監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
相続をすれば、被相続人の財産だけではなく、借金といった負の財産までも受け継ぐことになります。また、さまざまな理由で、親族といえどもはや関わり合いになりたくないというときであっても、相続が生じれば被相続人の財産・負債を受け継ぐことになってしまいます。
そうならば、もし、死亡した親族に莫大な借金があったときにも相続せざるを得ないのでしょうか?
このような事態に陥った場合に、相続放棄をするという手段があります。
目次
相続放棄とは
相続放棄とは、相続人が被相続人を相続する権利の一切を放棄することです。そして、放棄した後は、初めから相続人でなかったこととなります(民法939条)。
そのため、相続人でなくなり、被相続人の財産・負債などを相続しなくてもよくなります。また、相続人でなかったことになるので、限定承認をする際の共同相続人でもなくなり、限定承認の手続きをする必要がなくなります。この、相続放棄の手続きは、家庭裁判所にて行うことになります。
相続放棄の手続き方法
相続放棄をするためには、単に家庭裁判所に行って、相続放棄をしたいですと伝えるだけでは認められません。相続放棄に必要な書類を集めて、申請を行うことで、相続放棄ができます。
以下では、その方法を解説いたします。
必要書類を集める
1 相続放棄申述書
これは、裁判所のHPからダウンロードできる書式を使って、記入していきます。また、収入印紙800円分を貼り付けます。
2 被相続人の住民票除票又は戸籍附票
被相続人の最後の住所にあった市役所で住民票除票は入手できます。戸籍附票は、被相続人の本籍地の市役所から入手できます。
3 申述人(相続放棄する方)の戸籍謄本
戸籍については、ご自身の本籍のある市役所から取り寄せることができます。
4 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本(申述人が、被相続人の配偶者、子又はその代襲相続人の場合)
こちらも、被相続人の本籍地の市役所から取り寄せることができます。
5 被代襲者の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本(申述人が代襲相続人であるとき)
こちらは、被代襲者(本来の相続人)の本籍のある市役所から取り寄せることができます。
6 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本(申述人が、被相続人の直系尊属、又は、兄弟姉妹及びその代襲者であるとき)
被相続人の本籍地のある市役所から取り寄せることができます。
7 被相続人の子及びその代襲者の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本(申述人が被相続人の直系尊属又は兄弟姉妹及びその代襲者であるとき)
被相続人の子及びその代襲者の本籍地のある市役所から取り寄せることができます。
8 被相続人の直系尊属の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本(申述人が被相続人の直系尊属又は兄弟姉妹及びその代襲者であるとき)
被相続人の直系尊属の本籍地のある市役所から取り寄せることができます。
家庭裁判所に必要書類を提出する
次に、集めた書類を、相続人の最後の住所地の家庭裁判所に提出します。どこの家庭裁判所なのかは、裁判所のHPを閲覧することで確かめることができます。
提出時は、返送用の郵便切手も一緒に入れて提出してください。
家庭裁判所から届いた書類に回答し、返送する
相続放棄の書類を提出してしばらくすると、相続放棄照会書が家庭裁判所から返送されてきます。これは、申述人が被相続人の死亡を知った日や、本当に申述人が自分の意志で放棄したいと述べているのかといった事項について確認するために送付されているものです。事実をありのままに記載し、回答書を家庭裁判所に送りましょう。
もっとも、この手続きが省略され、相続放棄照会書が送られてこないこともあります。相続放棄申述書を家庭裁判所が確認して、問題ないと判断されると、送付されないことがあります。
もし、いつまでも送付されてこないときは、一度家庭裁判所に問い合わせましょう。
返送期限内に回答書を送れない場合
回答書を返送期限内に送付できないと、相続放棄が却下され放棄できない可能性があります。そうすると、相続放棄は一回しかできないので、二度と相続放棄することができなくなります。
こうした事態を未然に防ぐため、どうしても間に合わない事情があれば、家庭裁判所に事情を説明して待ってもらう必要があるでしょう。また、相続放棄手続きの初めから専門家に依頼するのも一つの手段です。
相続放棄申述受理通知書が届いたら手続き完了
以上の手続きを終えて、相続放棄申述受理通知書が届いたら手続きが完了します。大体10日前後で家庭裁判所から送付されます。相続放棄申述通知書は再発行不可なので、紛失しないようにしましょう。
ほとんどの手続きは、相続放棄申述通知書をコピーすることで何とかなりますが、金融機関によっては、相続放棄申述受理証明書の提出を要求されることがあります。その際は、家庭裁判所に相続放棄申述受理証明書を発行してもらうことができます。相続放棄申述受理証明書は、何度でも発行できるので必要な数発行してもらいましょう。
相続放棄の期限は3ヶ月
相続放棄はいつまでもできるわけではありません。相続が始まったことを知ってから3か月経過すると、相続放棄することはできなくなります。
3か月の期限は、申述の期限であるので、家庭裁判所への書類の提出が3か月以内であれば、問題ありません。また、手続きの途中で超えてしまっても問題はありません。
そのため、少なくとも書類を集めて家庭裁判所に提出することは急いでしなければなりません。
3ヶ月の期限を過ぎそうな場合
3か月の期間を過ぎそうな場合、あきらめて相続を承認するという手段もあります。しかし、相続放棄をしたい場合は、期間を延ばすことを求めることもできます。
放棄の期間の伸長の申立てを家庭裁判所に提出して、承認されれば、期間の伸長がなされます。
伸ばせる期間は、3か月程度が通常でありますが、それ以上の期間に伸長される可能性もあります。
3ヶ月の期限を過ぎてしまった場合
3か月を過ぎてしまうと、通常はそこで相続放棄はできなくなります。そのため、できる限り期限を守ってスピーディに相続放棄の申述をする必要があります。
もっとも、「相当な理由」があれば相続放棄することができます。
「相当の理由」とは、①相続人が被相続人と関わりがなかったなど相続放棄できなかった理由があることや、②相続人が借金などの債務があることをまったく知らなかったこととされています。
このように、一応3か月の期間が過ぎても認められる可能性があるとはいえ、早く手続きを済ませるべきでしょう。
相続放棄の申し立ては一度しかできない
注意が必要なのは、相続放棄の申し立ては、一度きりの手続きだという点です。もし失敗したときは、もう一度相続放棄に挑戦するなどということはできません。したがって、一発で確実にする必要があります。また、むやみに放棄すれば、後から財産が発見されて大損するということもありえます。
このような性質から、ご自身で行うよりも、弁護士などの専門家に依頼して行うことが確実かつ安全と考えられます。
相続放棄が無効・取り消しになるケースがある
相続放棄の申述が受理されても、相続放棄が事後的に無効になることがあります。
例えば相続財産を隠したり、相続財産をほしいままに消費したりすれば、民法921条3号によって、事後的に無効となる可能性があります。相続放棄という制度を悪用して、債務だけ逃れようとしたりするのを防止するためです。
相続放棄をしたときは、相続財産には手を触れないほうがいいでしょう。
後から財産がプラスだと分かっても撤回できない
民法919条1項により、相続放棄は撤回することができません。すなわち、あとから財産がたくさんあったから相続したいと考えても、もう取り返しがつかず、財産を得ることは永久にできなくなります。
そのため、慎重に相続放棄をするかどうかを決定する必要があります。専門家に依頼すれば、慎重かつスピーディに相続放棄ができるので、専門家に依頼するべきでしょう。
相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
相続放棄は一人でもできるがトラブルになる場合も…
相続放棄は、限定承認とは異なり、一人ですることができます。しかし、相続にはトラブルがつきものであり、それは放棄する場合も同じです。
明らかに相続放棄したほうがいい場合
他の相続人は、多額の借金を上回る財産があることを知っている場合もあります。そのため、他の相続人とよく相談して決めるほうがいいでしょう。そうでなければ、相続放棄をした後で、財産に気づき、なぜ教えてくれなかったのかなどと、トラブルになる恐れがあります。
また、逆に、借金があることに気づかず相続してしまった相続人から、言ってくれればよかったのにと責められ、トラブルに発展する危険もあります。
把握していない相続人がいる場合がある
隠し子がいたことが判明するなど、面識のない相続人がいることがあります。相続放棄をした場合、そのような相続人に相続財産が渡ってしまう恐れもあります。もし、そのことを考慮せずに相続放棄すると、面識のない相続人に多額の財産が渡ってしまい、大損することになります。
したがって、相続人についても被相続人の戸籍等を取り寄せてよく調査したうえで、慎重に相続放棄をする必要があります。
相続放棄後の相続財産について
相続放棄をすると、相続財産はどうなるのでしょうか。すべての財産を失ってしまうわけではありません。また、そのまま放置するとまずいものがあります。
以下では、それらを解説します。
墓や生命保険など、相続放棄しても受け取れるものはある
本人が死亡したことにより遺族に支払われる性質の金銭は、相続放棄をしても受け取ることができます。例えば、死亡保険金(遺族が受取人になっているもの)、国民健康保険などからの葬祭費等、遺族年金、死亡一時金などがあります。
また、お墓などの祭祀財産は相続財産に含まれないので、相続放棄をしてもお墓の管理権などは、引き継ぐことができます。
全員で相続放棄をしても家や土地の管理義務は残る
相続放棄をした者は、その放棄により相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけると同一の注意をもってその財産を管理する義務を負います(民法940条1号)。
全員で放棄しても、相続財産管理人が選任されるまでは、この義務があります。
例えば、相続財産に住宅などの不動産があるとき、早急に相続財産管理人を選任しないと、その不動産が倒壊するなどして通行人がケガした場合、民法717条により損害賠償責任を負う可能性があります。
したがって、全員で相続放棄をした場合も相続財産管理人を早急に選任したほうがいいでしょう。
相続放棄したのに固定資産税の請求がきたら
基本的に支払う義務はありません。
請求されてしまったときは、被相続人の死亡以前に発生した固定資産税に関しては、相続放棄申述通知書又は相続放棄申述受理証明書を役所に提出すれば、督促などを受けることはなくなります。
一方、被相続人の死亡した翌年以後に発生した固定資産税は、放棄した人の登記がされている場合は、仮に相続放棄の申述が終わっていても支払い義務が発生します。そこで、共同相続人によって共有者としての登記がされてしまっている場合などは、相続放棄をした後速やかに移転登記手続や更生登記手続をしたほうがいいでしょう。
相続放棄手続きにおける債権者対応
相続財産の中に、債務があった場合、債権者からの取り立てがありえます。その場合に、よく考えずに対応すると、最悪の場合相続放棄できなくなったり、払ったお金が無駄になったりする恐れがあります。
以下では、そのような場合の対処法を解説します。
「とりあえず対応しよう」はNG
前述のように、相続放棄をすれば、債務を承継する必要はありません。そのため、相続人に債権の取り立てがあっても無視すべきでしょう。とりあえず対応してしまい、被相続人の財産から支払ってしまうと、単純承認として、相続放棄ができなくなる恐れがあります。
しつこいようなら、専門家に相談してから決めますなどと言って、判断を保留しましょう。
支払うべきと考えていても、まずは専門家の判断を仰ぎましょう。
「利子だけ払っておこう」はNG
利子だけでも支払うのはおすすめしません。なぜかというと、もし自分の債務でないことを分かった上で支払ってしまうと、不当利得ではなく非債弁済として返還を求めることができないものになる可能性があります。放棄するか決めていないとき、放棄すると決めたときは、少しの利子であっても、手は触れないようにしましょう。
利子だけでも払ってほしいなどと言われたときには、専門家に相談するなどと言ってすぐに支払うことは避け、専門家の判断を仰いでから支払うようにしましょう。
サインはしないようにしましょう
場合によっては、債権者からサインを求められることもあります。よく考えずにサインをすると、場合によっては、債務引受の方法によって相続債務を承継させられたりする場合があります。
したがって、債権者からとにかくサインしてほしいなどと言われても、決してサインはしないようにしましょう。
もし、不安なら、専門家に相談してからにしますなどと言って、その場でのサインを避け、後日専門家の判断を仰ぎましょう。
遺産に触れないようにしましょう
住宅ローンの解約で今の家に住み続けられるようにするなどと言われても、遺産に決して触れないようにしましょう。
遺産を勝手に処分したりすると、相続放棄ができなくなったり、放棄したかった債務を引き受けることになったりしかねません。相続放棄をすべきかどうかわからないときや、相続放棄をしたいと考えているときは、決して遺産には触れないでください。
そして、専門家に依頼して、その判断を仰ぎましょう。
相続放棄に関するお悩みは弁護士にご相談下さい
これまで述べた通り、相続放棄は、専門家が正確かつスピーディに行わなければ、相続放棄ができなくなるなど、大変な事態に陥ってしまいます。
また、相続放棄のできる期間は3か月と大変短く、事情によってはその延長等をする必要があります。これに関しても、簡単に行える手続きではありません。弁護士は、相続放棄に関してもプロですから、相続放棄をしなければならない事態に陥ったときには、弁護士にご相談ください。
-
保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)