監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
夫婦は、お互いに同じ程度の生活を保持させる義務があり、これを生活保持義務といいます。
生活保持義務は、別居中でもなくなるものではないため、収入の高い配偶者は、相手に対して、自分と同程度の生活ができるように、婚姻費用を支払う義務があります。
では、支払い義務があるにもかかわらず、配偶者が支払いを拒否する場合には、婚姻費用を請求することはできないのでしょうか。
今回は、婚姻費用の支払いを拒否された場合の対処法を解説します。
婚姻費用の支払いを拒否された場合の対処法
別居前または別居直後に、相手に婚姻費用の支払いを拒否された場合の対処法としては、内容証明郵便の送付、婚姻費用分担調停・審判、という方法があります。
また、婚姻費用分担調停の申立て後は、調停前の仮処分・審判前の保全処分なども利用することで、迅速な婚姻費用の支払いを求める方法もあります。
内容証明郵便の送付
口頭やメールで婚姻費用を請求しても、相手が婚姻費用の支払いに応じてくれない場合は、弁護士に依頼して、婚姻費用の支払いを求める内容証明郵便を送付することが考えられます。
内容証明郵便自体には、相手に婚姻費用の支払いを強制する効力はありませんが、弁護士の名前で内容証明郵便が届くことで、相手が任意の支払いに応じることが期待できます。
また、婚姻費用の支払い義務は、請求した時から生じるとされているため、婚姻費用請求の明確な意思表示の証拠として、早期に内容証明郵便を送付することは有効です。
婚姻費用分担請求調停・審判
口頭での請求や、内容証明郵便を送付しても、相手が婚姻費用の支払いに応じない場合は、婚姻費用分担調停を申し立てる必要があります。
また、相手が婚姻費用の支払いを明確に拒否している場合には、早急に婚姻費用分担調停を申し立てることが必要です。
調停が始まると、裁判所に行って、婚姻費用についての話し合いを行います。調停で相手と婚姻費用についての合意ができれば、合意した金額を毎月相手に請求することができます。
調停で話し合いが成立しない場合、調停は不成立として終了し、審判という手続きで裁判官が婚姻費用を決定します。
調停前の仮処分・審判前の保全処分
経済的な問題から、すぐにでも婚姻費用を受領しなければならない状況も考えれます。
調停申立て後、調停終了までであれば、調停前の仮処分を求めることができます。
調停前の仮処分とは、裁判所に緊急で婚姻費用が支払われなければならないことを上申し、裁判所が緊急性を認めれば、裁判所から相手に対して婚姻費用の支払い勧告・命令がされます。支払い勧告に強制力はありませんが、勧告・命令を無視した場合、10万円の過料が科せられるため、相手の任意の履行を期待できます。
また、審判が出るまでは、審判前の保全処分を利用することができ、調停前の保全処分とは違い、強制執行が可能です。
しかし、強制力を伴うことから、仮処分よりも高い緊急性を裁判所に説明して、認めてもらう必要があります。
婚姻費用の支払いの強制執行
調停が成立した、又は婚姻費用の支払いを命じる審判が出たにもかかわらず、相手が婚姻費用を支払わない場合には強制執行をする必要があります。
強制執行には、直接強制と間接強制の2種類があります。
直接強制とは、相手の給与、預金などの財産を差し押さえて、直接回収する方法です。
すでに期限の到来している部分だけでなく、将来期限が到来する部分についても、給与を差し押さえて、取り立てることができます。
間接強制とは、定められた期間内に婚姻費用が支払われない場合に、追加で金銭の負担を命じるもので、義務者に対して心理的なプレッシャーを与えて、支払いを促すことが目的です。
婚姻費用の支払いに対する遅延損害金の請求
義務者が、期限までに婚姻費用を支払わない場合、婚姻費用に追加して、遅延損害金を請求することができます。
遅延損害金について、何も取決めをしていない場合でも、民法で定められている年3%(令和2年4月1日以前は5%)の利率で遅延損害金を請求できます。
婚姻費用の支払い拒否が認められるケース
いわゆる性格の不一致で別居が開始したというだけでは、別居に合意していない場合でも、婚姻費用の支払いを拒否することは認められません。
しかし、別居の原因が、婚姻費用の請求した側の暴力や不貞行為にある場合は、別居・婚姻関係の破綻の責任は請求した側にあるとして、婚姻費用を請求することが認められないことがあります。
あなたの離婚のお悩みに弁護士が寄り添います
婚姻費用を拒否された場合のQ&A
時効を理由に婚姻費用の支払いを拒否されました。諦めるしかないのでしょうか?
公正証書などで婚姻費用について合意していたにもかかわらず、相手が婚姻費用を支払ってこなかった場合、支払期限から5年で時効消滅してしまいます。
しかし、相手が時効消滅を主張していても、実際には時効の完成が猶予されて、時効が完成していない場合もあるので、不安な場合は弁護士に相談してみましょう。
別居中です。夫が家を出ていき、私は夫名義の家に住んでいます。この家の住宅ローンを支払っているからと婚姻費用の支払いを拒否されましたが、払ってもらえないのでしょうか?
住宅ローンの支払いは、不動産という財産の取得を目的にしており、婚姻費用の支払いとは性質が異なります。
そのため、住宅ローンを支払って、事実上、相手の家賃を負担しているからと言って、婚姻費用の支払いを拒否することはできません。
しかし、出ていった夫が住宅ローンを支払うことで、妻が住居費用を免れていることになるので、算定表上の婚姻費用から、一定額減額されることになります。
相手の浮気が原因で別居していますが、「勝手に出て行った」として婚姻費用の支払いを拒否されています。請求はできないのでしょうか。
夫婦には同居義務、扶助義務があるため、別居の理由によっては婚姻費用の請求が認められないことはあります。
しかし、相手の不貞が原因で同居を続けることが困難となり、別居を始めた場合は、同居義務・扶助義務に違反したとはいえないため、婚姻費用の請求を諦めるべきではありません。
婚姻費用の支払いを拒否されてしまったら、一度弁護士へご相談ください。
婚姻費用は、別居して生活をしていくうえで必須のものですが、多くの場合、婚姻関係が悪化した相手から、任意に支払われることは多くありません。
当事者同士では話し合いが難しい場合、弁護士が代理人として交渉することができますし、早期に婚姻費用分担調停を申し立てることで、できるだけ早く婚姻費用を支払ってもらうことが可能です。
相手から婚姻費用の支払いを拒否されたときは、速やかに弁護士にご相談してください。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)