監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
交通事故に関する争いの解決を目指す方法としては、協議や調停、訴訟手続など、様々なものが挙げられます。そのうちのひとつに「交通事故紛争処理センター」を利用する方法があります。しかし、これがどのような機関なのか、よく知らない方もいらっしゃるのではないでしょうか?
そこで今回は、交通事故に関する争いを公平に解決することを目的としている「交通事故紛争処理センター」について、その概要や利用する際の流れなどを解説していきます。
目次
交通事故紛争処理センターとは
交通事故紛争処理センターとは、ADRを専門的に行う機関のひとつで、交通事故の被害者と加害者(または加害者が加入する保険会社)の争いを解決するために公正・中立な立場からサポートを行っています。具体的には、交通事故問題に関する法律相談、和解あっせん、審査などを無料で行っています。
本部は東京に置かれていますが、さらに7つの支部と3つの相談室が全国に展開されています。
なお、ADR(裁判外紛争解決手続)とは、公正な第三者に介入してもらうことによって、裁判手続に頼らずに争いを解決しようとする手続をいいます。
交通事故紛争処理センターの業務のうち、和解・あっせん業務がADRにあたります。
交通事故紛争処理センターでできること
交通事故紛争処理センターで受けられるサポートについて、簡単にみてみましょう。
和解あっせん
交通事故紛争処理センターが行う和解あっせんとは、センターでの相談を担当している公正・中立な立場にある弁護士が、事故の当事者双方から事情を聴き取ったうえで、和解するためのあっせん案(解決方法)を提示するものです。資料が揃っていれば、3~5回程度の和解あっせんで9割以上は和解が成立します。
審査
和解あっせんが成立しなかった場合、当事者は法律の専門家による審査を申し立てることができます。
審査を行うのは、法学者・裁判官経験者・弁護士などで構成される審査会です。審査では、審査会が当事者からそれぞれの主張や事情を聴き取った後、事故の状況や争いとなっている問題点について、過去の裁判例などを参考に検討し、最終的な損害額を決定します。そして、決定した内容を裁定という形で当事者に告知します。
弁護士の無料紹介
交通事故紛争処理センターでは、法律相談やその後の和解あっせんなどの業務を、センターから委託されている弁護士が行います。そのため、初回の法律相談の際に、相談を担当する弁護士(相談担当弁護士)を無料で紹介してもらえます。
なお、紹介された相談担当弁護士を途中で変更することは基本的にできないので、注意が必要です。
交通事故の示談交渉についての無料相談
交通事故紛争処理センターを利用する場合、まずは、和解あっせんに進むことを前提とした法律相談を受けることになります。
法律相談では、センターから紹介された相談担当弁護士が事情を聴き取り、申立人が提出した資料を確認したうえで、問題点を整理したり解決に向けたアドバイスを行ったりします。
なお、センターは交通事故の示談に関する争いを解決する機関なので、示談交渉を始められない段階での相談は受け付けていません。つまり、事故直後や治療途中、後遺障害等級認定申請中は、センターを利用することはできないので気をつけましょう。
交通事故紛争処理センター利用のメリット・デメリット
交通事故紛争処理センターの利用を検討するにあたって、メリットとデメリットを比較する必要があります。そこで、次項以下でメリットとデメリットについて、それぞれ説明していきます。
メリット
申立費用が無料
交通事故紛争処理センターで受けられる、弁護士の法律相談や和解あっせん、審査手続などはすべて無料です。裁判所の手続のように申立費用がかかることはありません。
加害者側に通知を出すための通信費用やセンターへ出向くのにかかる交通費、各種資料や証明書の取得料金などの費用はかかりますが、こうした最低限の費用を支払うだけで、交通事故の専門家のサポートを受けることができます。
期間が短い
交通事故紛争処理センターの手続は、申立てから大体2~3ヶ月で終了するのが一般的で、センターに出向く回数も数回程度で済むことが多いです。これに対して、裁判手続は短くとも1年程度はかかるので、その分出向く手間も増えます。
このように、センターを利用する場合は裁判を申し立てる場合と比べて、少ない労力で早期解決を図ることができます。
公平公正な機関で信頼性が高い
交通事故紛争処理センターで当事者双方の仲裁をするのは、交通事故問題に精通し、豊富な実績を持つ弁護士です。専門家である弁護士のサポートを受けながら和解を進めることができるので、公平な解決をすることができる可能性が高いです。
弁護士基準ベースの高額の賠償額が見込める
交通事故紛争処理センターを利用すると、一般的な保険会社との示談交渉で提示される賠償金と比べて、高額の賠償金を獲得できる可能性が高いです。なぜなら、通常弁護士や裁判所が損害賠償金を計算する際に利用する算定基準を利用できるようになるからです。
交通事故の損害賠償額は、計算に利用する算定基準によって大幅に変わります。保険会社との示談交渉では、通常最も低額の基準かそれに少し上乗せした基準で計算した賠償金を提示されることが多いです。
しかし、交通事故紛争処理センターでは知識の豊富な弁護士の力を借りられるため、高額の賠償金を計算できる算定基準を利用することができます。
デメリット
依頼できるケースが限られる
交通事故のケースによっては、交通事故紛争処理センターを利用できないことがあります。
下記にセンターを利用できないケースを挙げたので、ご自身があてはまらないかどうか、ぜひ一度ご確認ください。
- 自転車対歩行者、または自転車同士の交通事故のケース
- 被害者が自分の加入する保険会社と争っているケース
- 後遺障害等級認定について争っているケース
- (和解あっせんを予約する時点で)既に裁判や調停が行われているケース
- 既に他のADR手続などを進めているケース
- 怪我の治療、後遺障害等級認定の申請、異議申立てがまだ終わっていないケース
- 加害者が任意保険に加入していないケース(加害者が同意した場合には、利用できる可能性があります)
遅延損害金を請求できない
交通事故紛争処理センターで示談する場合、遅延損害賠償金を請求できないこともデメリットのひとつといえます。
裁判で損害賠償を請求する場合には、事故日から賠償金が支払われるまでの遅延損害金も併せて請求できるのが通常です。しかし、センターが行う和解あっせんや審査は裁判手続の一環ではないので、遅延損害金は請求できません。
そのため、裁判を行う場合と比べて、もらえる賠償金の総額が少なくなってしまう可能性があります。
弁護士を変えることができない
交通事故紛争処理センターでは、相談を担当してくれる弁護士を自分で選ぶことはできません。また、相性が悪い、知識や経験が不足していると感じたとしても、手続の途中で変更することはできません。
加えて、個人で依頼する弁護士とは違い相談担当弁護士は公平中立の立場であるので、必ずしも被害者の利益を最優先に考えて対応してくれるわけではない点にも注意が必要です。
何回も出向く必要がある
交通事故紛争処理センターで法律相談や和解あっせんを受ける際には、基本的に被害者自身が期日に出席する必要があります。しかし、センターは本部・支部・相談室を合わせて全国に11箇所しかなく、また、平日の午前9時から午後5時までしか受け付けていないので、人によっては交通費の負担が重かったり、仕事を休まなければならなかったりします。
すべての手続が終了するまでに何回も出向かなければならないので、その点はデメリットといえるでしょう。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
交通事故紛争処理センターを利用した解決までの流れ
交通事故紛争処理センターを利用して示談を目指す場合、以下のような流れで手続を進めることになります。
➀和解あっせんの申込書提出
交通事故紛争処理センターを利用する場合には、必ず事前に電話などで予約をする必要があります。
電話で初回の法律相談の日程を決めたら、センターでの法律相談や和解あっせんの申込みに必要な書類に関する説明資料が送られてくるので、当日に備えて提出書類を準備します。
そして、相談日当日になったらセンターへ出向き、受付窓口に利用申込書や関係資料等を提出することで、センターの利用手続を完了します。
➁初回相談
交通事故紛争処理センターの法律相談は、基本的に和解あっせんすることを前提として行われます。そのため、相談担当弁護士は、まずセンターの利用を申し込んだ申立人の主張を聴き取ったり、提出資料を確認したりして、和解あっせんの可否を判断したうえで、問題点の整理や解決に向けたアドバイスなどを行います。
相談内容によっては、裁判所の手続の利用を提案したり、センター以外の相談機関を紹介したりすることがあるので、相談だけで手続が終了することもあります。
➂相談担当弁護士による和解あっせん
申立人が和解あっせんを希望し、相談担当弁護士も和解あっせんの必要性を認めた場合に、和解あっせん手続が始まります。
和解あっせんは、1回あたり1時間以内を目安に、大体2週間~1ヶ月程度の間隔で繰り返し行われます。相談担当弁護士は、期日ごとに、当事者にとって公正な損害額となるように調整して解決策(あっせん案)を提示します。
➃あっせん案合意
相談担当弁護士から提示されたあっせん案について、当事者双方が同意すると、あっせん案の内容で和解が成立することになります。一般的に、3回目までの和解あっせんで7割、5回目までで9割以上は和解が成立します。
なお、あっせん案には「本事故について、今回請求した損害以外には何も請求しません」という約束(清算条項)が含まれており、同意すると、改めて裁判等で争うことができなくなるので注意が必要です。
あっせんが不合意になった場合は審査申立
あっせん案で合意できず、和解あっせんが不調に終わった場合には、当事者双方に対してその旨が通知されます。
通知を受けた当事者は、14日以内に交通事故紛争処理センターに申し立てることで、第三者である審査会の判断を仰ぐ審査を受けることができます。
審査会による審査
審査会による審査では、和解あっせんの際に当事者から提出された証拠・資料に基づき、改めて当事者それぞれの主張の聴き取りが行われます。そして、最終的な損害額について、裁定という形で判断が下されます。つまり、審査は和解あっせんなどとは異なり、当事者が協議を行う場ではありません。
裁定が告知されたら、申立人は、同意するかしないかを14日以内に交通事故紛争処理センターに回答します。期間内に回答しなければ同意しなかったものとみなされ、センターでの手続はすべて終了することになります。
なお、保険会社は裁定を拒否することができないので、必ず同意したものとして扱われます。
裁定でも決まらない場合は
審査会の裁定によっても示談できなかった場合は、交通事故紛争処理センターでの手続がすべて終了するため、裁判などの他の手段で問題を解決することになります。
センターでの手続が終了した後、同じ交通事故について再びセンターを利用することはできないので注意が必要です。
物損事故の場合にも交通事故紛争処理センター(ADR)は使えるのか?
交通事故紛争処理センターの利用は人身事故に限りません。物損事故でも利用可能です。
物損事故の場合、和解あっせん手続の取り扱いは、2回で終了するのが通常です。
また、審査会による審査も申し立てることができますが、一定の条件を満たさない場合には審査が行われないこともあります。
紛争処理センターを利用し、過失割合や賠償額共に有利にすすめられた解決事例
ここで、弁護士法人ALGがご依頼を受け、紛争処理センターを活用して有利な結果へと導くことができた実際の事例をご紹介します。
依頼者が車で優先道路を走行中、一時停止せずに交差道路から進入してきた加害者の車に衝突されて車両ごと横転し、左手首の関節に後遺障害が残ってしまった事例です。
当初、保険会社は依頼者に不利な過失割合を主張していたので、弊所は現地調査や刑事記録の精査を重ねたうえで、各種証拠を交通事故紛争処理センターに提出して適正な過失割合を主張しました。
また、保険会社から提示されていた損害賠償額も最低限の金額だったため、弊所で計算し直して改めてセンターに提示しました。
こうした活動の結果、損害賠償金を当初の提示額である約275万円から約725万円増額させることに成功し、最終的に約1000万円を支払ってもらう内容で示談を成立させることができました。
交通事故紛争処理センターを利用するときでも弁護士にご相談ください
交通事故紛争処理センターを利用すると様々なメリットを受けられますが、利用できるケースは限られています。また、センターは当事者のどちらにも味方しない公正・中立の機関であるため、センターから紹介される相談担当弁護士も、被害者の完全な味方になってくれるわけではありません。
そのため、弁護士に自分と同じ立場になって一緒に戦ってもらいたいという方は、ご自身で弁護士に依頼したうえでセンターを利用することをおすすめします。
弁護士に依頼したからといってセンターを利用できなくなるということはありませんし、頼もしい味方とともに手続を進めることができるので、むしろメリットになります。弁護士費用特約という保険の特約に加入していれば、自己負担なく弁護士に相談・依頼できるので、まずはお気軽にお電話ください。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)