監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
相続は、被相続人(相続される側の人)の死亡によって開始します(民法882条)。相続の効力は、相続開始と同時に当然に発生し、本人でなければ認められないもの(使用貸借における借主の地位など)を除く全てが相続人に承継されることになります(民法896条)。
もっとも、相続人は相続方法を選択する意思が尊重されるべきです。
相続の選択肢として、①単純承認②限定承認③相続放棄の3つが存在します。
単純承認とは
単純承認とは、被相続人の権利義務が無限定に相続人に受け継がれるものであり、相続の効果がそのまま相続した人に発生するものです(民法920条)。
単純承認については、単純承認をしますという明確な意思表示がなされる場合に限りません。一定の期間内に限定承認や相続放棄の意思表示がされなかったこと等によって自動的に単純承認とされることがあります(民法921条2号)。
単純承認のメリット
単純承認のメリットは、特別な手続が不要という点にあります。相続人は、相続を知った時から3か月以内に、相続について、限定承認や相続放棄をする意思表示がされなければ、自動的に単純承認とされます(民法915条)。
例えば、限定承認の場合には、相続人の全員が共同で限定承認しなければならず、限定承認よりも手続的負担がないというメリットがあります(民法923条)。
単純承認のデメリット
単純承認をすると、プラスとマイナス含め、被相続人の相続財産の全てを相続することになります。また、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、相続について限定承認や相続放棄をする意思表示がされなければ単純承認したとされます(民法915条)。
そのため、マイナスの財産がプラスの財産よりも大きい場合には、相続人が大きなマイナスの財産を引き継いで債権者に債務を支払わなければならないというデメリットがあります。
単純承認と見なされるケース(法定単純承認)
法定単純承認は、以下の3つの場合において、単純承認がなされたと法律上みなすものです。
具体的には、
①相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき(民法921条1号)
②相続人が相続の開始を知った時から3か月以内に限定承認や相続放棄をするという意思表示がなされなかった場合(民法921条2号)
③相続人が債権者を害することを知りながら相続財産を隠匿または消費等する場合(民法921条3号)
です。
相続財産の全部または一部を処分した場合
遺産の不動産を売却する等、相続人が自身の相続財産として認めた意思表示をしたといえる場合には、相続財産の全部または一部を処分したものとして、単純承認したとみなされます。
ただし、現状を維持する保存行為や民法602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、法定単純承認にあたりません(民法921条1号)。
不動産の名義変更を行った場合
不動産の名義変更という行為は、当該不動産という財産の所有権を自身に移すという処分行為にあたります。
したがって、不動産の名義変更を行った場合には、相続人が相続財産の全部または一部を処分した場合という法定単純承認の要件に該当することになり、単純承認をしたとみなされます(民法921条1号)。
熟慮期間内に何も行わなかった場合
熟慮期間は、相続人が相続の開始を知った場合、相続人において、限定承認をするか相続放棄をするかについて慎重に考える期間のことをいいます。
相続人が、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に何も行わなかった場合、熟慮期間を経過したとして、単純承認がなされたものとみなされます(民法921条2号)。なお、熟慮期間は、相続人らの請求によって伸ばせますが、一度目以降は簡単に認められない傾向にあります(民法915条1項ただし書)。
相続放棄や限定承認後に財産の隠匿・消費などがあった場合
限定承認や相続放棄がなされた後、相続財産の全部または一部を隠した、内密に消費した、悪意で財産目録に記載しなかった場合には、単純承認をしたとみなされます(民法921条3号)。
相続財産の隠匿や消費は、限定承認や相続放棄がなされたという相続債権者や他の相続人の信頼を害する行為であるため、相続財産の隠匿や消費を行った相続人に対するペナルティとして、単純承認したものとみなされてしまうので注意が必要です。
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単純承認にならないケース
単純承認にあたりそうなケースにおいても、相続財産からの費用の支払いが社会通念上相当の範囲内といえる場合や現状維持の保存行為にあたる場合等には、単純承認にあたらないケースが存在します。単純承認にならないケースは、個別の事案に応じて判断されます。
葬儀費用を相続財産から出した場合
被相続人の葬儀費用の支払いは、社会通念上相当と認められる程度のものならば、処分行為にはあたらず、法定単純承認には該当しません。
葬式費用や通夜費用、火葬費用等は、通常社会的に支払うべき葬儀費用とされますが、墓石や仏壇の購入費用等の葬儀とは別個に支出される費用については含まれません。
生前の入院費を相続財産から支払った場合
被相続人の生前の入院費を相続財産から支払うことは、入院に伴う代価として通常支払うべき債務の支払いをするものです。
したがって、生前の入院費を相続財産から支払うことは、債務の弁済という現状を維持する行為として保存行為にあたるため、単純承認とみなされません(民法921条1号ただし書)。
形見分けは単純承認となるかどうか判断が分かれる
形見分けが単純承認となるかどうかの判断は、形見分けをしたものの経済的価値が認められるかどうかによって判断されます。
まず、机や椅子等の家財道具や相続財産の主要部分を占めるような価値を有するものを形見分けすれば、経済的に価値を有する財産を処分したものとして単純承認とみなされます。
一方、使い古した古着など、経済的価値がないといえるものを形見分けしたとしても、処分行為にあたらず、単純承認にはあたりません。
単純承認するかどうかはどうやって決める?
単純承認するかどうかは、プラスの財産とマイナスの財産を比較することが重要な基準となります。負債や相続税がプラスの財産を明らかに超える場合には、単純承認するよりも、限定承認ないし、相続放棄を選択した方がよいといえます。
もっとも、プラスの財産が多かったとしても、保証人等の相続人の義務・地位も考慮し、相続人にとって大きな負担となるおそれがある場合には、単純承認をするべきではありません。
単純承認したくない場合
限定承認は、プラスの財産がマイナスの財産よりも多い場合、プラスの財産を相続する方法です(民法922条)。しかし、限定承認は、共同相続人全員が共同で行わなければならず非常に手間がかかります(民法923条)。
相続放棄は、家庭裁判所へ相続放棄の申し出をすることで、プラスの財産及びマイナスの財産全ての相続を否定するものです(民法938条)。
しかし、相続放棄と限定承認は、熟慮期間という期間制限があり、期間の伸長も容易にできないという欠点があります(民法915条1項、同921条2号)。
単純承認についてお悩みの方は弁護士へご相談下さい
相続の方法としては、①単純承認②限定承認③相続放棄の3つが存在します。しかし、一度相続方法を決定してしまうと、基本的に撤回することができません。また、相続人の方が予想外のマイナス財産を相続してしまう等、相続人にとって大きな不利益となります。
弁護士に依頼すれば、相続財産の範囲を適切に確定し、相続人の方にとってどの相続方法が一番ベストになるかについて決定することができるため、単純承認でお悩みでしたら弁護士への相談をご検討ください。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)