加えた場合において、加害者である労働者と連帯して会社が損害を賠償しなければならない責任のことをいいます。
会社が直接行うわけではありませんが、会社の従業員が他の従業員に対してパワハラを行った場合には、使用者責任が成立し、加害者である従業員のみならず、会社が損害賠償責任を負う可能性があります。
債務不履行責任
会社は、従業員と締結している雇用契約付随する義務として、当然に労働者にとって快適な就業ができるように職場環境を整える義務(職場環境配慮義務)を負っていると考えられています。
そのため、会社は、パワハラ防止措置をとらなかったり、パワハラの事実を認識したにもかかわらず何らの対応もしなかったりして、他の従業員に損害が生じた状況になれば、雇用契約上の義務である安全配慮義務違反による損害賠償義務を負う可能性があります。
従業員の退職後にパワハラで訴訟を起こされた事例
退職後にパワハラで訴訟を起こされたものとして、東京地裁平成22年7月27日判決があります。
事件の概要(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
事件の概要(東京地裁平成22年7月27日判決)
消費者金融会社に勤務していた従業員3名が、上司及び会社を被告として、パワーハラスメントによる損害賠償請求訴訟を提起した事案です。
原告のうち1名は、被告上司のパワハラにより、抑うつ状態を発症したとして、慰謝料とともに治療費及び休業損害も請求しました。
本件において、被告上司は、原告らに対し、以下のような行為をしました。
- 被告上司は、たばこ臭いとして原告1、原告2に扇風機の風を当て続けました。
- 被告上司は、原告1が被告上司の提案した業務遂行方法を採用していないことについて、事情を聴取したり、弁明をさせたりすることなく原告を叱責した上、始末書を提出させたり、会議において、原告1が業務の改善方法について発言したことに対し、「お前はやる気がない。」「明日から来なくていい。」などと怒鳴りつけました。
- 被告上司は、「馬鹿野郎」「給料泥棒」「責任を取れ」などと原告2及びその直属上司を叱責し、原告2に「給料をもらっていながら仕事をしていませんでした。」という文言を挿入させた上で始末書を提出させました。
- 被告上司は、原告3の背中を殴打し、また面談中に叱責しながら3の膝を足の裏で蹴りました。
- 被告上司は、原告3と昼食をとっていた際に、原告3の配偶者のことを指して「よくこんな奴と結婚したな、もの好きもいるもんだな。」と発言しました。
裁判所の判断
裁判所は、被告会社内では、被告上司が著しく一方的かつ威圧的な言動を行ったり、横暴な態度をとったりすることが常態となっていたと認められるとした上、たばこ臭いとして部下に扇風機の風をあて続けた行為、今後の雇用に著しい不安を与えるなど社会通念上許される業務上の指導を超えた行為、暴行行為、配偶者への暴言行為について不法行為の成立を認めました。
裁判所は、原告1については抑うつ状態発症、休職とパワハラ行為の因果関係を認め、慰謝料に加えて治療費及び休業損害を、原告2、原告3については慰謝料の支払いを、被告上司及び被告会社に命じました。
ポイント・解説
本判決では、上記被告上司の原告らに対する不法行為は、いずれも被告上司が被告会社の部長として職務の執行中ないしその延長上における昼食時において行われたものであり、これらの行為は、被告上司の被告会社における職務執行行為そのもの又は行為の外形から判断してあたかも職務の範囲内の行為に属するものに該当することは明らかであるから、被告会社の事業の執行に際して行われたものと認められるとして、被告会社は、被告上司の原告らに対する不法行為について使用者責任を負うと判断しています。
会社としては、上司にあたる従業員の行為について、業務上の指導の範囲を超えた違法なものにあたらないか等に注意を払うなど、ハラスメントが生じることを防止する体制を取っておく必要があるといえます。
また、本件で、原告1は被告上司のパワハラを被告会社に訴えたり、別の上司に相談したりしていたのですが、これに対して、当該別の上司は、「なんだ,涼しくて気持ちいいじゃないか。」「マフラーでもしてくれば。」などと発言し、パワハラを防止するための対応はとりませんでした。
従業員が相談した際に被告会社が真摯な対応をしていれば、原告1の損害の拡大を防げた可能性があるといえますから、使用者としては、パワハラの存在を認識した場合、速やかに再発防止策を講じるなど適切に対処することが必要です。
退職した従業員からパワハラを訴えられたら、なるべくお早めに弁護士にご相談下さい。
退職した従業員からパワハラで訴えられた場合には、事実調査をしたり、方針を決めたり、被害者や加害者への対応をしたり、社内の体制整備を検討・実行したりなど、多角的に進める必要があります。
弁護士法人ALGには、労働問題に強い弁護士が多く所属していますので、退職後の従業員からパワハラで訴えられた場合にはお早めに弁護士にご相談ください。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)
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