交通事故の素因減額について

交通事故

交通事故の素因減額について

横浜法律事務所 所長 弁護士 伊東 香織

監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士

交通事故の損害賠償金を減額する要素としては、過失割合が有名ですが、それ以外にも「素因減額」というものがあります。
「素因減額」とは一体どのようなもので、どういった事情がある場合に行われるのでしょうか?
このような疑問にお答えするために、今回は「素因減額」について詳しく解説します。

素因減額とは

素因減額とは、交通事故に遭う前から被害者が持っていた素因が影響して、損害が発生・拡大した場合に、素因による影響の大きさに見合う金額を損害賠償金から差し引くことをいいます。
素因とは、簡単にいうと、事故前から被害者にあった既往症や身体的な特徴・体質、心因的な要因などです。
大まかに「心因的要因」と「身体的要因」の2種類に分けられるので、次項以下で詳しくみていきます。

心因的要因について

心因的要因とは、性格、ストレス耐性、うつ病やPTSDなどの精神疾患といった、被害者の心理的・精神的な問題点をいいます。
誰でも、交通事故に遭ったことをきっかけに後ろ向きな心理的反応が現れる可能性があります。しかし、後ろ向きな反応が一般的に予想される範疇を超えており、そのために損害が発生・拡大したといえるときは、心因的要因を根拠として素因減額が行われる可能性があります。

例えば、事故により頭や腰を挫傷した被害者が、事故後に不眠症や失声症などを発症して自殺してしまった事案では、心因的要因を根拠に損害賠償金の7割が減額されました。

なお、性格やストレス耐性などは人によってかなり異なりますので、一般的に予想される心理的反応の幅も広いです。そのため、少し神経質な性格だからといって簡単に素因減額が認められることはないでしょう。

身体的要因について

身体的要因とは、既往症や体質的な疾患をいいます。ただし、事故前から持っていた持病がすべて素因となり減額されてしまうわけではありません。
例えば、事故前から椎間板ヘルニアの持病があったケースでも、年齢相応の症状に留まるような場合には身体的要因とは認められない可能性が高いでしょう。椎間板ヘルニアなどは、加齢によって発症・悪化していくことが多いからです。

また、少し平均的な体格・体質から外れた身体的特徴があっても、疾患といえない程度であれば素因減額すべきでないと考えられています。
例えば、平均より少し首が長く頚椎が不安定な人や、平均よりも肥満気味な人は、事故によって怪我を負いやすいかもしれませんが、疾患といえるほど平均から外れた特徴でない限り、身体的要因とは認められないでしょう。

保険会社から素因減額が主張されやすいケース

例えば、「うつ病やヘルニアなどの既往症がある場合」「事故の規模に見合わない、長期間の治療を続けている場合」「被害者が高齢で加齢による影響がみられる場合」などには、加害者や保険会社から素因減額を主張されるケースが多くなる傾向にあります。
しかし、主張のすべてを受け入れる必要はありません。特に高齢の方の場合、年齢相応の老化現象を根拠に素因減額を主張されることも多いので、しっかりと検査を受けて医学的根拠に基づいた反論ができるようにしましょう。

素因減額の立証について

立証するのは誰?

被害者に素因があり、素因減額できるという事実は、素因減額を主張する加害者や加害者側の保険会社が立証しなければなりません
なぜなら、素因減額をすることでメリットが得られるのは加害者側だからです。基本的に、証明することで利益を受ける側が立証責任を負うものとされています。

立証する内容は?

素因減額の主張が認められるには、

  • 被害者の素因が、単なる特徴や特性ではなく「疾患」といえること
  • 「交通事故」と「素因」が相まって損害が発生・拡大したこと
  • 素因減額をしなければ公平に反すること

を立証する必要があります。
さらに、素因減額の割合を決める際に検討すべき事情なども併せて主張します。

これに対して、被害者側は、こうした主張の信頼性を揺るがす事情を主張して争っていくことになります。

損害賠償請求時の素因減額を争う場合の判断基準

素因減額を含む損害賠償金について話し合いで合意できない場合には、調停や裁判といった、裁判手続を利用して解決を図ることになります。その際、裁判所は次のような事情を考慮して、素因減額の可否や減額の割合を決定します。

〇交通事故の態様・程度、事故による車両の損害状況
事故の規模が大きく、車両の損害がひどいほど、交通事故によって大きな衝撃や損害を受けたと判断されやすいです。

〇既往症の有無・内容・程度
特に事故による怪我への影響が大きいと考えられる既往症であれば、損害の発生・拡大に寄与したと判断され、素因減額の割合が大きくなる傾向にあります。

〇交通事故の態様と事故による怪我の治療にかかった期間が見合うか
事故による怪我の治療にかかる平均的な期間を超えるほど、素因が影響していると考えられる場合が多いです。

まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします

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素因減額と過失相殺の順序

素因減額と過失相殺の両方が適用される事案では、素因減額の後に過失相殺をするのが一般的です
しかし、素因が原因で事故の規模に見合わず治療が長引いたものの、後遺障害には影響していない場合には、「傷害部分の損害」だけが素因減額の対象となります。また、逆に素因が後遺障害にのみ影響した場合には、「後遺障害部分の傷害」だけを素因減額すべきことになりますが、こうした場合には例外的な対応がとられます。

素因減額と過失相殺の計算式

素因減額と過失相殺の両方が適用される場合には、以下のような計算を行い、最終的な損害賠償金を算出します。

例:損害額200万円、素因減額3割、過失割合2割
まずは素因減額から行います。損害額(=損害賠償金額)から素因の影響に相当する金額を差し引くために、次の計算をします。
「200万円×(10割-3割)=140万円

そして、素因減額後の金額から過失割合に相当する金額を差し引きます。
「140万円×(10割-2割)=112万円

したがって、例のケースでもらえる最終的な損害賠償金は112万円ということなります。

素因減額についての裁判例

ここで、実際に素因減額について争われた裁判例をみてみましょう。

【素因減額が認められた裁判例】
大阪地方裁判所 令和2年2月28日判決

自転車に乗っていた原告が信号待ちをしていたところ、他の車両と衝突事故を起こして滑ってきた被告の二輪車に跳ね飛ばされ、打撲の診断を受けた事案です。
事故による原告の怪我の主な症状は、右足を中心とした打撲や腫れで、長期間の治療の末に痛みや右肩の可動域制限などの後遺障害が残りました。
この点、裁判所は

  • 当初の症状に見合わず治療が長期化していること
  • 事故後の怪我や症状に、原告の既往症である骨挫傷が影響している可能性があること
  • 原告の心因的要因によって症状が長引いている可能性があること

から、3割の素因減額をすべきだと判断しました。

【素因減額が認められなかった裁判例】
東京地方裁判所 令和2年9月23日判決

信号待ちをしていた原告の車に被告の車が追突し、原告がむちうちや挫傷、後縦靭帯骨化症の悪化、右肩腱板断裂といった怪我を負った事案です。
こうした原告の怪我について、被告は、頚部脊柱管狭窄症や事故前からあった右肩腱板断裂が大きく影響していると主張し、素因減額するよう求めました。
しかし、裁判所は、

  • 事故前から本当に右肩腱板が断裂していたかわからないこと
  • 原告が事故前に首の痛みを訴えて通院した事実がないこと
  • 本件事故による車両の損害状況を見る限り、損傷は軽いものではなく、一定期間の治療が必要となり得ること

からすると、原告の脊柱管の狭窄が事故と相まって損害を発生させたとまでは認められないとして、被告の素因減額に関する主張を退けました。

素因減額についてお困りの場合は弁護士にご相談ください

加害者側の保険会社は、自社からの支払いを1円でも少なくするために、被害者に素因になりそうな事情があると強引に素因減額を主張してくることがあります。しかし、素因があれば必ず減額しなければならないわけではありません。しっかりと準備して反論すれば、素因減額を回避できる可能性があるケースも十分にあります。
とはいえ、加害者側の素因減額の主張が妥当か、妥当だとしてどれくらい減額されるべきなのかを判断するためには、医療と法律に関する専門的な知識が必要です。医学論争に発展することも多いので、素因減額について加害者や保険会社と争いたい場合は、法的知識と医学的知識を兼ね備えている弁護士のアドバイスを受けると良いでしょう。
ご相談者様に最善の結果となるよう、これまで培ってきた知識や経験を駆使して尽力しますので、ぜひ弁護士への相談をご検討ください。

横浜法律事務所 所長 弁護士 伊東 香織
監修:弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長
保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)
神奈川県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。