
監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
団体交渉を行うこと。それは、憲法28条にも規定されている、非常に大事な労働者の権利です。
労働組合法(以下、「法」といいます)は、使用者の不当な団体交渉=団交拒否を不当労働行為と規定することで、労働者の団体交渉権を保護しています。
今回は、不当労働行為の中の「不利益取扱い」について解説します。
目次
不当労働行為の不利益取扱いとは?
不利益取扱いとは、労働者が、
- ①労働組合の組合員であること
- ②労働組合に加入しもしくはそれを結成しようとしたこと
- ③労働組合の正当な行為をしたことの「故をもって」、使用者がその労働者に対し解雇その他の不利益な取扱いをすること
を指します(法7条1号本文前段)。
使用者がこのような不利益取扱いをすると、不当労働行為となります。
また、労働者が労働委員会等への救済申立てをしたことなどを理由とする不利益取扱いも禁止されています(同条4号)。
不利益取扱いが成立する要件
不利益取扱いが成立する要件は以下の3つです。
- ①労働組合の組合員であること
- ②労働組合に加入していることもしくは結成しようとしたこと
- ③労働組合の正当な行為
①について、ここでの「労働組合」とは、労働組合法上の要件をすべて満たす「法適合組合」(法2条)でなければなりません。
一方、「組合員であること」という要件は、組合の役員であっても、組合内部の少数派であっても満たします。
②について、「結成しようとしたこと」に対しても不利益取扱いが成立する場合があります。すなわち、組合結成前の段階にある労働者も、法で守られているということです。
③について、「正当な行為」とはどこまでを言うのかには議論の余地がありますが、例えば組合内少数派の活動であっても、組合の方針と完全に反する場合や統制違反となるような独自の行動である場合等を覗き、基本的には「正当な行為」に当たると考えられています。
①②③であることを「理由として」、使用者が労働者に対し解雇その他の不利益取扱いをすると、「不当労働行為」になります。
不利益取扱いをするとどうなる?ペナルティはある?
不利益取扱いを受けたと考える労働者や労働組合は、労働委員会(法19条1項)に対して救済申立てをすることができます。
申し立てられた使用者は、労働委員会からの調査・審問(法27条1項)に応じなければなりません。その後、申立てに理由ありと判断された場合は、不当労働行為救済命令が出されます。
また、労働者や労働組合は、裁判所に対して損害賠償請求を行うこともできます。裁判所が使用者に責任があると認めれば、使用者は賠償義務を負うことになります。
以下詳しく見ていきましょう。
不当労働行為救済命令
労働委員会は、不当労働行為があると認定され、また、申立てをした労働者や労働組合に救済利益があると判断した場合には、「不当労働行為救済命令」を出します。
労働委員会は、事案に応じて適切と考えられる内容で救済命令を発する権限を持っています。その裁量は大きく、この内容は、申立人の求める内容と異なってもよいとされています。
救済命令は行政処分です。そのため、確定した救済命令に違反した使用者は過料に処されます(法32条)。
損害賠償請求
労働者や労働組合は、法7条各号違反を理由に、損害賠償請求の裁判を起こすことができます。
不当労働行為は同条各号違反として「不法行為」になるので、使用者の故意又は過失、損害の発生等、ほかの要件が満たされれば、不法行為に基づく損害賠償請求が認められ、使用者は賠償義務を負うことになります。
その他、解雇等の懲戒処分についても、法7条1号違反に該当すれば無効になる場合があります。その場合、使用者は、解雇日から判決確定までの賃金(バックペイ)支払義務を負うことになります。
その他、労働者の復職希望や、不当解雇が精神的苦痛を与えたとする慰謝料請求等に応じなければならない可能性もあります。
不当労働行為の不利益取扱いにあたる具体的なケースとは?
ある行為が不利益取扱いとされるには、何らかの「不利益性」があることが必要です。
この不利益性という概念は広く、雇用・人事上の不利益、生活上の不利益、経済的不利益、精神的不利益等、様々な種類が考えられます。
それでは、具体的にどのような行為が不利益取扱いに当たるのか見ていきましょう。
組合員の解雇
解雇は、不利益取扱いの中で最も典型的なもののひとつです。前述の中で言えば、これは雇用・人事上の不利益と言えるでしょう。
解雇のほか、懲戒処分、配転、降格等の人事上の処分が同じ類型に当たります。
「①組合員であること」、「②労働組合に加入もしくは結成しようとしたこと」、「③労働組合の正当な行為」を理由にこれらの処分を行った場合、不利益取扱いに当たります。
賃金・昇進・昇格に関する差別
「査定差別」とも言います。
賃上げ、昇進、昇格に関わる人事考課において、使用者が、組合員あるいは組合内少数派を、別組合の組合員あるいは組合員多数派との関係で集団的に差別し査定を低くした場合、この類型の不利益取扱いに当たります。
査定は企業内部の手続きであり、その判断基準が労働者には明かされないことも多いため、それが差別に当たるかの立証には多くの場合困難が伴います。
判例は、①少数組合員とそれ以外の者の勤務成績に「全体として」差異がなかったにもかかわらず、人事考課率については「全体として」顕著な差異が生じていたこと、②会社が少数組合を嫌悪し差別する行動を繰り返していたこと、③少数組合を脱退した者の人事考課率が脱退後急に平均レベルまで上昇したことなどから、査定差別を認めたことがあります。
なお、不利益取扱いの「不利益」とは、組合活動上の不利益でもよいとされています。ですから、例えば組合幹部を栄転させ、業務量が増加したといった場合、人事上経済上の不利益はありませんが、組合活動にとって不利益であるとして、不利益取扱いの存在が認められることがあります。
残業命令・仕事に関する差別
残業を無理にさせること(逆に、残業をさせないこと)等、仕事内容に関する差別も、それによって経済的不利益(賃金が減る等)や生活上の不利益、又は精神的不利益が認められる場合は、不利益取扱いに当たります。
黄犬契約
黄犬契約とは、労働者が労働組合に加入しないこと、もしくは労働組合から脱退することを雇用条件とすることです。
これももちろん組合員であることを理由とした不利益取扱いであり、不当労働行為に当たります(法7条1号本文後段)。
労働委員会への申立を理由とする不利益処分
労働者が労働委員会等への救済申立てをしたこと等を理由とする不利益取扱いも当然禁止されています(法7条4号)。法律は、申立て以外にも、労働委員会の審査における様々な手続き(審査・審問、和解等)を理由に不利益取扱いをすることも禁止しています。
不利益取扱いとならないために企業がとるべき対策
企業=使用者側が意識しておかなければならないことは、使用者は自らが雇用する労働者を代表している労働組合のすべてと団体交渉を行う義務があり、その際に、複数の労働組合に対し、当該労使関係の具体的状況に応じて中立的な態度をとらなければならないということです。
それは、各労働組合に所属している組合員に対しても同じです。
当然、複数の労働組合が対立している場合などは、すべての労働組合に対して同じ対応をすることはできません。また、個別の労働者に対して実質的に不利益な処分をしなければならないこともあるでしょう。
その場合に、労働組合に対する不当な差別や、組合員であることを理由とした不利益な取扱いだと言われないために、使用者はその取扱いに合理的な理由があることについて、説明を尽くす必要があります。
万が一労働委員会から調査や審問等の手続対応を求められた際に対応できるよう、当該取扱いの決定過程等を記録しておくこともよいでしょう。
不利益取扱いの不当労働行為について争われた裁判例
残業をさせないという取扱いについて、経済的不利益の存在を認めて不利益取扱いとした判例の一つに、「日産自動車事件」があります。どんな事件だったのか、以下紹介します。
事件の概要
A社を吸収合併したX社には、B労働組合(多数派組合)と労組C支部(少数派組合)が存在していた。
X社は、B労組との労働協約に基づき、B労組の組合員には恒常的に残業を行わせたが、C支部の組合員には残業を命じなかった。
C支部はX社に対し、C支部組合員にも残業をさせるよう申入れをし、数回にわたり団体交渉を行ったが、交渉は決裂した。
裁判所の判断(最三小判昭和60年4月23日民集39巻3号730頁)
- 複数組合併存下においては、使用者は、いずれの組合との関係においても誠実に団体交渉を行い、団体交渉以外のすべての場面においても中立的態度を保持する義務がある。
- 使用者は、各組合の性格、傾向や従来の運動路線等によって差別的な取扱いをすることは許されない。
- 残業手当が従業員の賃金に対して相当の比率を占めているという労働事情のもとにおいては、長期間継続して残業を命じられないことは、従業員にとって経済的に大きな打撃となる。
- 併存組合のいずれの組合員に対しても残業を命ずることができる場合において、一方の組合員に対しては一切残業を命じないという取扱い上の際を設けることは、そうすることに合理的な理由が肯定されない限り、一方の組合員であることを理由とする差別的不利益取扱いと言わなければならない。
ポイントと解説
上記判例のポイントは、
- ①使用者が、すべての労働組合に対して、当該労使関係の具体的な状況に応じて中立的な態度をとる義務を負うこと=「中立保持義務」を認めていること
- ②残業手当が賃金の中で相当の比率を占めている場合、残業をさせないという取扱いは労働者に大きな経済的不利益を与えると認めていること
- ③このような差別的不利益取扱いは、不利益取扱いの不当労働行為に当たるのみならず、支配介入の不当労働行為にも当たること
の3点です。
残業の割当て等は、日常の労務管理に当たり、使用者に指揮権があるものではありますが、ある労働組合と一方の労働組合で合理的な理由なく扱いを変えることは差別的取扱いとされる可能性があるため注意が必要です。
不利益取扱いに関するご相談は、労働問題に詳しい弁護士にお任せ下さい。
使用者のある行為が不利益取扱いに当たるかどうかは、判断基準も曖昧で、ご自身での判断が困難な場合があります。
使用者側においては、どのような行為が不利益取扱いに当たりうるのか、リスクを事前に回避する必要がありますし、労働者側においては、使用者から不当な扱いを受けたと感じた際に、どのように異議を申し立て、正当な請求をしていくのか、考える必要があります。
いずれにしても、自分だけで判断するには、専門的な知識が必要となるところです。
弁護士法人ALG&Associatesでは、豊富な経験をもとに、労働問題に関し適切な対応についてアドバイスをすることができます。不利益取扱いについてお悩みの場合は、ぜひ弁護士にご相談ください。
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