監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
被相続人が遺した財産(相続財産)を相続できる人は民法によって決められています。
しかし、相続財産を受け取る権利を有する人が遺言書を偽造する等の悪事を行った場合にまで、相続を認めるのは不適切です。
そこで、民法には、一定の行為をした人の相続権を自動的に失わせるための「相続欠格」という制度が設けられています。
この記事では、相続欠格の概要や要件、似た制度である「相続人廃除」との違い等について解説します。
目次
相続欠格とは
相続欠格とは、本来であれば相続人になる予定だった人が、一定の要件に該当すると自動的に相続権を失う制度です。相続欠格になった人を 相続欠格者といいます。
相続欠格者は、相続できないだけでなく、遺言書による贈与(遺贈)を受けることもできません。
どんな場合に相続欠格になるの?
相続欠格になる要件は、以下のように定められています。
- 被相続人や他の相続人を殺害した、または殺害しようとした
- 被相続人が殺害されたことを知りながら黙っていた
- 詐欺や強迫によって、被相続人が遺言を残すことや撤回・取り消し・変更することを妨害した
- 詐欺や強迫によって、被相続人に遺言を残させたり、撤回・取り消し・変更させたりした
- 遺言書を偽造、書き換え、隠ぺい、破棄した
被相続人や他の相続人を殺害した、または殺害しようとした
被相続人や前順位の相続人、同順位の相続人を故意に殺害して刑罰を受けた人は相続欠格者になります。これは、未遂に終わった場合についても同様です。
例えば、自分の父親である被相続人を故意に殺害した場合には相続欠格になります。
ただし、故意に殺害した場合に限られるため、傷害致死については相続欠格に該当しません。また、執行猶予が満了した場合については刑罰を受けたことになりません。
被相続人が殺害されたことを知りながら黙っていた
被相続人が殺害されたことを知っていて、捜査機関に告発や告訴をしなかった人が相続欠格者になります。
例えば、被相続人である父親を、自分の兄が殺害したと知っていた場合、捜査機関に告発や告訴をしない場合には相続欠格者になります。
ただし、以下のような人は相続欠格者になりません。
- 是非を判断する能力がなかった人
- 被相続人を殺害した人が配偶者または直系血族である人
「是非を判断する能力がなかった人」とは、幼い子供や、認知症等により判断力を失っていた人のことです。
また、被相続人を殺害した人が配偶者や直系血族であった人が除外されているのは、告発や告訴をするのが難しいと考えられているからです。
詐欺や強迫によって、被相続人が遺言を残すことや撤回・取り消し・変更することを妨害した
被相続人が遺言書を作成しようとしている、あるいは作成した遺言書を撤回等しようとしているときに、詐欺や脅迫によってそれを妨害した場合には相続欠格者になります。
例えば、被相続人が長男に全財産を相続させる旨の遺言書を作成しようとしているときに、二男が脅迫して遺言書を作成させないと、二男は相続欠格者になります。
ただし、不当な利益を得ることを目的にしていなかった場合には、相続欠格にならない可能性があります。
詐欺や強迫によって、被相続人に遺言を残させたり、撤回・取り消し・変更させたりした
被相続人に対する詐欺や脅迫によって遺言書を無理やり作成させたり、作成した遺言書を撤回等させたりした場合には相続欠格者になります。
【具体例】
長女が被相続人を脅迫して、自分に全財産を相続させる旨の遺言書を作成させると相続欠格者になる。
ただし、必ずしも不当な利益を得ることが目的でないのであれば、相続欠格にはならない可能性もあります。
遺言書を偽造、書き換え、隠ぺい、破棄した
被相続人の遺言書を偽造したり、作成されていた遺言書を書き換えたりした人は相続欠格者になります。
例えば、被相続人の死後に、長男が実家を片づけていたところ遺言書を発見し、誰にも知らせずに開封して内容をみると、全財産を長女に相続させる旨が記載されていたため破棄した場合、長男は相続欠格者になります。
なお、不当な利益を得ることが目的でなければ相続欠格者にならないと考えられているため、被相続人が遺言書への押印を忘れていたために押印したとしても、書き換え等には該当せず相続欠格者にならない可能性があります。
相続欠格者がいる場合、相続順位はどうなる?
相続欠格者は相続人として扱われないため、同順位の相続人等がいなければ、次順位の相続人が相続することになります。
例えば、被相続人に子供が1人だけいる場合、その子供が相続欠格者になり、その子供の子供(被相続人の孫)がいない場合には被相続人の両親等が相続します。
しかし、被相続人の子供が相続欠格者になったとしても、その子供の子供がいる場合には代わりに相続することが可能です。これを 代襲相続といいます。
相続順位・代襲相続については、以下のページでも解説しています。あわせてご覧ください。
相続順位について詳しく見る 代襲相続について詳しく見る相続欠格であることは戸籍に表記されない
相続欠格者がいる場合であっても、戸籍にはその旨が記載されません。
そのため、相続欠格者を除いた法定相続人の全員による遺産分割協議を行ったとしても、相続人が不足しており無効ではないかと疑われてしまいます。
そこで、相続登記等の手続きを行うために、相続欠格者であることを証明するための書類を作成して提出しなければなりません。
相続欠格者がいる場合の相続手続き
相続欠格者であることを証明するためには、本人が作成して署名押印した「相続欠格証明書」に印鑑証明書を添付する方法があります。
しかし、相続欠格者が自分の相続欠格を認めていない場合には、裁判等によって相続欠格者であることを証明する必要があります。
相続欠格と相続人廃除の違い
相続欠格と似た概念として、相続人廃除という制度がありますが、相続欠格と相続人廃除は、適用される対象や、適用までの流れ等が違います。
相続欠格は被相続人の殺害や遺言書の偽造等によって適用されますが、相続人廃除は以下の要件に該当すると適用されることがあります。
- 被相続人を虐待した
- 被相続人に対して極度の侮辱をした
- その他の著しい非行をした
また、相続欠格が法律に定められている事由に該当すれば自動的に適用されるのに対して、相続人廃除は被相続人による家庭裁判所への請求、または遺言書による遺言執行者からの請求によって家庭裁判所によって審理されて適用されます。
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相続欠格に関するQ&A
相続欠格者が、遺言書に書いてあるのだから遺産をもらえるはずだと言っています。従わなければならないのでしょうか?
基本的に従う必要はありません。なぜなら、相続欠格者は相続権を失うため、遺言書によって相続させることもできなくなるためです。
また、遺贈についても、相続欠格者は受け取る権利を失います。
ただし、被相続人が遺言書によって相続欠格者の相続権を回復させることは認められるという考えもあります。この点については、法律に明文の規定がないため議論されています。
相続欠格者から遺留分を請求されました。無視していいですか?
相続欠格者による遺留分の請求であっても、無視するのは望ましいことではないので、請求権がないことを伝えた方が良いでしょう。
なぜなら、請求を無視すれば裁判等によって請求されてしまうおそれがあるため、その対応に手間や費用がかかるからです。
なるべく早い時点で、請求者が相続欠格者であるため遺留分についても失っており、請求する権利がないことを伝えるようにしましょう。
なお、裁判による請求を無視すると、敗訴して支払い義務が生じるおそれがあるため、その点についても注意しましょう。
遺産分割後に遺言書の偽造が判明しました。やり直しはできますか?
偽造された遺言書は無効なので、遺産分割後であってもやり直すことができます。
遺産分割をやり直す場合には、偽造でない遺言書の内容に従うか、相続人全員による遺産分割協議を行います。このとき、遺言書を偽造した人は相続欠格者になるので相続権を失います。
なお、時間が経過することによって無効であった遺言書が有効になることはないので、数年前に遺産分割をしていたとしてもやり直すことになります。
相続人の一人が嘘を吹き込み、遺言書を書き直させたようなのですが、証拠がないと言われてしまいました。諦めるしかないのでしょうか?
たとえ、誰かが嘘を吹き込んで遺言書を書き直させたとしても、証拠がなければ遺言書を無効にするのは極めて難しいでしょう。
ただし、遺言書に形式的なミスがある場合や、被相続人が認知症を発症していた場合等では無効にできる可能性があります。
また、遺言書によって遺留分が侵害されているケースについては、遺留分侵害額請求によって侵害された遺留分を他の相続人等から取り戻すことができます。
相続欠格者がいます。相続税の基礎控除額に影響しますか?
相続欠格者がいる場合、相続税の基礎控除額に影響します。基本的には減額されますが、増額されるケースも存在します。
相続税の基礎控除額は、以下の式によって計算します。
【基礎控除額=3000万円+(600万円×法定相続人の数)】
相続欠格者は法定相続人の数から除外されるため、基本的には基礎控除額は減額されることになります。
しかし、相続欠格者に子供がいる場合には、その子供が代わりに相続する「代襲相続」が発生するため、相続欠格者の子供が2人以上であれば基礎控除額が増える可能性があります。
なお、相続人廃除についても相続欠格と同様に扱われますが、相続放棄についてはなかったものとして扱われます。
なぜなら、相続放棄は相続人の意思のみによって行えるので、相続税の金額に影響させると、税金が個人の意思によって左右されてしまうことになるからです。
相続欠格証明書を書いてもらえない場合は、諦めて遺産分割するしかないのでしょうか?
相続欠格者が相続欠格証明書の作成に応じてくれない場合には、相続欠格者ではない相続人全員が原告となり、相続欠格者を被告として「相続権存否確認請求訴訟」を提起し被告が相続欠格者であることを確定させます。
その後、相続人全員による遺産分割協議を行い、「遺産分割協議書」を作成して判決書を添付すれば、相続登記等の手続きを進めることが可能となります。
相続欠格に関する問題は弁護士にご相談ください
遺言書の偽造等、不正を行った人がいる場合には、相続させたくないと思うのは当然のことでしょう。しかし、不正を行った人が、積極的にその事実を認めるケースは少ないと考えられます。
そこで、相続欠格者に相続させたくないと思っている方は弁護士にご相談ください。
弁護士であれば、相続権存否確認請求訴訟を視野に入れながら、なるべく相続欠格者を説得できるようなアドバイスができます。
また、相続欠格を証明するのが難しい状況であっても、遺言書の無効等、他の理由によって争う可能性についても併せて検討します。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)