労務

育児、介護中の従業員に対して転勤命令をするときの注意点

横浜法律事務所 所長 弁護士 伊東 香織

監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士

従業員が、育児中であったり、介護中であったりすることはよくあると思います。他方で、会社は必要に応じて、従業員に転勤を命じることがあります。

転勤を命じる従業員が、育児中や介護中である場合に会社としてどのような注意が必要なのか、企業に求められる配慮等について、説明します。

育児・介護中の従業員に対して転勤を命じることは可能か?

就業規則や雇用契約書に配置転換の定めがあれば、会社は、従業員に対して転勤を命じる権利を有するとされています。そのため、原則として、会社は、育児・介護中の従業員であっても、転勤を命じることはできます。

もっとも、いかなる状況であっても無制限に転勤命令を行使できるというわけではありません。

転勤命令が権利濫用として無効になる場合とは

会社に転勤命令の権利があったとしても、転勤が従業員の私生活に影響を及ぼす以上、権利の濫用は許されないとされています。

従業員に対する転勤命令について、①業務上の必要性が存しない場合、②業務上の必要性が存する場合であっても、他の不当な動機・目的をもってなされた場合や、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合には、その転勤命令は権利濫用として無効になる可能性が高いと考えられます。

育児・介護休業法では従業員への配慮義務が定められている

育児・介護休業法は、育児や介護といった家庭の事情を抱える社員が、仕事と家庭を両立して円滑に就労できるよう、会社がすべき配慮を定めた法律です。育児・介護休業法には、転勤について配慮を求める規定があります。

【育児・介護休業法26条】
事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。

育児・介護休業法に関する指針・通達の内容

育児介護休業法に関する両立指針や法律施行に関する通達では、会社に求められる「配慮」(育児介護休業法26条)の内容について示されています。

育児・介護休業法に関する「指針」では、同法26条の「配慮」の具体例として、労働者の子の養育又は家族の介護の状況を把握すること、労働者本人の意向を斟酌すること、配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをした場合の子の養育又は家族の介護の代替手段の有無の確認を行うことが挙げられています。

そして、育児・介護休業法に関する「通達」では、同法26条の「配慮」について、配置の変更をしないといった配置そのものについての結果や労働者の育児や介護の負担を軽減するための積極的な措置を講ずることを事業主に求めるものではないとされています。

育児・介護中の従業員に対して転勤命令を出すときの注意点

介護中の従業員に転勤命令を出す際には、特に以下の点について注意することが必要です。

  • ①就業規則等で転勤について定めておく
  • ②従業員の介護の状況を把握する
  • ③転勤による負担を軽減できるか検討する
  • ④転勤の目的や背景を十分説明する
  • ⑤転勤命令は書面で交付する

各項目について、以下で詳しく解説していきます。

①就業規則等で転勤について定めておく

会社が転勤命令を出せるようにするためには、就業規則や雇用契約書などに根拠となる規定を設けておく必要があります。

②従業員の家庭の状況を把握する

育児・介護中の従業員に対して転勤命令を出す場合、会社は当該従業員の育児・介護の状況、子供や要介護者の状況といった具体的な家庭の状況等について把握しておく必要があります。

③転勤による負担を軽減できるか検討する

会社としては、転勤先の近隣で保育所を利用することが可能か、民間のケアサービスを利用することができないか等を調査し、転勤によって育児・介護に生じる負担を軽減できないか検討する必要があります。

④転勤の目的や背景を十分説明する

育児・介護中の従業員に対し転勤命令を出した場合、当該従業員だけでなく、その家族などにも一定の負担が生じることは避けられません。

そのため、会社としては、転勤の目的や必要性をできる限り丁寧に説明し、当該従業員の納得を得られるように努める必要があります。

⑤転勤命令は書面で交付する

転勤命令を従業員が拒否した場合、命令拒否に対する処分等を行うこともあり得ます。

そのため、転勤命令を出す場合は、従業員に書面を交付し、命令を出したことが客観的に分かる形で行うことが望ましいといえます。

育児・介護を理由に転勤を拒否する従業員の対処法

会社は人事権を有していることから、原則として、従業員は転勤命令に従う必要があります。しかし、条件や状況によっては従業員から拒否されることもあり得ます。

結果として、従業員が退職することとなったり、転勤命令が無効と判断されたりすることがないよう、従業員と十分に話し合い、場合によっては条件を変更するといった対応が必要といえます。

育児や介護に関する証明書類の提出を求めてもよいか?

会社は、育児・介護休業法により、育児・介護中の労働者に転勤命令を出すにあたっては、養育・介護の状況に配慮すべきことを義務づけられています。

そのため、会社には、従業員の養育・介護の状況を把握して配慮するために、従業員に対し、育児・介護に関する証明書類の提出を求めることが認められます。

育児・介護中の従業員への転勤命令に関する裁判例

育児・介護中の従業員への転勤命令の有効性が問題となった裁判例について、解説します。

従業員に対する転勤命令が有効とされた判例

【最高裁平成8年(オ)第128号平成12年1月28日判決】

本件は、夫婦共働きで、3歳の子供を保育園に預けながらフルタイムで働く女性社員が、目黒区から八王子の事業所への転勤を命じられたことに対し、通勤時間が長くなり、子供の保育園送迎ができなくなるという理由で転勤を拒否したところ、懲戒解雇されたため、これを不服とし、不当解雇であるとして会社側を訴えた事案です。

なお、女性社員は、この転勤により通勤時間が片道1時間45分程度かかるなどの不利益を負うことが想定されました。

裁判所は、本件転勤命令には業務上の必要性があり、不当な動機・目的もなく、転勤により社員が被る不利益は必ずしも小さくはないが、通常甘受すべき程度を著しく超えるとはいえないとして、転勤命令を有効と判断しました。

ただし、本判決が出された後、平成13年に育児・介護休業法が改正され、転勤命令を出すにあたって使用者が労働者の育児・介護の状況に配慮すべき義務が定められているため、当該配慮義務を考慮した場合にも同様の結論となるかは不明です。

従業員に対する転勤命令が無効とされた判例

【大阪高裁平成17(ネ)第1771号平成18年4月14日判決】

本件は、精神障害を患う妻を介護する従業員及び高齢の母を介護する従業員に対して、使用者が遠方への転勤を命じたことが問題となり争われた事案です。

本件は、姫路工場の一部署の廃止を理由として霞ヶ浦工場への配転を命ずるものでしたが、裁判所は、使用者が転勤命令を出すことについての業務上の必要性は認めたものの、配転命令時に、当該従業員らが重度の病気の家族を自らまたは配偶者らと看護していたことを考慮し、当該従業員らに、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとして、配転命令を無効と判断しました。

従業員の転勤命令でお悩みなら、企業法務に詳しい弁護士にご相談下さい。

育児・介護中の従業員に対して転勤命令を出すにあたっては、当該従業員の育児・介護の状況等を考慮して慎重に判断しなければ配転命令が無効とされる可能性があります。

従業員の転勤命令についてお悩みの場合は、企業法務に詳しい弁護士にご相談されることをおすすめします。

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監修:弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長
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