監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
離婚の際に親権を獲得して、子供と一緒に暮らすことになった方の親は、もう一方の親から養育費を毎月受け取ることができます。
しかし、子供との生活を続けていると、思った以上に出費がかさんでしまい、離婚時に取り決めた金額の養育費では家計が回らなくなってしまうこともあるかと思います。このような場合、養育費を増額するよう相手に求めることはできるのでしょうか。
本記事では、養育費の増額が認められる要件や、請求の方法などについて解説します。養育費を増額したいとお考えの方は、ぜひご一読ください。
一度決めた養育費を増額してもらうことはできる?
通常、養育費の金額などの条件を決めるのは離婚時です。ただ、養育費は「子供が社会的に自立できる年齢になるまで」という長い期間、やり取りを続けるものであるため、想定外の出来事が生じて増額してほしいと思うことはあるでしょう。
まず前提として、一度決めた養育費であっても、相手が承諾するのであれば、増額してもらうことはできます。
しかし、いくら頼んでも相手の同意が得られない場合は、裁判所の手続きを踏んで改めて取り決める必要が出てきます。法的には、以下の条件を満たせば、養育費の増額が認められる可能性があります。
- 取り決め時に前提となっていた客観的な事情に変更があったこと
- その事情変更をあらかじめ予測することが困難だったこと
- 事情変更が生じたことに当事者の責任がないこと
- 取り決めどおりの条件をそのまま継続すると著しく不公平になること
養育費の増額請求が認められる要件
養育費の増額請求が認められる事情変更として、具体的には以下のようなケースが考えられます。
- 子供を監護する親が、突如リストラにあって無収入となった。
- 子供を監護する親が、病気などを理由に以前のように働くことができなくなり、収入が減った。
- 子供を監護していない方の親が、転職などによって収入が大幅に増えた。
- 子供が病気やケガをして、高額な治療費がかかるようになった。
- 子供が高校や大学へ進学した。
- 子供が私立学校へ進学した。
なお、子供の進学による支出の増加は、離婚時でも想定できることであるため、「本来であれば最初に取り決めをする際に考慮しておくべき」と裁判所に判断されてしまう可能性はあります。
また、私立学校の学費分の増額については、両親の収入や学歴などを踏まえて相当と判断される場合に認められます。
養育費算定表を参考に増額額が決まる
養育費の増額請求をする場合、離婚時に取り決めたときと同様に「養育費算定表」を参照して、請求する金額を決めます。養育費算定表は裁判所のWEBサイトで公開されていて、双方の収入や子供の人数・年齢を当てはめるだけで、簡単に養育費の相場を調べることができます。
この算定表は2019年12月に改定されており、生活費や税負担の増加など、現在の社会情勢を反映した結果、旧算定表よりも増額傾向となっています。
ただ、算定表が改定されたことだけを理由に、一度決めた養育費を増額するよう請求しても、基本的には認められません。裁判所の手続きを経る場合、増額する正当な理由(事情変更)が求められることになります。
養育費の増額請求の方法について
それでは、実際に養育費を増額するよう相手に請求したい場合、どのような手順を踏めばよいのでしょうか。以下で説明します。
まずは話し合いを試みる
法的に養育費を増額するに値する事情変更が特になかったとしても、任意の話し合いの段階であれば、相手が合意さえすれば、増額することは可能です。そのため、まずは相手の説得を試みましょう。
ただし、養育費を支払っている相手にお願いする立場となるため、あまり高圧的な態度にならないよう気を付けてください。現在の家計の収支を明らかにし、なぜ増額してほしいのか丁寧に論理立てて説明する必要があります。
内容証明郵便を送る
相手が話し合いに応じてくれるとは期待できない場合、内容証明郵便を送っておくのもひとつの手です。内容証明郵便であれば、差出人や受取人、送付日や受取日だけでなく、手紙の内容までも郵便局に証明してもらうことができ、裁判所の手続きでも養育費の増額請求をしたことの証拠として扱われます。
増額請求が認められた場合、「増額請求したとき」にさかのぼって、変更後の金額を適用することも可能です。「増額請求したとき」=「調停申立て時」となることが多いですが、事前に内容証明郵便を送っていれば、「増額請求したとき」=「内容証明郵便の受取日」となる可能性があるので、早めに送っておくと良いでしょう。
合意を得られなかったら調停・審判へ
任意の話し合いで説得することができなかった場合、家庭裁判所に「養育費増額調停」を申し立てましょう。調停とは、一般市民から選ばれた知識人である“調停委員”が、双方の話し合いを取り持ってくれる裁判所の手続きです。
調停では双方が直接顔を合わせずに済み、調停委員がそれぞれから聴取した事情をもとに解決策を提示してくれるため、話し合いが円滑に進むことが期待できます。
そして、調停で合意に至った際には、「調停調書」が作成されます。この調停調書があれば、相手が約束を守らなかったとしても、強制執行によって相手の財産を差し押さえることができます。
調停でも話し合いが決裂した場合は、裁判官が判断を下す「審判」にそのまま移行します。審判が確定すると「審判書」が作成されますが、こちらも調停調書と同様に強制執行の効力があります。
なお、審判で提示された金額に納得がいかないようであれば、高等裁判所に即時抗告をすることも可能です。
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養育費の増額について決まったら公正証書を作成する
任意の話し合いで養育費の増額が決まったのであれば、必ず公正証書を作成するようにしましょう。話し合って口約束をしただけでは、調停調書や審判書のように、取り決めた内容を証明してくれるものが残りません。最悪の場合、相手から話し合いをなかったことにされてしまうおそれがあります。
公正証書は公証役場で作成を依頼することができ、公文書として扱われるため、法的にも信頼性のある証拠となります。さらに、増額した養育費を約束通り支払わなければ、強制執行に従うという趣旨の内容の文言(強制執行認諾文言)を入れておけば、強制執行を申し立てることも可能になります。
養育費の増額が認められた裁判例
ここで、実際に養育費の増額が認められた裁判例を紹介します。
【東京高等裁判所 令和3年3月5日決定】
長男Aの親権者である母親が、相手方である父親に対して養育費の増額請求調停を申し立て、その後審判に移行した事案です。
両者は平成28年に調停離婚をした際に、長男Aの養育費を「月額5万円」にすると取り決めましたが、以下の2点を理由に、母親が養育費の増額を請求しました。
- 相手方の年収が増額したこと
- 長男Aが15歳になり、公立高等学校に進学したこと
審判では、これらの事情変更は想定内のものであるため、母親の請求は認められないとしましたが、母親はこれを不服として高等裁判所に即時抗告しました。
高等裁判所は、以下の事情を考慮して、養育費を「月額6万円」に増額することが相当と認めています。
①「長男Aが20歳になるまで養育費を増額しないこと」について、協議して合意した証拠がない。
②特段の事情がない限り、子が15歳に達したことは養育費を増額すべき事情変更に該当する。
③離婚時に取り決めた養育費(月額5万円)は、長男Aの英会話学校の費用を考慮して、改定前算定表の目安額(月額4万~6万円)よりも若干高めであった。
④③の事情があるにもかかわらず、長男Aが15歳になった後は、新算定表の目安額(月額6~8万円)より低めの月額5万円を維持すると合意したとは想定しにくい。
この裁判例では、「子が15歳に達したこと」を養育費を増額すべき事情変更として認めており、さらに増額後の養育費の算定については、新算定表を参照しているという点がポイントといえるでしょう。
よくある質問
養育費の増額請求を拒否された場合はどうしたらいいですか?
任意の話し合いで増額請求を相手に拒否されたら、すみやかに調停を申し立てましょう。調停でも相手が一貫して拒否し続けていたり、増額の意向は見せているけれど、ごく一部の条件で折り合いがつかなかったりする場合、家庭裁判所の判断で審判に移行します。
審判では裁判所に判断を下してもらえます。ただし、その内容に不服がある者は、2週間以内に異議を申し立てれば(即時抗告をすれば)審判を無効化することができます。この場合、高等裁判所で再審理がなされることになるので、さらに結論までに時間を要します。
相手側が養育費増額調停を欠席した場合は増額が認められますか?
相手が調停を欠席したからといって、ただちに増額が認められるわけではありません。初回の調停を相手が欠席した場合、よほどの理由がなければ、申立人であるあなたのみが調停委員に事情を聴取されたうえで、改めて別の日程を組み直します。
しかし、その後も相手が欠席を続けるようであれば、裁判所の判断で調停は不成立となり、審判へと移行します。審判では、裁判所が双方の提出した資料や、主張する内容をもとに判断を下します。そのため、審判に至っても相手が何の反応も示さない場合、裁判所はあなたの主張をもとに判断することになるため、増額したい理由が法的に正当であれば、認められる可能性は高いでしょう。
今月15歳になる子供がいます。数年前の離婚時に一律と決めた養育費を、算定表に合わせて増額するよう請求することは可能ですか?
養育費算定表は、子供が14歳以下の場合と15歳以上の場合とで分けられています。15歳以上になると、生活費がよりかかるようになると考えられているため、14歳以下に比べて養育費は高額になるよう設定されているのです。
離婚時は子供が14歳未満で、その年齢を基準に養育費を決めたけれど、15歳になったので改めて算定表に当てはめて算出したら、いま受け取っている金額より高額だったというケースはあるでしょう。
子供が15歳に達したり、高校に進学したりしたことを契機に養育費の増額を求めた場合、その請求が認められる可能性はあります。
また、裁判所は、養育費の金額について、子側に不利な内容の合意については認めない傾向があります。ただ、今回のケースは離婚時に「養育費を一律にする」と取り決めたとのことなので、もともと相場より高額に設定していた等の事情によっては、子供が15歳になったことを理由に増額請求を認めてもらうのは難しい場合もあり得ます。
養育費の増額請求を行う場合は弁護士にご相談ください
養育費を現在受け取っている金額よりも増額してほしい場合、相手が任意で了承してくれるケースを除いて、基本的にはあらかじめ予測することが困難だったといえる“事情変更”が求められます。
そして、実際に相手に増額請求する際は、収入や支出がわかる資料をそろえて、なぜ増額してほしいのかを具体的に説明する必要があります。
この点、弁護士は過去の裁判例などを根拠にして、論理的に相手を説得したり、調停や審判などの場面で主張したりすることを得意とします。
養育費は子供が健全に成長できる環境を整えるために、必要不可欠なお金です。養育費が足りずにお困りの方は、ぜひ弁護士に一度ご相談ください。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)