
監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
休業補償とは、仕事中や通勤中の事故により仕事を休んだことで、受け取れなかった収入を労災保険が補償する制度をいいます。
交通事故の加害者が加入する自動車保険から支払われる「休業損害」とは異なるものですが、両方とも請求することで、実際の減収額よりも高い金額の補償を受けられる場合があります。
このページでは、交通事故の被害者の方に向けて、休業補償とはいったい何なのか、休業損害との違い、請求方法などについて解説していきますので、ぜひご一読ください。
目次
交通事故の休業補償とは
交通事故の休業補償とは、仕事中・通勤中の交通事故によるケガで仕事を休んだ場合に、その間受け取れなかった収入の補償として、労災保険から出る保険金をいいます。
休業補償は、仕事中の事故にあった場合に支払われる「休業補償給付」と、通勤中に事故にあった場合に支払われる「休業給付」と2つに分けられます。
休業補償の請求は、被害者である労働者が勤務先を通じて行います。 会社に労災が起きたことを報告すれば、会社が代行して請求してくれることが通例です。
請求を円滑に行えば、1ヶ月ごとに申請することで、毎月1ヶ月分の休業補償を受け取ることも可能です。
休業補償はいつもらえる?
休業補償は請求してから約1ヶ月後に、指定口座に振り込まれるのが通例です。具体的には、会社を管轄する労働基準監督署に休業給付の請求書を提出し、審査を通過すれば、休業補償を受けとることが可能です。
ただし、事故状況によっては審査に時間を要し、1ヶ月以上かかる場合もあります。生活上の心配があって、できる限り早くお金をもらいたい場合は、後述する「受任者払い制度」を活用するという選択肢もあります。
休業補償はいつまでもらえる?
休業補償は基本的に、ケガの完治日または症状固定日までもらうことができます。
症状固定とは、症状が残っているものの、これ以上治療を続けてもその効果が期待できなくなったと医師から診断された状態をいいます。
ケガの完治日、または症状固定日までの間、「療養のために働けず賃金をもらっていない」という要件を満たしていれば、途中で支払いがストップされることはありません。
ただし、治療開始から1年6ヶ月経過してもケガが治らず、かつ労基署により傷病等級1~3級に当たると認定された場合は、傷病年金の支払いに切り替えられます。一方、1~3級に当たらない場合はそのまま休業補償が支払われます。
交通事故の休業補償と休業損害の違い
休業補償に似ているワードとして、休業損害というものがあります。
いずれも交通事故によるケガで生じた収入減に対する補償ですが、補償金を支払う機関が異なります。加害者側の自動車保険から支払われる補償を「休業損害」、被害者側の労災保険から支払われる補償を「休業補償」といいます。
以下にそれぞれの特徴をまとめましたので、ご確認ください。
休業補償 | 休業損害 | |
---|---|---|
請求先 | 勤務先が加入する労災保険 | 加害者が加入する自賠責保険、任意保険 |
対象となる事故 | 仕事中・通勤中に発生した人身事故 | 人身事故 |
貰える金額 | 【1日あたりの支給額】 平均給与の80% (保険給付60%+特別支給金20%) |
【1日あたりの支給額】 原則:6100円 例外:6100円を超えることを証明できれば、1万9000円を限度とした実際の収入額 (自賠責保険に請求する場合) |
もらえる上限額 | なし | 休業損害や治療費、入通院慰謝料など、傷害に関する損害すべて含めて120万円まで(自賠責保険に請求する場合) |
過失割合の影響 | 受けない | 過失相殺により減額される(被害者に重過失がある場合) |
有給休暇の取り扱い | 補償されない | 補償される |
待機期間 | 休業3日間(休業4日目から支給される) | なし(休業初日から支給される) |
いつ貰えるか | 申請から約1ヶ月後 | 申請から約1~2週間後 |
貰える期間 | ケガの完治日または症状固定日まで | ケガの完治日または症状固定日まで |
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
休業補償と休業損害はどちらを請求する?
仕事中・通勤中の事故によるケガで仕事を休んだ場合は、労災の休業補償と自賠責などの休業損害の両方を請求するべきでしょう。両方に請求すれば、被害者がより大きな補償を受けられるからです。
例えば、労災保険から休業補償として平均給与の60%を受け取った上で、残りの40%を休業損害として、加害者側の保険会社に請求すれば、給与の100%の補償が受けられます。
なお、労災保険からは休業特別支給金として平均給与の20%も支払われますが、休業特別支給金は労働者へのお見舞金として支払われるものであるため、休業損害を請求していたとしても、請求が可能です。つまり、2つの保険に請求すれば、最大120%の補償を受けることができます。
さらに、両方の保険に請求すれば、休業補償では受けられない休業3日分の補償が休業損害でカバーできる、被害者に過失がある場合でも、休業補償では過失相殺による減額を受けないなど、多くのメリットを受けられます。
交通事故の休業補償の特徴
労災保険から支払われる休業補償には、いくつか特徴があります。休業補償を請求する際の前提知識として、これらの特徴についてあらかじめ把握しておくのが望ましいといえます。以下で詳しく見ていきましょう。
待機期間がある
休業損害には待機期間がないため、休業1日目から請求することが可能です。
一方、休業補償は「賃金を受けない日の4日目」から支給されるものです。そのため、最初の休業3日間は待機期間として休業補償を受け取ることができません。
ただし、通勤災害ではなく業務災害の場合は、待機期間3日間について勤務先へ休業補償を請求することができます。
支払いに過失割合の影響・上限はない
過失相殺とは、自分にも事故を起こした責任がある場合には、その過失分だけ減額されることをいいます。
故意に起こした事故でない限りは、基本的に休業補償として給与の80%の補償をすべて受けることが可能です。また、支払い上限額もないため、被害者の収入に応じた補償を受けられます。
一方、休業損害には過失相殺があるため、被害者にも過失がある場合は、過失分だけ減額されてしまいます。また、加害者側の自賠責保険から支払われる分については、休業損害や治療費、入通院慰謝料などケガに関する賠償金について120万円の上限額があります。
自営業者や専業主婦(夫)は対象とならない
労災保険による休業補償を受けられるのは、会社員やアルバイト、パートなど、原則雇用されている人に限定されます。そのため、基本的に会社に雇用されていない自営業者や専業主婦(夫)は対象となりません。
また、経営者や会社役員などについては、使用者であって労働者とはいえないため、原則として休業補償を受けられません。ただし、中小企業の事業主や一人親方、特定作業従事者で労災保険に特別加入している場合は、休業補償を請求することが可能です。
一方、休業損害は会社に雇用される人以外にも、自営業者や主婦、事故に遭わなければ働いていた可能性の高い無職者なども対象となります。
産休・育休は給与が支給されている場合は対象外
産休や育休中については、会社から給与の支払いを受けていない場合に限り、休業補償の対象となります。待機期間は通常と同じく3日間で、休業4日目から支払いを受けることが可能です。
また、産休や育休中に会社から給与が支払われている場合は、基本的に休業損害についても補償の対象外となります。休業補償も休業損害も、交通事故がなければ本来得られたはずの収入に対する補償であるため、給与の支払いがないケースに限定されます。
有給休暇を取得した日は対象外
有給休暇を取得した日は、休業補償の支給対象外となります。
そもそも休業補償は、仕事中・通勤中の事故が原因で働くことができず、給与をもらえなかった日を対象に支払われるものであるからです。有給休暇を取得した場合は、給与を受け取ることができるため、休業補償は支払われません。
一方、休業損害については、有給休暇を取得して休んだ日でも請求することが可能です。
これは、交通事故による療養のために有給休暇を取得した場合は、有給休暇を意に反して使わざるをえなかったという経済的損害が発生したとみなされるからです。
所定休日は要件を満たせば対象となる
所定休日とは、会社が定めた休日のことをいいます。昨今では週休2日制としている会社が多いため、土日が所定休日となることが一般的です。
休業補償は、仕事中または通勤中の事故により働くことができず、給料をもらえなかった期間のすべての日が支給対象日になります。つまり、土日など会社の所定休日の分も、給与をもらっていないならば、支払われます。
例えば、普段は週3日しか働いていない方であっても、仕事中の事故によるケガの治療のために、11月1日から11月25日まで会社を休んだ場合は、4日目から25日目までの22日分の休業補償が支払われることになります。
交通事故における休業補償の計算方法
交通事故における休業補償は、以下の計算式で算出します
休業補償=給付基礎日額の60%×対象日数
- 給付基礎日額
事故日または診断日前3ヶ月間の給与合計額÷3ヶ月の総日数で算出します。つまり、平均賃金に相当する額となります。ただし、この給与合計額には、賞与など臨時で支払われたものは含みません。
- 対象日数
休業4日目から治療終了日または症状固定日までの日数を指します。
では、以下の例を使って、実際に休業補償を算出してみましょう。
(例)会社員Xさん、事故発生日が11月、事故前3ヶ月間の給与合計120万円
8月は31日間、9月は30日間、10月は31日間ですので、総日数は92日となります。よって、会社員Xさんの給付基礎日額は、120万円÷92日≒1万3043円となります。
休業4日目以降について、労災保険から支払われる1日あたりの支給額を計算すると、
休業補償 (1万3043円×0.6)≒7826円
特別支給金 (1万3043円×0.2)≒2609円
7826円+2609円=1万0435円となります。
休業補償の請求方法
労災の休業補償は、被害者が勤務している会社を通じて請求することが通例です。
会社を管轄する労働基準監督署に所定の請求書を提出して申請すると、労基署により審査がなされ、労災として認定されると休業補償を受けとることが可能となります。
休業補償の請求から受け取りまでの流れは、主に以下のとおりです。
- 被害者が勤務先を経由して休業給付請求書を労働基準監督署に提出する
- 労働基準監督署が調査する
- 労基署から支給・不支給の決定通知ハガキが届く
- 厚生労働省より指定口座に休業補償と特別給付金が振り込まれる
請求書を受理してから支給決定までの期間は1ヶ月程度ですが、それ以上かかる場合もあります。1ヶ月ごとなど期間を区切って請求することも、休業したすべての期間分をまとめて請求することもいずれも可能です。
請求の時効に注意
休業補償には、賃金を受けない日ごとに請求権が発生し、その翌日から2年という時効が定められています。
つまり、仕事中・通勤中の事故による療養のため働くことができずに、給与を受け取れなかった日の翌日から2年経つごとに、順番にそれぞれの請求権が時効にかかり、休業補償をもらえなくなってしまうためご注意ください。休業補償を請求するにあたっては時効に注意して、できる限り早く申請するよう努めるべきでしょう。
早く受け取りたい場合は受任者払い制度を利用する
受任者払い制度とは、会社が社員に対して休業補償に相当するお金を立て替え払いし、後で労災保険から休業補償を会社に直接支払ってもらう制度をいいます。
休業補償は、本来は社員に直接支給されるものですが、本制度を活用すれば、社員は休業補償の支給決定までに早くお金をもらうことができるため、社員の生活を保護することができます。
受任者払い制度を利用する場合は、社員から休業補償の受け取りを会社へ委任する旨の「委任状」を作成してもらい、休業給付支給請求書とセットで、労働基準監督署に提出しなければなりません。
休業補償の請求が認められなかった場合の対処法
休業補償の請求が認められず、結果に不満がある場合には、都道府県労働局に審査請求を行えば、審査をやり直してもらうことが可能です。ただし、休業補償の不支給が決定された日の翌日から3ヶ月以内に請求する必要があります。審査請求で審査官の判断をくつがえすには、新たな証拠や医師による診断書、意見書、新たに行った検査結果などが求められます。
審査請求の結果についても納得がいかない場合は、審査決定後2ヶ月以内に労働保険審査会に対して再審査請求を行うことが可能です。
審査請求や再審査請求を行っても、結果がくつがえらない場合は、国を相手に行政訴訟を起こすという選択肢もあります。
勤務中・通勤中の交通事故の休業補償・休業損害請求は弁護士にご相談ください
勤務中・通勤中の事故が原因で働けなかった場合は、その収入の減少を休業補償として請求することができます。
ただし、労災保険への休業補償の請求は書式が複雑であるため、会社の担当者自身、理解が不十分なケースが少なくありません。このような場合は、被害者主導で手続きを進める必要があり、手間や負担がかかります。また、休業損害についても、本来の給与水準ではなく、最低限の自賠責基準になっている可能性もあり、増額交渉などが必要となる場合もあります。
交通事故に精通する弁護士に任せれば、事故の損害内容を把握したうえで、休業補償と休業損害、いずれも適切な補償を受けられるようサポートすることが可能です。
休業補償や休業損害の請求についてお悩みの方は、ぜひ弁護士法人ALGまでご相談下さい。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)