監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
「離婚する際に約束した養育費が支払われなくなってしまった…」このような事態に見舞われることは、決して珍しくありません。元配偶者から養育費の支払いが滞ってしまったら、この先の子供との生活に不安を感じる方も多いでしょう。
そうしたときの対処法の一つに、相手の財産を差し押さえるなどして強制的に未払い養育費を回収する、「強制執行」があります。
本ページでは、【養育費の強制執行】をテーマに、差押えの対象や具体的な手続き方法などを詳しく解説していきます。養育費が支払われずにお困りの方にとって、本ページが解決方法を探るヒントになれば幸いです。
目次
養育費の強制執行で差し押さえることができるもの
養育費の強制執行で差し押さえることができる財産の種類は、「債権」「不動産」「動産」の主に3つです。具体的にどのようなものが対象になるのか、以下の表に例をいくつかまとめましたので、ご覧ください。
債権 | 給与、預貯金 など |
---|---|
不動産 | 家、土地 など |
動産 | 現金、家具、電化製品、骨董品、宝石類 など |
ただし、「動産」のうち、66万円までの現金、仕事に必要な器具、生活に欠かせないもの(衣服・家具等)などは、差押えの対象外とされています。
差し押さえることができる金額
裁判所の手続きなどで取り決めた養育費の金額に届くまで、差し押さえることができます。ただし、「給与」などの継続的に発生する債権については、差し押さえることができる金額に上限がありますので注意しましょう。
通常の場合は、基本的に手取り額の4分の1までですが、養育費の場合はその倍の2分の1まで差押え可能となっています。また、手取り額が66万円を超えるケースでは、33万円を除いた全額を差し押さえることができます。
将来の養育費も自動で天引きできる
給与などに対しては、未払い分だけではなく将来支払われる予定の分の養育費も差し押さえることができます。具体的には、毎月の給与から自動的に養育費分を天引きしてもらう、といったかたちで支払われます。
したがって、一度給与を差し押さえてしまえば、相手が会社を辞めたりなどしない限り、毎月の強制執行の申立てはせずとも、将来にわたって養育費の支払いを受けることが可能になるのです。
強制執行の手続きをするには相手の勤務先や住所などの情報が必要
強制執行の手続きをする際には、差し押さえたい相手の財産を明らかにしなければなりません。例えば、給与なら勤務先の名称と所在地、預貯金なら銀行名と支店名を特定する必要があります。強制執行の申立てをすれば裁判所が調べてくれるわけではないので、よく注意しましょう。
また、相手の現在の住所もわかっている必要があります。裁判所から相手方に対し、「あなたの財産を差し押さえますよ」と知らせる差押命令を送ることになるからです。相手の住所についても、裁判所が調べてくれることはありませんから、申立人自身で調べなければなりません。
会社に拒否されてしまったら、どうすればいい?
相手の勤務先の情報がわかり、裁判所に給与の差押えが認められたにもかかわらず、いざその会社に取り立てようとしたら、差押えを拒否されるケースもあります。よくあるのが、相手が親族で経営する会社に勤めていた場合などです。
会社に差押えを拒否されてしまったときは、「取立訴訟」を起こし、裁判で解決を図っていくことになります。
相手の住所がわからない場合
強制執行の手続きをとりたくても相手の住所がわからない場合には、弁護士に依頼して調査してもらうという手があります。
弁護士なら、職務上請求によって、相手の戸籍の附票や住民票などを取得できますので、それらの内容から相手の現在の住所を特定できる可能性があります。ただ、住民票上の住所と実際の住まいが違う場合もあるでしょう。こうした場合には、弁護士会照会を行います。弁護士会照会を行えば、相手の携帯電話の番号やメールアドレスから、契約者の住所を調査することなどができます。
養育費を強制執行する方法
必要な情報が揃ったら、養育費の強制執行の手続きを進めていきます。それでは、実際にどのような流れで進めていくのでしょうか?手続きにかかる費用や必要な書類なども含めて、以降より詳しくみていきましょう。
なお、養育費の強制執行で一般的によく利用される、「債権執行」(給与などの差押え)に焦点を絞って、説明していくこととします。
養育費の強制執行にかかる費用
裁判所に強制執行(債権執行)の申立てをする際には、主に次の費用がかかります。
●申立手数料:収入印紙4000円分
※債権者1名・債務者1名・債務名義1通の場合です。それぞれの数が増えると手数料の金額が変わりますので、詳しくは申立先の裁判所に問い合わせることをおすすめします。
●郵便切手代:申立先の裁判所によって異なる
【例】東京地方裁判所→3495円分(※債権者1名・債務者1名・第三債務者1名(社)の場合。切手の内訳は省略。)
必要な書類
申立時に提出が必要な書類について、主なものは次のとおりです。
●申立書
表紙・当事者目録・請求債権目録・差押債権目録の4つをとじて、1つの申立書にします。下記のページのように、裁判所によっては各書面の書式をウェブサイト上で紹介しているところもありますので、作成時には参考にしてみてください。
●養育費について定めた債務名義の正本
債務名義とは、「調停調書」「審判書」「判決書」「公正証書(※強制執行認諾文言付きのもの)」などを指します。
●送達証明書
債務名義の正本が、債務者(相手方)に送付されたことを証明する書面です。債務名義を作成した家庭裁判所または公証役場に申請して交付してもらいます。
●住民票、戸籍謄本(全部事項証明書)、戸籍の附票など
債権者(申立人)または債務者の現在の住所・氏名と、債務名義に記載されている住所・氏名が異なっている場合に必要になります。
●法人の資格証明書(登記事項証明書または代表者事項証明書)
差押え先(相手の勤務先など)が法人の場合に必要になります。
強制執行の手続きの流れ
強制執行(債権執行)の手続きは、次のような流れで進めていきます。
①必要書類と費用を準備して、裁判所に強制執行の申立てをする
申立先は、債務者の住所地を管轄する“地方裁判所”です。養育費の取り決めをした家庭裁判所ではありませんので、ご注意ください。
②裁判所から「債権差押命令」が発令される
③義務者と第三債務者に「債権差押命令」の正本が送付される
給与の差押えなら勤務先、預貯金の差押えなら口座のある金融機関が、第三債務者となります。
④第三債務者に取立てを行う
「債権差押命令」の正本が送達された日の翌日から1週間を過ぎると、第三債務者に対し、差し押さえた債権(給与や預貯金など)を取り立てることができます。
⑤裁判所に「取立届」を提出する
第三債務者から支払いを受けたら、都度、裁判所に「取立届」を提出します。
⑥差し押さえた債権の全額の取立てが完了したら、裁判所に「取立完了届」を提出する
あなたの離婚のお悩みに弁護士が寄り添います
養育費の強制執行でお金がとれなかった場合
養育費の強制執行をしても、現時点で相手が持っている財産だけでは、未払い養育費の全額の回収が難しい場合もあります。そのような場合には、一度、強制執行の申立てを取り下げましょう。そして、相手の資力が増えるのを待ってから、再び強制執行の申立てをして残りの養育費の回収を図る、という対処法をとることになるかと思います。
相手が退職・転職した場合、強制執行の効果はどうなるのか
一度給与を差し押さえると、将来分の養育費についても差押えが可能となりますが、もし相手が退職や転職をした場合、その先の強制執行はどうなるのでしょうか?退職した場合と転職した場合に分けて、詳しく確認していきます。
給与を差し押さえていたけれど退職した場合
相手が退職した場合、その給与に対する差押えの効力は消滅し、以降、その勤務先から支払いを受けることはできません。雇用関係が切れれば、勤務先は給与を支払う立場ではなくなるからです。
相手が退職してしまい、給与の差押えができなくなったときは、改めて相手の次の勤務先の給与を差し押さえる必要があります。また、給与にこだわらずとも、ほかの財産があるのなら、それらを調査して強制執行の申立てをするという手も考えてみるといいでしょう。
転職した場合は再度強制執行手続きが必要になるのか
給与を差し押さえている間に相手が転職した場合には、転職先の会社を差押え先として、再び強制執行の手続きを行う必要が生じます。それまでの差押えの効力は、以前の勤務先を退職した時点で終了します。転職したからといって、自動的に転職先の給与に差押えの効力が引き継がれるわけではないので、ご注意ください。もう一度、相手の勤務先の名称や所在地を調べ直して、強制執行の申立てをしなければなりません。
養育費の強制執行に関するQ&A
相手が自営業だと養育費の強制執行ができないというのは本当ですか?
相手が自営業者でも、養育費の強制執行は可能です。自営業だと強制執行ができないというイメージを持たれる原因は、会社員などとは違い、給与の差押えができないからでしょう。たしかに、養育費の強制執行でメインとなるのは給与の差押えなので、これができないのは相当な痛手かと思います。
しかしながら、差押えの対象となるのは給与だけではありません。預貯金や家、土地なども対象に含まれますし、相手が役員として報酬を受け取っている場合、その役員報酬は全額差し押さえることができます。まずは、こうした差押え対象となる財産がないかどうか、調べてみることから始めてみましょう。
養育費を差し押さえられたら生活できないと言われてしまいました。強制執行できないのでしょうか?
差し押さえられたら生活できないと言われたとしても、養育費の強制執行ができないわけではありません。手元に養育費に関する債務名義があり、相手の住所と差し押さえたい財産の情報を把握しているなら、強制執行することができます。
ただ、相手から「差押禁止債権の範囲変更の申立て」がなされる可能性があります。この申立てが認められると、裁判所から発令されていた差押命令の内容の全部または一部が変更となり、差押えの範囲が減らされてしまいます。とはいえ、債務自体(未払い養育費そのものの金額)が減らされるわけではありませんのでご安心ください。支払いが完了するまでの期間が延びる、と考えていただければいいかと思います。
強制執行のデメリットはありますか?
強制執行のデメリットとしては、財産の調査にかかる手間が挙げられます。強制執行を行うためには、申し立てる側が差し押さえる財産を調べて特定しなければなりません。離婚後だと、相手の勤務先が変わっていたり、相手の財産の状況を把握しづらかったりすることもあるため、調査に時間を要するケースも少なくないでしょう。
また、必ずしも未払い養育費の全額が回収できるとは限らない、ということもデメリットといえます。相手の資力が十分でない場合、差し押さえたとしても、未払い養育費の全額には満たないこともあります。
養育費の強制執行から逃げられてしまう可能性はありますか?
勤務先を変えたり、引っ越したり、口座を移したりなどして、一時的に強制執行から逃げられてしまう可能性は考えられます。しかし、新たな勤務先や住所、口座情報などを突き止めれば、もう一度強制執行して差し押さえることができます。
ここで、相手の財産が判明しなかったら逃げられてしまうのではないか?と思う方もいるかもしれませんが、2020年4月の民事執行法の改正により、以前よりも財産の調査がしやすくなっています。具体的には、「財産開示手続」で相手が嘘の報告をした場合などの罰則が強化されたり、裁判所を通して役所や金融機関などに情報提供を求める、「第三者からの情報取得手続」という制度が新たに作られたりして、法整備がなされています。
養育費の強制執行についてお困りのことがあったら弁護士にご相談ください
養育費の支払いが途中でストップしてしまったとき、強制執行すれば、相手の財産を差し押さえて、未払い養育費を回収できる可能性があります。ただ、そのためには、元配偶者の現在の住所を調べたり、差押え対象とする財産を特定したりしなければならず、おひとりだけではスムーズに進められないこともあるかと思います。
弁護士にお任せいただければ、あなたの代わりに、元配偶者の住所や財産の調査をしたり、強制執行の手続きを進めたりすることが可能です。ご状況に応じた適切な対処法をとりますので、おひとりで対応するよりも、回収できる可能性が高まるでしょう。
養育費の強制執行についてお困りのときは、まずは弁護士にご相談ください。ご相談者様とお子様の未来のために、全力でサポートいたします。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)