監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
急遽入院することとなったり、身内の不幸で葬儀代を都合することとなったりと、突発的に金員が入用となる従業員が出ることがあります。
また、家や車の購入等で従業員から会社に相談がなされることもあるでしょう。
従業員からお金を貸して欲しいといわれたらどうすればよいでしょうか。
従業員が会社からお金を借りる「従業員貸付制度」とは
端的に言えば、従業員が、在籍している会社から、貸付を受ける制度です。
「従業員貸付制度」と「前借り」の違い
よく言われる「前借り」は、給与を前倒しで受け取るもので、基本的には翌月の支給から前借り分が減少します。
従業員貸付は、いわゆる貸付なので、利子を請求できます。もっとも、あくまで貸付であり、給与の支払いとは別の話です。したがって、翌月の支給分から貸付分を減額することは原則としてできません。
従業員貸付はどのような時に利用されるのか?
従業員側で予期せぬ出費が発生するような場合や、住宅購入、自家用車購入等、多岐にわたります。
従業員貸付制度を導入するメリット
従業員にとっての緊急事態が発生した際や住宅の購入等ライフステージが変化する際に、貸付制度を通して、企業側へ相談させることが期待できます。
この相談を通じて従業員からの信頼を獲得できれば離職リスクが低減し、人材の定着をはかることができます。
貸付金を従業員の賃金から天引きするのは違法?
貸付金の回収をする際に、賃金から天引きするのは給与全額払いの原則との関係で問題が生じる可能性があります。
例外的に賃金から天引きできるケース
天引きできるのは以下のような例外的な場面です。
①労使協定が締結されている場合
事業場の過半数代表との間で労使協定を締結し、対象となる従業員の同意を得て相殺するのがよいでしょう。
②従業員の自由意思による合意がある場合
対象となる従業員の同意を得て相殺します。単なる同意ではなく「自由意思による」ものであることに注意してください。詳細は裁判例の解説でご説明します。
従業員貸付を賃金から天引きする際の注意点
従業員貸付を賃金から天引きすると、労働基準法上の賃金の全額払いの原則に抵触する可能性があります。
天引きする金額には上限がある
天引きの金額は以下の全ての条件を満たす必要があります。
①従業員の生活を脅かさない程度の金額とすること
②分割払額を設定する際には賃金に比して高額に設定しないこと
就業規則の規定が必要
前提として、賃金控除の定めをおきましょう。
全額払いの原則に違反すると罰則がある
30万円以下の罰金が科される可能性があります。
賃金債権の合意による相殺が認められた裁判例
破産申立てに関連した事例ですが、給与や退職金と、貸付金との相殺の有効性が争われた事例をご紹介します。
事件の概要
多額の借金により破産申立てをし、破産宣告を受けた従業員の破産管財人が、従業員の勤務先に対して、従業員への貸付金と給与・退職金の相殺は有効ではなく、給与・退職金の返還を会社に対して求めた事件です。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
従業員が自由な意思に基づき相殺に同意した場合、同意が従業員の自由な意思に基づいてなされたものと認められる合理的な理由が客観的に存在する際には、同意を得てした相殺は労基法違反とはならないと判断されました。
(最高裁第二小法廷 判決 平成2年11月26日)
ポイント・解説
従業員が単に相殺に同意をしていたからといって、それだけで相殺が有効にできるわけではなく、
① 借入の返済方法について会社担当者へ説明をしていること
② 領収書等関係資料作成に素直に応じていること
③ 借入の際に抵当権の設定はなく、低利かつ相当長期の分割弁済の約定であったこと
④ 会社が一部利子を負担していること
⑤ 借入金の性質や退職の時点での退職金の一括返済の約定を従業員が十分に認識していたこと
などの様々な事情から相殺の有効性が検証されています。
従業員貸付を賃金の天引きにより回収したい場合は弁護士にご相談ください。
従業員貸付を回収する際には、単に従業員の同意をとればよいというものでもありません。従業員から貸付金を回収する際には、一度弁護士への相談をご検討ください。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)
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