監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
遺言が存在するからといって、必ずしも遺言が有効であるとは限りません。
遺言の全部または一部が無効となり、遺産を遺言通りに分ける必要がなくなることがあります。
ただ、遺言の有効・無効について当事者間で話し合いしようにも、もらえる遺産に直結する話なので、激しい紛争の火種となることが多く、解決が困難であることが珍しくありません。
そのため、裁判所の手続きとして、遺言の有効性を確定させる遺言無効確認訴訟という手段が用意されています。
このページでは、遺言無効確認訴訟がどういうものであるかを解説します。
目次
遺言無効確認訴訟(遺言無効確認の訴え)とは
遺言無効確認訴訟は、判決によって遺言が無効であることを確認してもらう手続きです。
重要な手続き上の特色として、判決が訴訟の当事者にしか及ばない点が挙げられます。
当事者が二人いてお金の貸し借りについて揉めているようなケースであれば、当事者の間でのみ判決が有効であっても問題はありません。
ただ、遺言の有効性は、相続人の間のみならず、遺言者の債権者のような第三者との関係で問題となることも珍しくありません。
そのため、問題となる全当事者を巻き込む形で訴訟を提起する必要があります。
遺言無効確認訴訟にかかる期間
遺言無効確認訴訟は遺言に関係する当事者が多くなった場合に紛糾してしまうことが多く、審理期間が1年以上かかることもあります。
特に、生前の遺言者の様子等について、過去の長期にわたる事実関係が問題となることが多く、当事者間で主張の整理だけでも長期間必要となることも珍しくありません。
そのため、訴訟の提起から少なくとも1年以上は審理が続くことの想定をしておく必要があります。
遺言無効確認訴訟の時効
遺言無効確認訴訟は遺言の効力が問題となる限り、いつでも提起できます。
いわゆる「時効」がないので、じっくりと準備をして提起をすればいい訴訟のように思えます。
しかし、遺言の無効の確認を求めたい場合、悠長に構えることは得策ではありません。
時間がたてば物事の記憶が薄れるように、重要な証拠も散逸してしまいます。
また、遺言によって財産が他者の手に渡る場合、同時に遺留分侵害額請求という請求を行うことが有力な手として考えられます。
この遺留分侵害額請求は、遺言が有効であることを前提とする請求なのですが、遺留分が侵害されていることを知った日から1年という非常に短い時効が設けられています。
敗訴した場合に備えた有力な選択肢を残すためにも、早い段階で遺言無効確認訴訟を起こすかを検討すべきです。
遺言無効確認訴訟の準備~訴訟終了までの流れ
遺言無効確認訴訟を起こすには、調停前置という前提条件があります。
つまり、遺言無効確認調停、という手続きを先に行っていないと、遺言無効確認訴訟は提起できません。
遺言無効確認調停が不成立となったことを受けて、離婚無効確認訴訟が起こせるようになります。
証拠を準備する
訴訟は、証拠をもって事実を認定する手続きです。
遺言が無効であることをひたすらに述べても、裁判所は無効と判断はしてくれません。
そのため、調停を起こす前の段階から、遺言が無効であると言えるだけの証拠を収集しておく必要があります。
よく使用される証拠の類型としては、遺言者の判断能力が低下していた内容の医師の診断書や、遺言者の筆跡と異なることを証する遺言者の手書きのメモや日記が挙げられます。
遺言無効確認訴訟を提起する
先ほども述べたように、遺言無効確認訴訟は調停を先行させる必要があります。
そして、調停は、申し立てる本人以外の当事者(相手方)の住所を管轄する裁判所に起こす必要があります。
これと異なり、訴訟は申し立てる本人の住所を管轄する裁判所に提起することが可能です。
さらに、冒頭でも述べたように、判決は訴訟当事者の間でのみ効力がありますので、判決効を及ぼす必要がある相手は訴訟の相手になるべくする必要があります。
勝訴した場合は、相続人で遺産分割協議
遺言無効確認訴訟にて、遺言が無効であることが判決で確認されると、遺産をわけるための指針となる遺言が存在しない状態となります。
そのため、遺産をどのように分けるかを相続人の間で決定する必要があります。
この手続きを遺産分割協議と呼びます。その詳細については以下のリンクをご確認ください。
遺言無効確認訴訟で敗訴した場合
遺言無効確認訴訟で遺言が有効であると判断されると、遺言によって法律上、保障されている遺産の取り分(遺留分)を侵害されている相続人は遺留分侵害額請求を行うことができます。
この請求は上述したように期間制限があるので、遺言無効確認訴訟に敗訴した場合に備えて遺留分侵害額請求を行っておくことが重要となります。
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遺言が無効だと主張されやすいケース
遺言はどのような場合にでも無効となるとは言えません。
定型的に裁判所が遺言の無効を認めやすい類型があり、その場合には遺言の有効・無効が争われやすくなります。
認知症等で遺言能力がない(遺言能力の欠如)
遺言を有効に行うには、遺言を作成した時点で遺言者に遺言能力があったと認められる必要があります。
この遺言能力は、遺言者が自身の財産や身分関係について十分に理解し、遺言を作成する意味を十分に理解できている状態にある場合に認められます。
ところが、一般的に遺言を作成する時点で遺言者が高齢であることが多く、認知症をはじめとする判断能力が低下する症状を抱えていることも珍しくありません。
そのため、認知症を抱えていた遺言者の遺言能力が問題視されて、遺言の有効性が争われてしまうことがよく見られます。
もっとも、認知症とは一言で言っても、全ての患者の判断能力が常時低下しているわけではありませんので、認知症患者の遺言が無効となるとは限らないことは注意する必要があります。
遺言書の様式に違反している(方式違背)
遺言は、遺言者の現世における最後の意思表示であり、法律上も非常に重要な位置づけがされています。
遺言の重要性から、法は遺言書に形式上も厳格な制約を課しています。遺言が法に定められた方法に違反して作成された場合には、その違反した部分もしくは遺言全体が無効となる扱いがされます。
例えば、自筆証書遺言と言われる形式の遺言の場合、「自筆」という名称のとおり、一部を除き遺言者の手書きで作成されることが求められています。
手書きかどうかで大げさに感じる方もいるかもしれませんが、複数の遺言が出てきた場合には揉める原因となります。パソコンなどで作成して印刷した遺言はあくまでも内容の推敲のために作成した物であり、手書きの遺言が真の遺言として扱われます。
相続人に強迫された、または騙されて書いた遺言書(詐欺・強迫による遺言)
遺言のような意思表示については、遺言者の真意が現れていない場合、有効と扱うべきではありません。
そのため、詐欺や脅迫によって作成されたと認められる遺言については無効となります。
もっとも、「詐欺」や「脅迫」があったとは裁判所も容易に認めません。
しっかりと、第三者の目から見て「詐欺」や「脅迫」の存在を認められるだけの証拠を準備しておくことが重要です。
遺言者が勘違いをしていた(錯誤による無効・要素の錯誤)
遺言者の真意が現れていない遺言の一つの類型として、遺言者が遺言の内容について勘違いをしていた場合があります。
この勘違いが、遺言の重要な部分に関するものであり、その勘違いがなければ遺言をしなかったと認められる場合、遺言が無効となり得ます。
この場合、遺言者の意思を、遺言者のいない状態で残された証拠を元に推測する必要があります。
遺言者の真意が何であったかの証拠が足りない場合、遺言の体裁に問題がないことを前提に、遺言の記載内容が遺言者の真意であったと認められることとなります。
共同遺言
民法は、二人以上の者が同一の遺言書で遺言を残すことを禁止しています(民法975条)。
このルールに反した遺言は遺言書全体が無効となると判断した裁判例があります。
何度も述べているように、遺言は非常に重要な意思表示です。
そのため、遺言者の真意が何であったかは遺言に現れていないと問題があるのは明白です。
複数人が相続に関して全く同一の意見であることは通常、考え難く、場合によっては遺言者同士の力関係を利用して特定の遺言者の意思に反する遺言すらされるおそれがあります。
また、遺言は遺言者が自由に作成・撤回してよい性質のものです。
複数人で作成した遺言が存在すると、撤回が困難となるおそれもあります。
このように類型的に遺言者の真意が現れないおそれが大きい共同遺言は、法律上禁止されており、実際にも相続人間の紛争の火種となります。
公序良俗・強行法規に反する場合
遺言の内容は遺言者の生前の最後の意思表示なので、なるべく尊重されるべきです。
しかしながら、遺言の内容が到底社会的に許容されないような場合には公序良俗に反するものとして無効と扱われることもあります(民法90条)。
例として不倫相手に対して財産を渡すことを内容とする遺言がよく挙げられます。
この場合、当事者間の感情的な対立も激しいので遺言無効の主張が出やすい場面となります。
もっとも、本来、遺産を家族以外の者の第三者に残すこと自体、遺言者に認められた権利です。
そのような遺言者の権利とのバランスから、裁判所はケースバイケースでそのような遺言も有効とすることもありますので、単純に不倫相手へ財産を渡す遺言が無効と考えてはいけません。
遺言の「撤回の撤回」
遺言者は既に作成した遺言を、その遺言と内容が抵触する遺言を作成することで撤回することができます。
たとえば、遺言者が唯一の財産を長男に渡す旨の遺言を残していた場合を想像してみましょう。
後日、同じ財産を長女に渡す遺言が作成されていた場合、長男に財産を渡す旨の遺言は撤回したものと扱われます。
この撤回の効果は原則として不可逆であり、「撤回」を「撤回」することはできません。
複数遺言が発見された場合に問題となる類型であり、どの遺言が有効であるのかが悩ましいです。
ただ、「令和○年〇月〇日付の遺言のうち、~の部分の効力を復活させる」というような遺言者の真意が何であったかが明確となる場合には、撤回の撤回も有効となる余地があります。
但し、結局は詐欺、脅迫によって撤回を撤回したという主張が現れる温床となるので遺言の書き方としてはあまり好ましくありません。
偽造の遺言書
遺言の全部または一部が遺言者ではない者によって作成された場合、その内容を尊重する理由がありません。
そのため、遺言の内容に疑義がある場合に無効を主張するため、偽造を主張する場合があります。
ただ、偽造の可能性があるだけでは遺言が無効となりません。
通常人から見て、遺言者でない者が偽造したことに疑義を差し挟まない程度に真実性が認められる必要があります。
遺言が無効だと認められた裁判例
遺言が訴訟において頻繁に無効となるとは言えませんが、実際に遺言が無効となっている裁判例を見ると、豊富な証拠や丁寧な主張・立証があったがために無効という判断につながっているケースが多くみられます。
実際、令和3年3月31日東京地方裁判所判決では、遺言者がただ単にアルツハイマー型認知症に罹患していることを指摘するだけではなく、その症状の進行の程度を細かく認定しています。
例えば、徒歩数分の距離にある場所への行き来が困難になっていたり、ファクシミリの送信ができない様子、直前の訪問客や電話相手が誰であったかを思い出せないことまで具体的に判決書に記載されています。
あらゆる生活上の状況から、遺言作成時の状況まで細やかに見て、裁判所は遺言者が作成した遺言によってどういう結果が生まれるかを理解できなかったものと判断しており、遺言能力に欠けた状態で作成された遺言として無効と結論付けています。
遺言無効確認訴訟に関するQ&A
遺言書を無効として争う場合の管轄裁判所はどこになりますか?
遺言無効確認訴訟の管轄は、被告の住所地又は相続開始時における被相続人の住所地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所になります。
ただ、訴訟となる場合、遺産がある程度の規模で残されていることが多いので、地方裁判所が管轄となることが多いと思われます。
弁護士なら、遺言無効確認訴訟から遺産分割協議まで相続に幅広く対応できます
遺言無効確認訴訟に勝訴したとしても、その後、遺産をどのように分けるかはまた別の問題です。
そのため、遺言の無効に関する手続きのみならず、遺産分割の協議まで含めて、全体としてどのように相続を終わらせるかを常に念頭に置いておく必要があります。
そのため、遺言無効確認訴訟を検討する時点で、常に手続きの状況に応じて最善の手を打ち続ける高度な判断が要求されていると言えます。
そのような厳しい状況に悩む場合、是非弁護士に相談し、解決への第一歩を踏み出しましょう。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)