監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
交通事故のパターンは「人身事故」だけではありません。「物損事故」が起こることもあります。
では、「物損事故」ときいて、具体的にイメージできるでしょうか?
ここでは、賠償の内容、人身事故との違い、物損事故として処理することのリスクなど、「物損事故」に着目して詳しく解説していきます。
目次
物損事故とは
「物損事故」とは、交通事故のうち、物だけが被害を受けた事故をいいます。
例えば、乗っていた車やぶつかったガードレールは壊れてしまったものの、事故の当事者も周囲の人も誰一人怪我しなかったような事故です。
これに対して「人身事故」とは、交通事故のなかでも、人の生命や身体に被害が及んだ事故を指します。交通事故といって多くの方が想像するのは、こちらの人身事故かと思います。
物損事故は、人身事故と比べて被害の規模が小さいと考えられがちなので、加害者は比較的軽い責任しか負いません。また、被害者が受けられる賠償の種類や賠償金の総額が少なくなる傾向にあります。
物損事故で請求できる損害賠償
修理費
物損事故では、事故によって壊れた物の修理費を賠償するよう請求できます。
なお、請求が認められるのは、壊れた部分を修理するのにかかった費用のうち、必要かつ相当だと判断される金額だけです。
事故によって車の塗装の一部が剥げたため、全体を塗り直したケースを例に考えてみましょう。このケースでは、塗り直しにかかった費用のうち、剥げた部分の塗り直しにかかった費用に相当する金額しか修理費として認められないのが通常です。
格落ち損(評価損)
修理で壊れた車を元通りにできなかった場合、格落ち損(評価損)の賠償を請求できます。
事故によって壊れた車を修理しても、見た目や損なわれた機能が完全に元通りになるとは限りません。元通りにならなければ、事故前と比べて車の価値が下がってしまいます。この下がってしまった価値が「格落ち損(評価損)」です。
請求が認められれば、下がった価値に相当する金額を賠償してもらえます。
代車料
車の修理中に代車を利用した場合、利用にかかった費用として代車料を請求できる可能性があります。
そのためには、代車を利用したことに必要性と相当性が認められなければなりません。
具体的には、
・事故で壊れた車を通勤や通学などの日常的に欠かせない用途で使っていて、代わりに使える交通手段がない(必要性) ・修理にかかる平均的な期間(1ヶ月程度)、修理中の車と同等のグレードの車を代車として利用した(相当性)
といった状況であれば代車料が認められるでしょう。
買替差額
車の損傷がひどく修理できる見込みがない、または修理費が高額すぎて修理できない場合を「全損」といいます。交通事故が原因で車が全損したときは、事故当時の時価と車の売却代金の差額(買替差額)を請求することができます。
なお、車が全損した場合、通常売却できません。そのため、事故当時の車の時価に相当する金額を請求するのが基本です。
登録手続関係費
交通事故が原因で全損した車を買い替える場合、購入した新車を使用できる状態にするためにいろいろな費用がかかります。これらの費用も事故による損害といえるので、登録手続関係費として賠償請求できます。
例えば、自動車取得税・消費税といった各種の税金や、全損した車を廃車するのにかかる費用、車の検査登録・車庫証明書の取得にかかる費用、新車の納車にかかる費用などをまとめて請求することが可能です。
休車損害
仕事で利用している車が交通事故で壊れ、修理や買い替えが済むまで仕事ができなくなった場合、得られなくなってしまった収入・利益(営業損害)の賠償として、休車損害を請求できます。
仕事で利用していることが条件なので、休車損害が認められるのは、外回りで使っている車や荷物を運搬するトラック、タクシー、バス等の営業車に限られます。
また、仕事をしない分、燃料費や有料道路の利用代金などの経費がかからないため、請求できる金額は「平均売上額-必要経費」となります。
その他
上記に挙げた損害以外にも請求できるものはあります。例えば、以下のような損害です。
- 事故車を運搬した際のレッカー代
- 事故車の保管料
- 時価の査定・修理の見積もりにかかった料金
- 事故により壊れた家屋や店舗の修理費、評価損
- 身に着けていた衣服などの損害
- ペットに関する損害
物損の場合は慰謝料が請求できない?
物損事故の場合、基本的に慰謝料を支払ってもらうことはできません。
そもそも慰謝料とは、精神的・肉体的な苦痛を癒すために支払われるお金です。しかし、人の生命にも身体にも被害が及ばない物損事故では、肉体的な苦痛は発生しません。さらに、精神的な苦痛が発生するとしても、修理費や評価損などの財産的な損害を賠償することで癒される程度のものだと考えられるため、別途金銭が支払われることはないのが基本です。
例外的に物損でも慰謝料が認められる場合
物損事故では慰謝料が認められないと説明しましたが、例外的に慰謝料を支払ってもらえるケースもあります。被害者にとって特別な価値のある物が壊れてしまった場合や、住居が壊されて平穏な生活が害されたような場合です。
実際に慰謝料請求が認められた裁判例をご覧ください。
・大阪地方裁判所 平成12年10月12日判決
被告が霊園で車を運転していたところ、ブレーキとアクセルを間違えて原告一家の墓石などを壊してしまったため、原告が損害賠償を請求した事例です。
原告の慰謝料請求について、裁判所は、墓地や墓石等は故人が眠る場所であり、一般的に遺族等が強い敬愛や追慕の念を抱く対象となるものだと判断し、こうした特殊性を考慮して、墓石等を壊されたことで受ける精神的苦痛に対する慰謝料が損害賠償の対象になることを認めました。そして、被告に対して10万円の慰謝料の支払いを命じる判決を下しました。
物損事故の事故処理の流れ
物損事故は、下記のような流れで処理されます。
①事故の発生
物損事故が発生したら、まずは相手方の名前や住所、電話番号など連絡先を確認し、連絡がとれるようにしておきます。また、事故現場の写真や動画を撮影したり、目撃者を探したりして、事故の状況を証明できる証拠を集めます。
②警察や保険会社への連絡
証拠集めと並行して、警察に事故が発生した旨を報告します。ご自身が加入する保険会社への連絡も忘れないようにしましょう。
③示談交渉
車の修理などが終了し、その事故におけるすべての損害額が確定したら、示談交渉を始めます。まずは当事者の話し合いから始め、合意できないようなら、調停や訴訟などの裁判手続の利用を検討します。
④示談成立
過失割合の配分や損害賠償の金額・支払方法などについて合意できたら、示談が成立します。
⑤示談金の支払い
示談成立後、保険会社から送られてきた示談書を確認し、署名・押印して返送した後、示談金を受け取ります。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
少しでも人的損害があった場合は物損事故ではなく人身事故に切り替える
加害者側にとっては、物損事故として処理したほうが何かと都合がいいです。このため、ちょっとした怪我だと、「物損事故として対応したい」と主張されることがあります。
ですが、物損事故では賠償項目に限りがあるため、安易に物損事故として処理されると結果的に損してしまいかねません。
また、物損事故だと警察の取扱はかなり簡潔なものとなり、捜査もそこまでしっかりなされません。後日事故態様が争われた際、証拠がほぼないという事態が生じます。
少しでも怪我をしたら、物損事故ではなく人身事故に切り替えましょう。
人身事故を物損事故にしておくリスク
物損事故では、免許の減点や刑事罰を受けることはありません。そのため、加害者としては物損事故で処理することを希望する場合が多いのですが、被害者にとってはリスクが多いので注意が必要です。
例えば、治療費や慰謝料といった人身損害に対する賠償を受けられないので賠償金が低額になるほか、事故状況の証明に役立つ実況見分調書が作成されないため、過失割合等が争いになりやすいというリスクがあります。他にも、被害者側が損害を立証しなければならない、自賠責保険が適用されない、事故を起こした運転者にしか損害賠償請求できない、後から痛みが出てきた場合に交通事故との因果関係が疑われやすいといったリスクが考えられます。
物損事故から人身事故に切り替える方法
物損事故から人身事故に切り替えるためには、必要書類を集め、警察署で変更の手続を行う必要があります。具体的には、次のような手順で物損事故から人身事故に切り替えることになります。
①病院で医師の診察を受け、診断書を作成してもらう
人身事故に切り替えるためには、被害者が交通事故により怪我をしたことを証明する必要があります。
②事故現場を管轄する警察署に行き、必要書類を提出して人身事故への変更手続を行う
必要書類として、診断書のほか、車検証や運転免許証などの提出を求められる場合があります。
③人身事故として調査が行われる
当事者それぞれから事故の状況を聴き取る取り調べや、当事者が立ち会うなかで事故の状況を調べる実況見分などが行われます。
人身事故に切り替わったら、人身事故であることを証明する事故証明書を取得できるようになります。損害賠償金を請求するうえで大切な書類なので、請求前に取得しておくと良いでしょう。
物損事故の弁護士依頼は損?費用倒れにならないケースとは
物損事故の場合、業者の見積もりや市場価格、実際にかかった費用といった客観的な基準で損害額を計算するのが基本です。そのため、交渉によって増額できる余地が少ない場合も多く、弁護士に依頼しても、増額した金額より弁護士費用の方が高くなってしまう(費用倒れしてしまう)リスクがあります。
しかし、法的に問題になりやすい損害について交渉することで、費用倒れになることを防げる場合もあります。例えば、「過失割合を少なくする」「評価損を認めさせる」ことができるケースです。
過失割合が少ない
過失割合があると、割合に応じて、もらえる損害賠償金が減額されてしまいます。したがって、損害賠償金を増額するためには、過失割合をいかに少なくできるかが重要といえます。
一般的に、保険会社は過失割合を多めに見積もった示談案を提示してくるので、弁護士に依頼することで、適正な割合に修正して増額を図れる可能性があります。
評価損が認められた
過去の傾向からすると、評価損は修理費用の10~30%程度とされる場合が多いようです。しかし、明確な基準は決まっていませんし、被害者個人が交渉に臨んでも、保険会社は簡単には評価損を認めてくれません。
この点、専門知識のある弁護士に交渉を任せれば、保険会社に評価損を認めさせることができる可能性があります。
物損でも場合によっては弁護士の介入がプラスになることがあります。まずはご相談ください
物損事故では、賠償してもらえる損害が限られていますし、損害額も低い場合が多いため、いい加減な対応をしがちです。しかし、保険会社からの示談案をきちんと確認せずに合意してしまうと、適正な賠償を受けられなくなりかねません。
弁護士に相談すれば提示された示談案が適切か、他に請求できる損害項目はないか、増額できる余地はないかなど、被害者の方だけでは判断しにくい点をしっかりと確認してくれます。そのため、結果的に賠償金の増額につながる可能性があります。
物損事故の場合、事故車の修理の可否といった専門的な判断も必要になることもあるので、ぜひ交通事故事案に精通した弁護士への相談をご検討ください。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)