監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
損害賠償は「受けた損害を補填する」制度なので、実際に受けた損害の金額以上に賠償金を受け取ることは認められません。しかし、交通事故の被害者は、場合によっては相手方の保険会社以外から金銭を受け取ることもあります。 このような場合、“損害を公平に負担させるため”に「損益相殺」が行われます。
今回は、損益相殺とは具体的にどのような制度なのか、その概要について解説していきます。
耳慣れない言葉かもしれませんが、適正な賠償金を受け取るためにも正しく理解しておく必要がありますので、ぜひ最後までご覧ください。
損益相殺とは
損益相殺とは、交通事故の被害者が損害賠償金を余分に受け取らないようにするための制度です。
具体的には、被害者が交通事故をきっかけに何らかの利益を得た場合に、損害賠償金からその利益分を差し引くことで、損害賠償金の二重取りを防ぎます。
例えば、交通事故によって総額400万円の損害を受けた被害者が、自分の加入している保険から100万円の保険金を受け取ったような場合、損益相殺が行われます。
そのため、この場合に被害者が加害者から受け取ることができる損害賠償金は、
「400万円-100万円=300万円」
となります。
受け取っていると損益相殺により減額されるもの
では、何を受け取っていると損益相殺により減額されてしまうのでしょうか?
一般的に、下記のような金銭を受け取っていると損益相殺の対象になります。
- 自賠責保険金や政府保障事業のてん補金
- 支給が確定した各種社会保険の給付金
- 所得補償保険金
- 国民健康保険法・健康保険法に基づく給付金
- 人身傷害保険金
- 加害者による弁済
- (被害者が亡くなった場合)生活費相当額
以降、それぞれどのような金銭でどういった状況のときに受け取れるのか、簡単に見ていきましょう。
自賠責保険金・政府保障事業のてん補金
自賠責保険から受け取った保険金(自賠責保険金)のほか、加害者が自賠責保険に未加入の場合などに受け取れる政府保障事業のてん補金は、損益相殺の対象となります。
政府保障事業とは、交通事故の被害者を救済する最終手段として、政府が損害をてん補する制度です。損害額の算定やてん補金の限度額については、自賠責基準と同様の基準を採用しているので、同じくらいの金額を受け取ることができます。
支給が確定した各種社会保険の給付金
交通事故により怪我をした、障害が残った、または亡くなった場合、下記のような各種社会保険が給付されることがあります。
これらによる給付が行われる場合、通常、実際の支給額または支給を受けることが確定した金額を上限として、損益相殺により減額されます。
- 労働災害補償保険法に基づく療養補償給付、障害補償年金
- 厚生年金法(または国民年金法)に基づく障害厚生年金
- 国家公務員(または地方公務員)共済組合法に基づく障害年金、遺族共済年金
- 介護保険法に基づく給付金
所得補償保険金
所得補償保険金とは、所得補償保険の加入者が怪我や病気が原因で働けなくなった場合に、収入を補うために支払われる保険金です。
交通事故の影響で被害者が働けない状態になり、所得補償保険金を受け取った場合、損害賠償金のうち休業損害に相当する金額から、この保険金相当額が差し引かれることになります。
健康保険法に基づく給付金
治療の際に保険証を提示すると、加入している健康保険から治療費の一部が支払われるため、被害者の治療費の自己負担分が減額します。健康保険法に基づく給付金とは、このときに支払われる治療費の一部を指します。
このように、健康保険を利用すると治療費の負担が軽くなるため、支払われた治療費相当額が損益相殺の対象となります。
人身傷害保険金
人身傷害保険金とは、交通事故により受傷・死亡したときに、被害者の加入している保険会社から支払われる保険金です。受け取るためには、あらかじめ人身傷害保険に加入している必要がありますが、一般的に自動車保険に付帯して加入していることが多いので、加入状況について一度保険会社に問い合わせておくと良いでしょう。
なお、人身傷害保険を利用しても、翌年の保険料の等級に影響することはありません。
加害者による弁済
相手方の保険会社を通さず、加害者から直接受け取った金銭も、賠償金と同様に交通事故の損害を補うものです。そのため、損益相殺により、受け取った金額分が賠償金から差し引かれます。
しかし、加害者から直接金銭を受け取る場合、加害者から受け取った金銭が何に対する賠償であるのかが明確ではないことが多いですし、後々トラブルに発展してしまう可能性も高いです。香典や見舞金など、一般常識的でやり取りされる金銭を除いて、加害者から直接金銭を受け取ることは避けるべきでしょう。
(亡くなった場合)生活費相当額
被害者が亡くなった場合、その後必要になるはずだった生活費が不要になります。
つまり、生活費に相当する金額分、被害者の負担が減ることになるので、損益相殺によって賠償金から生活費相当額が減額されます。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
損益相殺により減額されないもの
交通事故をきっかけに支払われる金銭であっても、その事故による損害を補う目的で支払われるものでなければ、損益相殺の対象になりません。
例えば、次のような金銭は損益相殺の対象とならないので、受け取っても減額されません。
- 生命保険金
- 搭乗者傷害保険金
- 自損事故保険金
- 傷害保険金
- 労働者災害補償保険法に基づく特別支給金
また、上記は、損益相殺の対象とならない金銭の代表的な例ですが、他にも損益相殺により減額されない金銭があります。次項以下でみていきましょう。
税金
交通事故に対する損害賠償金は、あくまで損害を補填するものであり利益ではありません。したがって、基本的に非課税となります。
そのため、支払わずに済んだ所得税等の税金が損益相殺の対象となりそうですが、裁判例によると、損益相殺を行う必要はないと判断されています。したがって、損害賠償金から税金に相当する金額が差し引かれることはありません。
加害者が支払った香典・見舞金
香典や見舞金は、一般的にお詫びの気持ちを示すために支払われるものです。つまり、交通事故による損害を補填するものではないので、基本的に損益相殺の対象にはなりません。
ただし、香典や見舞金の金額が常識的にみてかなり高額な場合には、損害賠償金の一部とみなされてしまう可能性があります。そうなると、常識的な範囲を超えると判断された金額分について、損益相殺が行われることになるので注意が必要です。
子供が死亡してしまった場合の養育費
交通事故により亡くなった被害者が子供だった場合、その後、保護者は養育費を支払う必要がなくなりますが、将来かかったはずの養育費が損益相殺の対象になることはありません。
なぜなら、養育費は子供本人ではなく保護者が支払うべきものなので、事故によって、子供本人が養育費の負担を免れるという利益を得たとは考えられないからです。
つまり、交通事故により損害を受ける人と利益を受ける人が違うため、被害者にかかるはずだった養育費は損益相殺されません。
持病により治療期間が長くなった場合は賠償金が減額される
損益相殺の対象にならない場合でも、被害者に持病があり、その影響で治療が長引いたようなときは、損害賠償金が減額される可能性が高いです。これを「素因減額」といいます。
素因減額は、元々被害者が患っていた持病などの疾患により損害が発生・拡大したときに、疾患による影響の分だけ損害賠償金を減額するというルールです。被害者の抱えている疾患が損害賠償金に影響を与えた場合に、加害者だけに損害を負担させるのは不公平だと考えられるからです。
とはいえ、どのような持病でも必ず素因減額の対象になるというわけではありません。素因減額は示談交渉や裁判などでも争いになりやすい問題なので、被害者に持病等があることが疑われる場合は、専門家のアドバイスを受けると良いでしょう。
損益相殺について不明点があれば弁護士にご相談ください
損益相殺について正しく理解することは、適正な損害賠償金を獲得するうえでとても重要です。もし誤った理解に基づいて損害賠償請求をしたり、提示された賠償案に承諾してしまったりしたら、損害額に見合った賠償金を獲得することは難しくなります。
しかし、損益相殺の対象となるか、いくら減額されるのかなどを判断するためには、金銭の性質や法律の規定をしっかりと確認する必要があるので、専門家の助けがないと難しいケースが多いでしょう。
そこで、弁護士に相談してアドバイスを受けることをご検討ください。弁護士は、単にアドバイスをするだけでなく、依頼を受ければ加害者側との示談交渉を代行することもできます。
最小限の労力で迅速に損害賠償金を受け取るためにも、まずは弁護士に相談されることをおすすめします。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)