監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
「財産を受け取ってしまったら、相続放棄はできない」と言われることがあります。
しかし、これは不正確な内容で、財産を受け取ったとしても、相続放棄ができる場合があります。
抽象的な説明だけでは分かりにくいところですので、どのような場合には相続放棄ができて、どのような場合には相続放棄ができないのか、個別のケースごとに、以下説明して行きます。
目次
相続財産にならないものなら受け取っていても相続放棄できる
まず、「相続財産」でない財産は、受け取ったとしても、相続放棄ができます。
また、相続放棄をした後でも、そのような財産は受け取ることができます。
そもそも相続放棄は、「相続財産」を受け取ることができなくなるという制度であり、「相続財産」以外の財産を受け取ったかどうかは、相続放棄には関係ないためです。
では、実務上よく見られる「相続財産」ではない財産とは、どういったものでしょうか。以下で説明します。
受け取っても相続放棄に影響しないもの
ここでは、「相続財産」ではない財産であるため、受け取っても相続放棄ができる(相続放棄と関係ない)ものについて、説明をしていきます。以下に記載のあるものは、受け取っても問題なく、相続放棄が可能です。
香典・御霊前
受け取っても相続放棄に影響しない財産として、香典・ご霊前があります。
香典・ご霊前は、一般に、故人への供養の意味合いがありますが、法的には、「故人の受け取った金銭」とは扱いません。あくまで、葬儀等を主宰する「喪主」に対する「贈与」であると考えられています。
したがって、香典・ご霊前はそもそも、被相続人が死亡時に有していた「相続財産」ではありません。
そのため、香典・ご霊前を受け取ったとしても、相続放棄には影響しません。
仏壇やお墓
仏壇やお墓等の受け取りも、原則として、相続放棄に影響せず、相続放棄は可能です。 これらは、祭祀財産といいます。民法は、祭祀財産と、相続によって承継される相続財産とを切り離して規定しています。 そのため、祭祀財産は、相続財産ではないため、祭祀財産を受け取っても、相続放棄には影響しないということになります。 祭祀財産と相続財産を切り離して規定しているのは、祖先の祭祀を尊重する習俗や国民感情に配慮した法の建付けになっているためです。
生命保険金(元相続人が受取人に指定されている場合)
生命保険金は、一般に、被保険者(被相続人)の死亡により生じる、受取人固有の権利だと理解されています。すなわち、被相続人が死亡した時点で有していた財産ではなく、自身が受取人として指定されている生命保険金を受け取ったとしても、相続放棄には影響しません。
他方、相続税との関係では注意が必要です。生命保険金は、相続税との関係では、相続財産であると考えます。そして、相続人が生命保険金を受け取った場合には、非課税枠(相続税の優遇措置)が使用できますが、相続放棄をした人は、非課税枠は適用されません。
遺族年金
遺族年金は、世帯の生計の担い手が死亡した場合に、その者によって生計を維持されていた遺族の生活が困難にならないようにするという趣旨の制度です。また、受給権者の範囲・順位が規定によって決まっており、相続人の順位等に関する民法の規定と必ずしも一致しません。
そのため、遺族年金は相続により承継される相続財産とは扱わず、受給者固有の権利だと考えるのが通例です。
遺族年金を受給しても、相続放棄には影響せず、相続放棄は可能と考えられています。
未支給年金
未支給年金についても、相続放棄には影響せず、受け取っても相続放棄が可能であると考えられています。
未支給年金は、被相続人が死亡するまでの間にもらうべきであった年金のうち、支払日の関係で未支給になっていたものですので、被相続人が死亡時に有していた財産とも考えられそうです。
他方、未支給年金については、生計を一にしていた人の生活保障に役立てるべきとの考えから、被相続人と生計を一にしていた人に請求権が認められています。この点を重視して、実務上は、未支給年金は請求権者固有の権利だと考えています。
受け取りが相続放棄に影響するもの
以上で、財産の受け取りが相続放棄に影響しないものを説明してきましたが、受け取りが相続放棄に影響するものも整理しておく必要があります。
現金や預金、家、車、株式等を相続したら、法定単純承認に該当し、相続放棄ができなくなるというのは、わかりやすいと思います。
他方、受け取っても問題ないという誤解の生じやすいものもありますので、以下説明します。
受取人が被相続人本人になっている生命保険
受取人が、被相続人本人と指定されている生命保険金については、「相続財産」に含まれると考えられています(最高裁の判例はなく、学説上の争いはあるところですが、実務上はそのように処理されていると考えられます。)。
受取人が被相続人である以上、生命保険金は被相続人の財産であり、それを取得するのは、相続財産の取得に他ならないためです。したがって、このような生命保険金を取得してしまうと、相続放棄できなくなる可能性があります。
生命保険金であれば受け取っても問題ないと早合点しないようにしましょう。
所得税等の還付金
所得税等の還付金が、相続発生後に支払われることがあります。しかし、これは、支払われたのが相続発生後というだけであり、生死に関係なく、本来還付されるべき金銭です。したがって、被相続人が、死亡時に、還付金を受ける権利を有していたのであり、還付金は相続財産に含まれます。
したがって、還付金を取得してしまうと、法定単純承認となり、相続放棄できなくなる可能性があります。
未払いの給与
被相続人が死亡直前まで稼働していたような場合、未払いの給与があることがあります。これも、還付金と同様、生死にかかわらず、本来払われるべきものです。したがって、被相続人は、死亡時、給与を請求できる権利を有しており、未払い給与は相続財産に含まれます。 したがって、未払い給与を取得してしまうと、法定単純承認となり、相続放棄できなくなる可能性があります。
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相続放棄できるかどうか、判断が分かれるもの
財産の中には、相続放棄できる・できないという判断が分かれるものがあります。
基本的には、そういった財産の受け取りの前に、専門家に相談すべきですが、以下、一例を紹介します。
死亡退職金
死亡退職金を受け取った場合、相続放棄できる場合と、できない場合があります。
死亡退職金の支給に関して、民法の規律とは異なる範囲や順位を定める法令や内部規律がある場合には、受給権者固有の権利だと考えられており、受け取ったとしても、相続放棄は可能と考えられます。
死亡退職金の規定に「遺族」に支払うとだけ定められている場合も、当該死亡退職金が遺族の生活保障を目的としていると考えられることから、受給権者固有の権利であると判断された事例もあります。
他方、遺族の生活保障の目的ではなく、もっぱら、民法の規律を潜脱するためのものであると判断された場合には、死亡退職金が相続財産に含まれ、受け取ることにより相続放棄できなくなる可能性はあります。
高額療養費の還付金
高額療養費の還付金についても、受け取ったことにより想像放棄できなくなる場合と、相続放棄ができる場合があります。
高額療養費の制度は、同一月(1日から月末まで)にかかった医療費の自己負担額が高額になった場合、一定の金額(自己負担限度額)を超えた分が、あとで払い戻されるというものです。
還付金は、世帯主や被保険者に支払われるものであるため、これらの人が被相続人の場合には、被相続人が死亡時に有していた相続財産ということになります。したがって、受け取ってしまうと、相続放棄ができなくなる可能性があります。
他方、世帯主や被保険者以外の人が被相続人であれば、被相続人の相続財産ではないため、受け取っても相続放棄は可能です。
受け取っただけならまだ大丈夫、相続放棄したいなら保管しましょう
以上では、受け取りによって相続放棄に影響する・しないという話をしてきました。
その上で、既に相続放棄ができなくなる財産を受け取ってしまったという場合でも、「保管」しているだけであれば、未だ自己のものとして取得しているわけではないので、相続放棄できる可能性があります。
例えば、未払い給与や自宅の現金、預金を、現金で自己の財産と完全に分離して保管しているのであれば、未だ自己のものとして取得したわけではありません。裁判所に丁寧に事情を説明すれば、相続放棄の申述が受理される可能はあります。
財産を受け取ってしまった場合の相続放棄に関するQ&A
受け取った保険金で被相続人の借金を返済しました。あとからもっと多くの借金が判明したのですが、相続放棄できますか?
一度相続の単純承認をしてしまうと、後日、相続放棄をするということは、原則できません。
その保険金が、被相続人を受取人とする生命保険金の場合、相続財産ですから、同生命保険金を受け取り、その金員で相続債務の弁済をしてしまうと単純承認となり、後日の相続放棄はできないと思われます。
他方、相続人が受取人と指定されている保険金を受け取り、相続債務の弁済をすることは、相続人自身の財産から代わりに債務を弁済しただけですので、相続放棄は可能と考えられます。
衛星放送の受信料を払いすぎていたので返金したいと連絡がありました。相続放棄するつもりなのですが、受け取っても問題ないでしょうか?
受信料過払による返還金は、被相続人の生死にかかわらず、払われるべきものです。そのため、被相続人は、死亡時において、過払いの返還金を請求できる権利があり、返還金は相続財産に含まれると考えられます。したがって、返還金を「保管」しておくだけならまだしも、受領し、費消してしまうと、法定単純承認に該当し、相続放棄はできなくなると考えられます。
相続放棄したいのに財産を受け取ってしまった場合は弁護士にご相談ください
受領しても相続放棄ができる財産かどうかは、個々の財産事に個別に判断をしていくことになります。ものによっては、相当程度専門的な知識が要求される財産も有ります。そのため、受領する前に、必ず、専門家に相談されることをお勧めします。
仮に、一般的には受領すると相続放棄できなくなるという財産を受領してしまった場合でも、あきらめるのではなく、ぜひ専門家にご相談ください。
そのような場合でも、適切に事情を裁判所に説明し、説得力のある主張を行うことで、相続放棄の申述が受理される可能性があります。
相続放棄の申述事件を多数扱ってきた弁護士法人ALG&Associatesであれば、お悩みの事実関係と類似する過去の実績も見つかる可能性があります。ぜひご相談ください。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)