監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
交通事故の被害にあった場合、その被害により生じた損害に対して、加害者から賠償をしてもらう必要があります。そのためには、加害者との間で損害の内容、損額の額、過失割合などについて交渉をしていくことになります。そして、交渉した結果、加害者との間で合意ができれば、示談が成立し、賠償金の支払いを得ることができます。交渉が長引けば、それだけ損害の補填は遅れますし、示談が成立しなければ、訴訟をせざるを得なくなり、解決までに長い時間と手間がかかります。つまり、交通事故の被害にあった場合、納得した内容で示談をまとめることができるかが重要となるのです。
目次
交通事故における示談とは
交通事故が発生した場合、被害者と加害者との間では、賠償するべき金額を巡って様々な争点が生じますが、当事者間の交渉の結果、賠償額を合意して、交通事故に関する紛争を解決することを示談といいます。つまり、示談とは、訴訟手続によらずに法的紛争を解決すること意味し、民法上の和解契約の一つとして位置づけられます。なお、加害者と交渉するとはいっても、現在、自動車やバイクを運転する人のほとんどは、自動車保険(任意保険)に加入していることから、実際には、保険会社の担当者と示談交渉することになることが多いといえます。保険会社との間で示談が成立すると、免責証書、示談書といった書面を取り交わし、賠償金の支払いを受けることになります。
示談金に含まれているもの
交通事故の被害によって発生する損害には、大きく分けて、修理代、代車費用、携行品の損害といった物損と治療費、慰謝料、休業損害といった人損があります。示談金には、物損も人損も含まれることになり、同じタイミングで示談をすることになりますが、物損の方が先に損害額が確定することも少なくないことから、治療継続中に物損だけ先行して示談することもあります。また、治療の結果、後遺障害が認定された場合には、後遺障害に関する損害も示談金に含まれてきます。
交通事故の示談金に相場はある?
交通事故は、定型的に処理される部分はあるものの、事故によって発生する損害の内容や金額は千差万別ですから、示談金の相場というものを一概に定めることは難しいといえます。しかし、例えば、慰謝料については、治療期間に基づいて算定することから、治療期間の見込みが分かれば、示談金も見当が付きますし、後遺障害についても、認定された等級によって、損害額を見通すことが可能といえます。そのため、損害の費目ごとでは、示談時に受領するべき金額の相場をある程度は判断することができるので、保険会社との示談交渉では、そのような相場を見越しながら、合意する金額を検討していくことになります。
示談交渉の流れ
交通事故の損害は、物損と人損に分けることができますので、示談をする場合、それぞれ損害の算定をして金額の合意をすることになります。物損と人損は同時に示談をすることもありますが、先に損害額が確定する物損を先行して示談することもあります。
物損の示談においては、修理費やレッカー費用、代車費用は、被害者ではなく、業者に保険会社が支払うことにするなど、被害者への最終的な支払額以外の部分を話し合うこともありますし、修理費は、修理業者と保険会社の調査員が修理金額の協定を結ぶ形で決定することも多いです。
人損の示談においては、治療終了後に示談交渉する場合と、後遺障害認定申請後に示談交渉をする場合があります。前者は、治療によって、治癒に至った時、治癒とまではいかなくてもほとんど症状がなくなった時の示談交渉の流れであり、後者は、治療を継続したにもかかわらず、痛みやしびれが残ってしまった時の示談交渉の流れとなります。なお、いずれの場合でも、治療をいつまで続けるかなど、示談交渉に先立っての交渉が必要となるケースは少なくありません。
示談にかかる期間
示談にかかる期間を明確に定めることは非常に困難です。なぜなら、損害額はわずかであっても、過失割合で大きな対立があれば、示談交渉は長期化しますし、損害額がかなり大きくても、争点の少ない事故の場合、示談交渉がすぐに終わることもあるからです。そのため、以下に記載するのは、あくまで目安程度だと考えてください。
まず、物損の場合、事故後、1~2か月程度で示談することが多いといえます。もっとも、対立の大きな争点がある場合には、示談まで3か月以上かかったり、そもそも示談に至らないこともあります。
次に、人損の場合、治療終了、または、後遺障害認定申請の結果が出てから1~3か月程度で示談に至ることが多いといえます。人損の方が、損害額が大きくなる傾向もあり、その分だけ示談に時間を要することになります。人損のうち、死亡事故の場合、特に損害額は大きくなることから、示談にはそれなりの時間を要することになりますが、事故時に亡くなってしまった場合などでは、治療自体に長期間必要となる事故と比べると、死亡事故の方が事故時から示談まではかえって時間がかからないということもあります。
示談交渉が進まない場合の対処法
示談交渉がなかなか進まない理由はいくつかあります。
まず、示談をするためには損害を確定させる必要がありますので、治療が長期化する、後遺障害認定申請の結果が返ってこない状態では示談交渉を進めることはできません。この場合には、損害額が確定する時点までは待つほかないというのは実情です。
次に、損害額が決まっても、過失割合に争いがある場合には、なかなか示談交渉は進まず、結果的に訴訟を選択することになるケースもあります。また、過失割合も決まり、示談交渉を進めることができる状態になっても、保険会社の担当者の対応が遅いとか、相場以下の回答しか出してこないといった場合にも示談交渉は進みませんし、逆に、被害者の方が、被害者感情の高さ故に損害額にこだわり過ぎてしまう場合などでも示談交渉は進みません。この場合には、弁護士に相談するなど、第三者の意見を取り入れてみたり、保険会社の担当者の変更を申し入れるなどすることで示談交渉が進むことがあります。
加害者が無保険だった場合の示談交渉
交通事故における無保険とは、任意保険未加入と自賠責保険未加入の2つを意味しています。自賠責保険未加入は違法行為ですので、当然に問題ですが、事故を起こしたときに賠償金を用意する経済力もないのに任意保険未加入のまま自動車を運転する行為も極めて問題です。
このような無保険の相手方との事故にあってしまった場合、賠償金の獲得に苦労することが多いです。
まず、任意保険未加入の場合、自賠責から最低限の賠償金を受領したうえで、加害者本人と示談交渉を行い、加害者の財産がどの程度あるか検討しながら、解決を図ることになります。
次に、自賠責すら未加入の場合、加害者本人から賠償金の獲得が困難と見込まれることが多いことから、政府保障事業を利用して損害の補填を試みることになり、実質的には示談交渉をしないようなケースもありえます。なお、政府保障事業の利用にあたっては注意点もあることから、利用する場合には、利用のためのルールをよく確認する必要があります。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
交通事故の示談交渉で注意すべきこと
示談交渉は「人身事故」でおこないましょう
交通事故にあった場合、怪我をして通院をしているにもかかわらず、事故直後はあまり痛くなかったので、物損事故にしてそのままにしてしまった、加害者から人身事故扱いにしないで欲しいと頼まれて物損事故にしてしまったということがあります。もちろん、その後の手続きにおいて一切もめることがないのであれば、物損事故のままだったとしても、保険会社から賠償金を得ることできれば問題ないこともあります。
しかし、怪我をしているにもかかわらず、物損事故というのはその時点で矛盾しているわけですから、交渉段階において争点がある場合には、物損事故のままにしていることが被害者に不利な事情として働くことがあります。
そのため、交通事故でけがをした場合には、必ず人身事故届を提出してください。
示談してしまうと撤回できません
示談交渉は、和解契約の一種でもあり、一度、示談を成立させた後、事後的に示談交渉をやり直すことはできません。理論上は、示談の前提になる事実を誤解していた場合などには、錯誤を主張して示談をやり直す余地はありますが、保険会社、加害者がやり直しに応じるとは考え難く、訴訟が必須と見込まれます。
示談交渉後にさらに損害の請求ができる例外的ケースとしては、将来的な後遺障害の発生が予想される場合があります。そのような場合には、示談をする際に、将来、事故による後遺障害が発生した時には再協議することを盛り込んでおくなどしておく必要があります。
示談をする大前提として、自らに発生した損害項目に漏れがないか、損害額は妥当かどうかなどを慎重に検討する必要があるのです。
示談を相手任せにしたり、焦ったりすると不利な結果となる場合があります
保険会社は、被害者に対して、加害者本人だけでは到底負担できない額であっても、損害賠償してくれる相手であって、被害者保護に有益な存在です。しかし、保険会社の担当者は、必ずしも被害者の利益に最大限配慮してくれるわけではありません。焦って示談したり、知識のないまま示談すると、不利な結果になることもあるので注意が必要です。
例えば、交通事故で車を買い替えた場合、買い替え諸費用を請求できる余地がありますが、多くの保険会社は時価額の賠償を持ちかけるだけで、買い替え諸費用の賠償ができることを保険会社の方から提案してくることはありません。そのため、被害者に十分な知識がないまま示談すると損をすることがあるのです。また、保険会社は、任意保険の基準で慰謝料を算定しますが、本来、被害者は裁判基準に基づいて慰謝料請求できます。そうすると、任意保険基準と裁判基準の差額が生じることになるわけですが、保険会社は、本来支払う必要のある裁判基準の慰謝料しか提示していないにもかかわらず、任意保険基準と裁判基準の差額の範囲で、あたかも被害者に譲歩しているかのような交渉を持ちかけてくることもあります。
損害賠償請求権には時効があります
交通事故の損害賠償の請求には5年間の時効があり、時効期間を経過させてしまうと請求自体ができなくなることから注意が必要です。もっとも、加害者が任意保険会社に加入している場合、保険会社は、被害者保護という社会的責任を担っていることもあり、よほどのことがない限り、時効を主張してくることないため、実際には大きな不安を持つ必要はないとはいえます。もっとも、人損ではなく、物損については、保険会社であっても時効を主張してくるケースもあることから、時効期間への注意を怠っていいわけではありません。
なお、令和2年4月1日以前の事故については、民法が改正される前の事故となり、時効期間は3年となっています。
成立前の示談書チェックポイント
示談交渉が無事にまとまり、示談が成立した場合に作成するのが示談書や免責証書と呼ばれる合意書面となります。この書面にサインをすれば、示談が成立し、事後に撤回はできませんから、内容をよく確認する必要があります。
まず、何より重要なポイントは示談書に記載された金額に間違いがないかという点です。示談書の作成に移行している時点で、損害額に争いはなくなっているのが通常ですが、示談金額が適正かどうかも今一度確認しておくことが無難です。
また、損害額の部分に注意がいきがちですが、事故の日付、当事者の名前など事故の内容に関する部分に誤りがないかも確認が必要です。誤記があった場合には、示談書や免責証書の有効性が問われかねないですし、単純に書き直しの手間が生じることもあります。
交通事故の示談交渉で、不安に思うことがあれば示談成立前に一度ご相談下さい
交通事故の示談交渉をする場合、過失割合が適正か、算定されている賠償額は妥当か、訴訟をするか示談をするかどちらが有利かなど、様々なことを考慮したうえで、合意するかどうかを決める必要があります。被害者が、交通事故に関する知識を持っていることはまれであって、保険会社の担当者の説明のままで示談することになってしまう恐れもあります。
交通事故の被害にあってしまった以上、適切な賠償を得て、損害を回復する必要はあるわけですから、示談交渉をする場合には、交通事故に関する専門的な知識を駆使しながら進めていくことが重要です。示談交渉にあたって不安に思うことがある方は是非お早めに弁護士に相談してみてください。弁護士に依頼をした場合、忙しい仕事の合間などに保険会社とやり取りする煩わしさからも解放されます。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)