監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
メンタルヘルスの問題が従業員に発生した場合、会社はどのように対処すればよいのでしょうか。
以下みていきます。
従業員のメンタルヘルス問題に伴う企業リスク
従業員にメンタルヘルスの問題が発生すると、場合によっては人命にかかわる事態となりかねません。
企業としては慎重に対応する必要があります。
使用者が配慮すべき安全配慮義務とは?
労働契約法5条では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」として、使用者が労働者に対して負うべき労働契約上の付随義務を定めています。これを「安全配慮義務」と呼び、その具体的な内容は、「予見可能性」と「結果回避可能性」があるかどうかによって規定されます。
メンタルヘルスには、ストレス要因の存在やその対処の仕方のほか、睡眠や運動不足などの生活習慣、疲労の蓄積等が影響します。したがって、具体的に使用者がすべきこととしては、生活習慣の指導も含めた健康教育を行うというのが第一歩です。
安全配慮義務違反で企業に問われる責任
法人自体が責任を問われる場合があります。具体的には、
- 民法709条(不法行為責任)
- 民法715条(使用者責任)
- 民法415条(債務不履行責任)
等の法律上の根拠で、使用者に対して多額の損害賠償請求をするケースがあり得、現実に請求が認められている裁判例もあります。
中小企業における取締役に対する責任の有無
会社の規模によって必ずしも、結論が左右されるわけではありませんが、取締役が責任を負う場合があります。
一般的に、企業規模が小規模となっていけば取締役と従業員との距離が近まりますので、取締役自体がより具体的な安全配慮義務を負うとの結論になりやすいと考えられます。
損害賠償請求の法的根拠と争点
典型的には、以下の点がよく争われます。
- 民法709条(不法行為責任)
⇒権利侵害行為が存在したか否か・過失があったか。 - 民法715条(使用者責任)
⇒当該行為が、会社の事業と関連して行われたものであるか否か。 - 民法415条(債務不履行責任)
⇒安全配慮義務がつくされていたか否か。
使用者が賠償責任を負う範囲
治療をするために支出した、治療費や病院への交通費、治療を受けるために働けなかった部分の損害(休業損害)慰謝料等が考えられます。
メンタルヘルス問題と損害賠償請求に関する判例
以下のような事例があります。
事件の概要
メンタルヘルスの問題について、会社に多額の損害賠償を命じる判例のリーディングケースとなったものをご紹介します。
これは、長時間にわたる残業を恒常的に伴う業務に従事していた社員が、うつ病にり患し自殺したことによって、遺族が会社に対して不法行為に基づく損害賠償請求を求めた事例です。
裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)
最高裁は、被害者の上司が過重業務と健康状態の悪化を認識しながら具体的な措置をとらなかったという事情のもとで、労働者の自殺について民法715条の使用者責任を肯定しました。
(最判平成12年3月24日)
ポイントと解説
ポイントは、労働者の性格の多様性を踏まえ、通常想定される範囲を外れるものでない限り、労働者の性格等を減額の要素として使ってはならない点明示したことです。
過失相殺や素因減額による減額の主張は認められるか?
常に認められるというものではありません。
基本的な発想として、素因に関する情報(病歴等)については、会社側に知られたくないと思うのが通常だからです。
メンタルヘルス問題による労使トラブルを予防するには
そもそもメンタルヘルス上の問題が発生するような不健康な環境を予防していくことが必要です。
長時間労働とならないよう勤怠管理を徹底し、労働者が孤立しないよう、コミュニケーションを適度にはかっていくことが必要です。
メンタルヘルス問題に関するQ&A
メンタルヘルス不調の原因が、業務上の理由であるか否かの判断基準を教えて下さい。
「業務起因性」の有無によって判断します。
「業務起因性」の有無の判断にあたっては、「業務遂行性」が認められる必要があり、具体的には「心理的負荷による精神障害の認定基準の改正について」(令和2年5月29日 基発0529第1号)を踏まえ判断します。
うつ病発症による損害賠償で、通院にかかったガソリン代を請求されました。通院交通費も会社が負担するのでしょうか?
そもそも、そのうつ病が私傷病であるのか、会社の業務によるものであるのか、検討・分析が必要です。
会社の業務によるものである可能性が高いということであれば、通院交通費については、負担した方がよいかと考えます。
負担の際には、ルートが合理的なものなのかは確認する必要があります。
うつ病により社員が自殺した場合、会社はどのような責任を問われるのでしょうか?
安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求がなされる可能性があります。
具体的には、そもそもうつ病にしないように健康に配慮する義務を怠ったという観点からの責任や、うつ病に罹患した後について、より悪化しないように休暇を取らせたり、業務量を軽減したりする義務を怠ったという観点からの責任を問われます。
安全配慮義務違反による慰謝料を、労災保険から支払うことは可能ですか?
払うことはできません。労災のカバー範囲に「慰謝料」の費目は含まれていないからです。
派遣社員のメンタルヘルス問題による賠償責任は、派遣先企業と派遣元企業のどちらが負うのでしょうか?
両方が負う可能性があります。
直接の雇用関係にない下請会社で働く従業員に対しても、安全配慮義務を負うのでしょうか?
負います。安全配慮義務は職場の環境を整える義務であり、下請か否かによって適用されるかされないかが変動するものではありません。
過去にメンタルヘルス不調に関連する投薬歴があった場合、損害賠償請求は無効となりますか?
因果関係が争われますが、無効にはなりません。
因果関係が認められる程度によって、全額又は一部の請求が認められたり、請求が棄却されたりといった幅はあり得ます。
採用時にメンタルヘルスの罹患歴がないことを確認しましたが、虚偽の回答であったことが分かりました。損害賠償額は減額できますか?
減額できません。
会社は,労働者からメンタルヘルスの情報の申告がなかったとしても,過重な仕事で労働者の体調悪化が
みてとれるのであれば,仕事を軽減するなどの配慮をしなければなりません。
メンタルヘルス不調が疑われる社員に対し、精神科への受診を勧めましたが応じてくれませんでした。この場合でも会社は賠償責任を負うのでしょうか?
精神科への受診を拒絶された場合には、他の手段についても検討・提案を尽くさなければなりません。
休みをとってもらったり、業務量を軽減して様子を見たりといった、対応をとっていく必要があります。
メンタルヘルス問題で請求される損害賠償額は、大企業ほど高額になるのでしょうか?
大企業であるか否かではなく、どういった損害が請求者に発生したかの問題です。
中小企業であっても高額な請求がなされ、その請求が認められる可能性はあります。
メンタルヘルス不調で休職・復職を繰り返す社員を解雇することは違法ですか?
私傷病による職務不能の場合であっても解雇に踏み切るには注意が必要です。
労働基準法上、使用者は、業務上負傷・疾病にかかり療養のため休業する労働者について、解雇を制限しています。
上司のパワハラによるうつ病発症で慰謝料を請求されました。パワハラの事実を確認するにはどのような方法がありますか?
まず、慰謝料請求のもととなる事実は何か(いつ、どこで、誰が、 何を, 何故に, 如何(いか)にして)を具体的に特定しましょう。
その上で、その事実の有無の確認を行うため、関係者に対して調査を実施しましょう。
適正なメンタルヘルス対策を講じることで労使トラブルを予防することができます。不明点があれば、まずは弁護士にご相談ください。
メンタルヘルスの問題は、目に見えず、原因の特定も非常に難しい分野です。会社側での紛争対応経験を豊富に有する弁護士に相談することをお勧めします。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)
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