監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
新型コロナウイルスの影響はあらゆる分野に及びます。
経営者として労働者と「コロナ」問題についてどのように向き合うべきかに正解はありません。
しかし、検討材料として法律上のルールは知っておく必要があります。
法的な問題を踏まえた上で、各業態・商流に合った対策を検討しましょう。
新型コロナウイルスにおける労働者への対応
ポイントは目的が明確で、科学的な根拠に根差したルール策定とルールの周知徹底です。
いずれが欠けても経営層への不信を招き、離職リスクが発生します。
感染の報告があった場合の対応
2度の緊急事態宣言発令を経た今、「感染をどのように避けるか」という議論だけでは不十分です。
「感染した場合どうするか」という議論が必要となっています。
感染しないように心がけるとともに、感染者が出た場合の対応について、事前に検討を尽くし、周知徹底しておきましょう。
労働者本人が感染した場合
労働者本人に休業を命じてください。
感染した労働者を出社させた場合、感染が広がる可能性が極めて高いと言えます。
したがって、使用者は他の労働者に対する安全配慮義務の一環として、感染者の就業を禁止する義務を負います。
賃金と休業手当(労働基準法由来のもののみで、就業規則上のものは除く)の支払いについては必要ありません。
労働者の同居人が感染した場合
労働者本人に休業を命じてください。
濃厚接触者を出社させた場合にも、感染拡大の可能性が高いため、使用者は他の労働者に対する安全配慮義務の一環として、濃厚接触者の就業を禁止する義務を負います。
賃金と休業手当(労働基準法由来のもののみで、就業規則上のものは除く)の支払いについては必要ありません。
新型コロナウイルスの検査について
一部の労働者が感染した場合、全労働者の検査実施は可能か?
業務命令を出すこと自体は可能です。
ただ、合理的な根拠もなく一斉に実施することは法的観点はともかくとして別種の問題を生じさせますので、なんのために実施をするのか、その検査を行う意味はあるのか、十分に吟味する必要があります。
新型コロナウイルス感染者に対する出勤停止命令
「出勤停止処分」と「自宅待機命令」の違い
出勤停止処分は、懲戒処分の一形態で、自宅待機命令は、安全配慮義務を根拠とする業務命令の一種です。 コロナ感染者に対する場合には、自宅待機命令が主となるかと思われます。
自宅待機命令 | 出勤停止処分 | |
---|---|---|
就業規則上の根拠 | 不要 | 必要 |
性質 | 業務命令 | 懲戒 |
コロナ禍で命令が出される典型例 | 同居人からの感染が確認された場合(労働者自身に落ち度が見当たらない場合を想定) | 事前に海外旅行を会社として禁止していたにもかかわらず海外旅行を強硬、挙句感染し帰国した場合に、企業秩序を乱したことを理由として発令する場合 |
賃金支払い義務 | 発生 | 発生しない |
労働安全衛生法の「就業禁止の措置」は適用されるのか?
適用されません。
新型コロナは労働安全衛生法よりも規制の厳しい感染症法により直接就労が禁止されるため、特段手続を要することなく就業禁止となります。
新型コロナ | コロナを除く「伝染性疾患」 | |
---|---|---|
適用される法律 | 感染症法 | 労働安全衛生法 |
規制のための手続 | 法が直接感染者の就業を禁止 | ①産業医からのヒアリングの上②事業者が禁止を命じる |
予防措置後の就業の可否 | 不可 | 可能 |
自宅待機命令の賃金支払いについて
⑴ 業務外でのコロナ感染
感染者に対して、賃金の支払いをする必要はありません。
⑵ 業務遂行中での感染
休業手当の支払いは必要です。
新型コロナウイルスで休業する場合の休業補償
会社は休業手当を支払う必要はあるのか?
労働基準法26条によれば、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、平均賃金の6割以上の手当を労働者に払わなければならないとされています。
では、「コロナ」は「使用者の責に帰すべき事由」なのでしょうか。
感染した労働者を休業させる場合
⑴ 出社できなければ遂行できない業務に従事している場合
休業手当の支払いは不要です。
⑵ 在宅勤務等が可能な業務に従事している場合
休業手当の支払いは必要です。
感染が疑われる労働者を休業させる場合
⑴ 出社できなければ遂行できない業務に従事している場合
休業手当の支払いは不要です。
⑵ 在宅勤務等が可能な業務に従事している場合
休業手当の支払いは必要です。
発熱などの症状がある労働者が自主休業した場合
自主休業については、使用者側にとってどうすることもできないため、「使用者の責に帰すべき事由」に該当しません。
したがって休業手当の支払いは不要です。
事業の休止に伴い休業する場合
休業手当の支払は必要です。
労働基準法26条は、使用者側の不可抗力は含まないとされていますが、不可抗力を主張できる条件として
① その原因が事業の外部より発生した事故であること
② 事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること
の2つが挙げられています。
⑴ 仮定ケースその1 飲食店 来客の激減を理由とする休業
①②いずれも満たすとは考えにくく休業手当の支払いが必要となります。
⑵ 仮定ケースその2 製造業 取引先休業に伴う納品数の激減を理由とする休業
②との関係では事業の内部事情として評価され、休業手当の支払いが必要となります。
休業手当の対象となる労働者
パートタイマー・アルバイト・派遣労働者・外国人労働者も含みます。
パートタイマー・アルバイト
休業手当の対象となります。
なお、パート等の有期労働契約において、正社員よりも休業手当等を厚く保証すべきとした東京高裁平成27年3月26日事件が存在します。期間が限られている分、相応の対応が必要となることについて留意すべきでしょう。
派遣労働者
休業手当の対象となります。
外国人労働者
休業手当の対象となります。
子どもの休園・休校で休んだ労働者の賃金について
賃金の支払も休業手当の支払も不要です。
新型コロナウイルスの影響による解雇
基本的には、整理解雇をすぐに実施するのではなく、まずは合意による解決を目指しましょう。
合意による解決が困難な場合でも、やはり整理解雇をすぐに実行するのではなく、休業や賃金切り下げ等、雇用維持に向けた検討を欠くことはできません。
整理解雇が認められる要件とは
裁判実務上、整理解雇については、
① 人員削減の必要性
② 解雇回避の努力
③ 人選の合理性
④ 手続の妥当性
の4つの要素を総合して判断されますが、基本的にはかなり厳しく審査されることとなりますので、まずは合意による労働契約の解消や休業、賃金切り下げを検討する必要があります。
新型コロナウイルス感染者の治癒と職場復帰
感染者の自己申告に任せて職場復帰させてはいけません。
事前に職場復帰のためのルールとして、以下の要素を含むフローを策定し、周知徹底しましょう。
①症状の軽快が確認されたから24時間後にPCR検査を実施→陰性
②検査に伴う検体採取から24時間後にさらにPCR検査を実施→陰性
③②から1週間程の自宅待機
※感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第18条に規定する就業制限の解除に関する取扱いについて(事務連絡令和2年5月1日)
新型コロナウイルス感染防止に向けた働き方の検討
テレワークの導入に限らず、執務スペースでのマスク着用義務付け、消毒の徹底等の地道な対策でも十二分に効果があります。どのような働き方をするにしろ、重要なのは科学的な根拠があり、目的が明確なルールを事前に定め、周知徹底することです。
よくある質問
従業員に就業中のマスク着用を義務付けることは可能ですか?
可能です。
使用者は、労働契約によって、労働者に対して「労務指揮権」を有するため、就業規則上の根拠に基づき合理的かつ相当な命令を出すことができるからです。
通常、企業においては一般的な命令について就業規則上定めがあることがほとんどで、コロナ対策にマスクが必要であることは間違いがありません。
※業務委託契約の場合には別途検討が必要です。
従業員が海外旅行に行き、帰りの検疫で陽性と判断されました。隔離されている間の休業手当を支払う必要はありますか?
ありません。
労基法26条は「使用者の責めに帰すべき事由」による休業の場合に休業手当の支払いを義務付けています。コロナ禍においての海外旅行という極めて危険な行為をとった挙句、陽性と判断されるという行為は純粋に従業員の責めに帰すべき問題であり、保護をはかる必要は考えにくいためです。
新型コロナウイルスの感染拡大を理由に、新卒内定者の内定を取り消すことは可能ですか?
(1) 結論
入社時期の延期や別途手段検討の上でやむを得ない場合は、一定の条件のもと認められます。
(2) 内定の法的性質
判例上、始期付き解約権留保付きの労働契約の成立と言われています(最高裁昭和54年7月20日)
平たく言えば、「●年●月●日から働き始めます。ただし、●という出来事があったら内定取り消します」という会社と内定者との間の契約です。
※内々定については、別途弁護士にご相談ください。
コロナの感染拡大を理由にして、内定を取り消すことができるか否かは、この契約を適法に取り消せるかどうかという問題です。
(3) 経営悪化を理由とする内定取り消し
例えば、「コロナが原因で会社の業績が悪化したので、新卒を向かえ入れる体力がなくなった」という理由で内定取り消しは可能でしょうか。
一般的には、内定の際に内定取消事由が記載された採用内定通知書等が交付されます。
しかし、大多数の企業においては「経営悪化」を取消事由として記載していません。内定者に不安を与えたくないという一定の配慮によるものと思われます。
経営悪化を理由として解雇をするためには、以下の4つのポイントを踏まえて準備を行う必要があります。
①人員削減の必要性
②解雇回避努力
③人員選定の合理性
④手続きの妥当性
以上を検討する必要があります。
なかでも、②については特に検討が必要です。入社延期や、休業、内定辞退等の合意ベースでの解決を検討しなければなりません。
新型コロナウイルスの感染が疑われる社員に対し、有給休暇を取得させることは可能ですか?
強制的に取得させることはできません。任意の交渉の結果であれば可能です。
保育所の入所自粛で育児休業から復職できない場合、休業期間を延長させるべきでしょうか?
会社判断となります。
新型コロナウイルスの社内感染は、労災保険給付の対象でしょうか?
対象となります(基捕発0428第1号)。
ただし、業務により感染した蓋然性が高く、業務に起因したものと認められる場合と言えることが求められます。
従業員が感染の増えている地域に行くことを、会社が認めないとすることは可能ですか?
可能です。
本来、従業員が業務時間外において、どこにどのように移動するかは自由であり、それを制限することはできません。
しかし、従業員は労働契約の一環として企業秩序遵守義務を負っています。もし感染者の激増している地域に旅行にいって感染した場合には、社会的非難は免れません。
したがって、会社は特定地域に行くことを禁止する指示を出すこと自体は可能です。
派遣労働者にもテレワークをさせることは可能ですか?
可能ですが、契約変更が必要です。
労働者派遣契約の締結にあたっては、派遣就業の場所を定めることが必要です(派遣法26条1項2号)。
個別の派遣契約において、通常テレワークを視野に入れた内容で契約締結がなされていることはむしろ稀と思われるところ、テレワークを前提とした(就業場所に派遣労働者の自宅を含む)契約内容に変更をする必要があります。
従業員の家族が濃厚接触者となった場合、自宅待機命令を出すことは可能ですか?
可能です。
新型コロナウイルスの影響で在宅勤務となった場合、定期代を支払う必要はありますか?
必要ありません。
車通勤に変更した社員に対し、駐車場代やガソリン代を支払う必要はありますか?
会社の命令によって変えた場合は必要となります。
新型コロナウイルスにおける労働者への対応でお困りなら、一度弁護士にご相談ください。
具体的にどのような対応をとるべきかは、法の趣旨に立ち返った骨太の対応が必要です。 対応にお困りの際には弁護士にご相談ください。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)
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