監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
不貞した妻と離婚協議をしていたところ、ある日、仕事から帰宅すると、妻と子が突然別居をしており、別居後に婚姻費用を請求され、不貞をした妻に生活費を支払うことが理不尽に感じる方もおられるのではないかと思います。
本記事では、例として挙げたような事例も含めて、婚姻費用を請求された場合に拒否できるケースがあるのかを解説していきます。
婚姻費用の支払いは拒否できない
夫婦はお互いに生活保持義務を負っていることから、別居をしたとしても、収入が高い方から低い方に対して生活費を分担する必要性が生じることになり、婚姻費用は法的義務として位置付けられます。
そのため、婚姻費用を請求された場合には、基本的に支払いを拒否するという対応はできないということになります。
この結論は、どちらかの配偶者が無断で別居したり、別居先がどちらかの配偶者の実家であるために生活費の負担がないという場合でも変わりません。
拒否できる可能性があるケース
例外的に婚姻費用の支払いを拒否できるケースとして、婚姻費用を請求した側の配偶者に有責性が認められる場合が挙げられます。
典型的な有責性は不貞行為であり、不貞行為をした配偶者からの婚姻費用の請求は、有責配偶者からの婚姻費用請求として、信義則や権利濫用の観点から否定されることがあります。
しかし、不貞行為があれば必ず婚姻費用の支払いを拒否できるわけではなく、不貞行為が原因で婚姻関係が破綻したという点を主張していく必要があります。
また、婚姻費用を拒否できる場合でも、拒否できるのは配偶者の生活相当分だけにとどまり、子の生活費相当分を拒否することはできません。
相手が勝手に別居した場合は?
どちらかの配偶者が無断で別居をしたという事情だけでは婚姻費用の支払いを拒否することはできません。
無断で別居した配偶者にお金を支払うことになる抵抗感から、別居が無断でされたことを理由に婚姻費用を拒否する主張がされることもありますが、民法には同居義務が規定されていますし、裁判所は、無断の別居を理由に婚姻費用の支払いを免れさせる判断をすることはありませんので、適切に対応しないと婚姻費用の不払いが蓄積するだけになってしまいます。
婚姻費用の支払いを拒否し続けるリスク
婚姻費用は、請求されたら基本的に拒否が難しい性質を有するため、支払いを拒否し続けると未払額がどんどんと膨らんでしまい、事後的に一括で精算することができない状況に陥るリスクがあります。
婚姻費用の精算ができない状況となれば、請求側から強制執行の手続きをされて、会社や取引先に事情が判明してしまうといった婚姻費用の支払い以外にもトラブルが波及してしまうリスクもあります。
また、夫婦の問題について早期解決をしたいと考えている場合であれば、婚姻費用の支払いを拒否し続けていると、婚姻費用分担請求調停という法的手続きに移行することになってしまい、解決は長引きがちになるというリスクもあります。
婚姻費用の支払いを減額することはできる?
婚姻費用は、標準算定方式という計算式で算定されることが多いのですが、標準算定方式は当事者双方の収入と子の人数・年齢から金額を算定することになります。計算式できちんと算定された金額が出てくる以上、標準算定方式で算定される金額を減額する交渉というのは基本的には難しいといえます。
しかし、婚姻費用は、生活費の分担という性質上、単に標準算定方式に当てはめるだけでは解決できない事例も多く、相手方が過大な請求をしてくる事例も少なからずあります。
そのような場合、支払側が既に負担している生活費(水道光熱費や子の習い事費用など)を踏まえる形で請求された額を減らしていくことができるケースも多いといえます。
弁護士の介入により婚姻費用を減額できた事例
婚姻費用に関して、①標準算定方式が想定している上限よりも高額な収入がある、②子らが大学や私立高校に行っており、支払側が学費を負担をしている、③支払側が子らの携帯代を支払っているといった複数の争点がある事案を担当した際、請求側からは相当高額な請求をされていたのですが、支払側が負担している金額から婚姻費用の既払いに該当するものを裏付け資料とともに丁寧に主張・立証した結果、請求額を大幅に減額できた事案もあります。
あなたの離婚のお悩みに弁護士が寄り添います
婚姻費用の拒否に関するQ&A
離婚を前提として別居しているため婚姻費用の支払いを拒否したいです。可能ですか?
婚姻費用は別居中の生活費の分担であることから、単身赴任とか里帰り出産をしているだけであるとか、離婚を前提とした別居をしているかどうかが請求の可否に関係しません。
離婚を前提にした別居であったとしても、請求側に不貞行為等の有責性が認められる事案を除くと、婚姻費用の支払いを拒否することはできません。
子供と会わせてもらえないことを理由に婚姻費用の支払いを拒否できますか?
面会交流と婚姻費用は、同じ当事者の間で協議する要素となることから、当事者心理としては、子供と会えるなら婚姻費用を支払うし、会えないなら支払いたくないという考えが出てくることはやむを得ないといえます。
しかし、面会交流と婚姻費用は別の要素ですので、子供と合わせてもらえないという事情があったとしても、婚姻費用の支払いを拒否できることにはなりませんし、むしろ、子供の生活費も含まれている婚姻費用の支払いを拒否することで、より一層子供と会えなくなる可能性も出てきてしまいます。
生活が苦しいため婚姻費用の支払いが難しいです。拒否できますか?
婚姻費用は、税金等の負担を控除した基礎収入を当事者間で分配するという形で算定されることになりますので、本来であれば、婚姻費用を支払うことで生活が苦しくなるということは想定されないはずです。
しかし、別居前に家族で利用することを前提にローンで自動車を買ってしまっていたとか、毎月投資のために相当額の支払いが予定されているといった事情があると、別居後に婚姻費用として決まった額の支払いが新たに発生することで月々の負担が重くなることはあります。
もっとも、婚姻費用は、夫婦間の生活保持義務から生じるものであり、他の支払いよりも優先する位置づけであることから、生活が苦しいから婚姻費用の支払いを拒否するということは難しいです。
算定表で決めた婚姻費用を支払っています。子供の進学費として追加で請求されているのですが、拒否できますか?
婚姻費用を算定する際の標準算定方式は、子の教育費について公立学校の費用を想定しており、私立学校や大学の学費は考慮されていません。
そのため、当事者双方の学歴や支払側の子の進路への認識等によっては、進学のための費用が標準算定方式で算定される額に追加されることがあります。
他方で、進路に全く関与してない場合や進学費が高額に過ぎる場合(私立の医学部等)などは、進学費の支払いを拒否できる場合もあります。
婚姻費用の支払いを拒否したいと思ったら弁護士にご相談ください
婚姻費用は、標準算定方式という計算式があるため、計算式どおりにすればいいと考え、弁護士への相談をしないケースも少なくありません。
しかし、実際には計算式どおりで解決できない事例も多数あり、離婚の前段階として協議される婚姻費用を円滑に解決することは離婚の解決にも影響してくることがあります。
そのため、婚姻費用の請求をされた場合には、お早めに弁護士に相談をしていただき、離婚までを見据えた中長期的な方針で対応を検討していくことをおすすめいたします。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)