監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
近時の自動車保険では、その多くに弁護士費用特約がついています。
交通事故の被害者となった場合、適正な賠償を受けられるようにするためには、弁護士が代理人として介入することが重要です。しかし、弁護士が介入した場合、弁護士費用は生じるため、実質的な賠償金の増額が少なかったり、むしろマイナスとなってしまったりすることもあります。
そこで、弁護士費用を代わりに負担してくれる弁護士費用特約が重要になってきます。ここでは、弁護士費用特約についてご説明します。
弁護士費用特約とは
弁護士費用特約とは、ご自身が被害者として、加害者に損害賠償請求する際の弁護士費用を、保険会社が負担してくれるというものです。
例えば、A損害保険会社と自動車保険契約を締結しているとします。その自動車保険契約の中に、弁護士費用特約というものが定められていれば、加害者への損害賠償請求をする際の弁護士費用を、A損害保険会社が代わりに負担してくれます。
弁護士費用特約があることで、経済的な心配なく、弁護士に代理人として介入してもらうことが可能となります。
法律相談費用は10万円まで補償
ただし、弁護士費用特約も、上限なく弁護士費用を支払ってくれるものではありませんので、注意が必要です。
例えば、多くの弁護士費用特約では、法律相談料は10万円が支払いの上限となっています。法律相談料は弁護士事務所によってそれぞれ異なりますが、例えば、30分あたり5000円という事務所であれば、10時間までは実質無料で相談を受けられることになります。
交通事故の法律相談で10時間を要するということは稀だと考えられますので、法律相談料は全額カバーされることがほとんどでしょう。
弁護士費用は最大300万円まで補償
実際に弁護士に依頼した場合には、通常は弁護士費用として着手金や成功報酬金等が生じます。
多くの弁護士費用特約では、弁護士費用は300万円が上限となっています。つまり、保険会社の認める弁護士費用が300万円までであれば、被害者の方に実質的な負担なく、弁護士を介入させることができます。
弁護士費用が300万円を超えることは多くありません。多くの案件では、実質的な負担なく、弁護士を介入させられる可能性があります。
300万円を超えるケースってどんな事故?
弁護士費用は経済的利益(損害賠償額とは一致しないことも多いです)により変動します。
弁護士費用特約には、その計算式が定められています。
代表的な弁護士費用特約では、例えば、経済的利益が1640万円であれば、着手金は税込み100万1000円です(1640万円×5%+9万円+税)。無事解決した場合の報酬金は、税込み200万2000円です(1640万円×10%+18万円+税)。
そのため、経済的利益が1640万円では、わずかに着手金と報酬金の税込み合計金額が300万円を超えることになります。
経済的利益が1640万円程度までになるのは、一概にはいえませんが、相当程度高い等級の後遺障害が認定された場合や死亡事案が多いと考えられます。
あなたも加入しているかも?弁護士費用特約は加入率が高い
自動車購入時にはあまり意識している人は多くないかもしれませんが、基本的に自動車購入時には、弁護士費用特約の加入を勧められているはずです。弁護士費用特約を付けても保険料はさほど増額せず、経済的負担も小さいため、多くの人が加入しています。
他方で、万が一事故にあったときに弁護士費用特約に加入していなければ、弁護士費用は全額自費負担となってしまい、最終的に手元に残る金銭が減ってしまいますので、ご自身が弁護士費用特約に加入しているかどうか、確認をした方がよいでしょう。
クレジットカードなど、自動車保険以外で加入しているケースもある
多くの方は、自動車保険に含まれる弁護士費用特約に加入していますが、中には、クレジットカード契約に含まれる弁護士費用特約に加入している方もいます。クレジットカードにも弁護士費用特約がつけられることをご存じの方は多くないかもしれません。
例えば、そもそも自動車を購入しておらず、自動車保険に加入していない方が、歩行中に自動車に轢かれた場合、自動車保険に加入していない以上、自動車保険の弁護士費用特約は使用できません。しかし、もしクレジットカードに弁護士費用特約を付けており、その事故が弁護士費用特約の対象となるのであれば、弁護士費用特約を使用することができます。
自動車保険に加入されていない方は、一度、クレジットカード等で弁護士費用特約に加入していないか、確認されることをお勧めします。
弁護士費用特約の適用範囲
ここでは、(1)誰が弁護士費用特約を使えるか、(2)どのような場合に弁護士費用特約が使えるか(逆に、使えないか)について説明します。
(1)の点は、代表的な弁護士費用特約では、次にあたる人が被保険者として、弁護士費用特約を使用できることになっています。
①記名被保険者
②記名被保険者の配偶者
③記名被保険者またはその配偶者の同居の親族
④記名被保険者またはその配偶者の別居の未婚の子
⑤①から④まで以外の者で、契約自動車の正規の乗車装置またはその装置のある室内に搭乗中の者
⑥①から⑤まで以外の者で、契約自動車の所有者
(2)については、保険金請求者が賠償義務者(交通事故の加害者)に対し、当該交通事故に関する損害賠償請求を行う場合の弁護士費用を、保険金として支払ってくれます。ただし、保険金(弁護士費用)を支払ってくれない場合も定められています。そのうち代表的なものを以下紹介します。
- 被保険者の故意または重大な過失によって発生した被害事故の場合
- 被保険者が運転資格を持たずに運転していた場合
- 被保険者について、酒気帯び運転や薬物使用状態にある間の事故の場合
- 地震もしくは噴火またはこれらによる津波によって生じた損害である場合
- 賠償義務者が上記(1)の①から④、⑥にあたる場合 等です。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
弁護士特約を使って弁護士に依頼するメリット
弁護士費用を気にせず依頼できる
交通事故の損害賠償請求を行う際、弁護士を介入させることには多くの利点があります。最終的な慰謝料等の損害賠償金額が増額することはもちろん、通院中の注意事項についてアドバイスを受けたり、相手方保険会社との連絡の窓口になってくれたりします。
弁護士費用特約のメリットは、何より、このような利点を、経済的負担なく(もしくは少なく)享受できるという点にあります。
慰謝料を含む損害賠償金額が大幅にアップする
交通事故の示談交渉段階では、保険会社は、被害者が自身で交渉している場合と、弁護士が介入している場合で、扱いを異にしています。
例えば、慰謝料について、被害者本人で交渉している場合には、自賠責基準や、それに近い保険会社基準というもので計算し、提示をしてきます。しかし、この基準で計算した慰謝料は低額で、適切な賠償内容ではありません。
他方、弁護士が介入すると、裁判基準というもので保険会社も計算をするようになり、慰謝料が増額することになります。このように、弁護士が介入すると、慰謝料を含む損害賠償金額が大幅にアップする可能性があります。
保険の等級は変わらない
対人保険や対物保険、車両保険を使用した場合、保険の等級が下がることにより、保険料が増額することになります。
他方、弁護士費用特約は使用したとしても、保険の等級が下がることはありません。
例えば、過失0の事故の被害者として、加害者に損害賠償請求する際、弁護士費用特約を使用しても、等級は下がることなく、保険料が増額することはありません。保険料の増額も気にすることなく、弁護士費用特約は使用することができます。
弁護士費用特約の使い方
交通事故が得意な弁護士を探す
交通事故にあったら、ます重要なのが、交通事故分野に精通した弁護士を探すことです。交通事故の被害にあった際、弁護士を介入させることが非常に重要です。最終的な賠償額の増額のみならず、通院時の注意点等についてアドバイスをもらうこともできます。
事故後、なるべく早い段階で弁護士に相談をすることで、知らず知らずのうちに取り返しのつかない状態になってしまうということを避けることもできます。まずは交通事故分野に精通した弁護士を探しましょう。
保険会社に連絡し、弁護士費用特約利用の同意を得る
弁護士を探した後は、弁護士費用特約保険会社に連絡をする必要があります。弁護士費用特約を使用するためには、当然、保険会社に利用の同意を得る必要があるためです。
法律相談料も弁護士費用特約により支払いがなされますので、実際に法律相談をする前には、弁護士費用特約保険会社には連絡をしておくのが良いです。実際に弁護士に依頼することとした場合も、事前に保険会社に確認をしておくのがよいでしょう。
弁護士に弁護士費用特約を使いたいと伝える
弁護士費用特約を使用する場合、弁護士は弁護士費用特約会社から支払を受けることになりますので、弁護士にも弁護士費用特約を利用する旨を伝える必要があります。そのため、法律相談を行う前段階から、弁護士に対しても、弁護士費用特約を使用する旨を伝えるのがよいでしょう。
実際に依頼する際も、事前に、弁護士に対して弁護士費用特約の使用を希望する旨を伝える必要があります。弁護士によっては、弁護士費用特約を使用する場合には受任しないということもあるためです。
弁護士を変更したくなった場合
依頼者は、弁護士をいつでも解任することが可能です(民法651条)。
そのため、弁護士を変更したくなった場合には、まずは弁護士との委任契約を解除する必要があります。その後、新たな弁護士と委任契約を締結することになります。
注意点として、解任をした弁護士に対しても、少なくとも着手金が発生していることが通常です。その費用を弁護士費用特約により支払った場合、弁護士費用特約の上限300万円のうち、20万円は使用済みということとなり、残り280万円が上限となります。
そのため、仮に次の弁護士に対する報酬が合計290万円となった場合、280万円までしか弁護士費用特約が支払わないため、10万円分は自ら弁護士費用を負担しなければなりません。
弁護士費用特約が特に効果的なケース
被害者に過失がないケース
弁護士費用は、事案の難易度等によっても変動しますが、基本的には経済的利益により変動します。加害者の賠償額が大きいほど、経済的利益も大きくなることが多いです。
被害者に過失があるケースでは、加害者への賠償請求額過失分低くなり、結果的に弁護士費用も低くなる可能性があります。
逆に、被害者に過失がないケースでは経済的利益も大きくなり、弁護士費用も高くなることが考えられます。したがって、弁護士費用特約を使用することのメリットも大きくなります。
後遺症が残りそうなケース
交通事故の負傷が、その後の治療により完治することが、被害者の方にとっては最も重要なことではありますが、他方で、一定数、完治せずに症状が残ってしまうケースが存在します。そのような場合、「後遺障害」というものが認められれば、その等級(ランク)に応じて、加害者に損害賠償請求できる金額が上がります。
後遺障害が認められるか否か、また、その等級はどうかにより、損害賠償請求額は大幅に変わってきます。重度の後遺障害が認定されるケースでは、弁護士費用も数百万円ということがあり得ます。
そのような弁護士費用が上限300万円まで軽減できるとなれば、非常に被害者の方にとってはメリットが大きいといえるでしょう。
加害者が無保険のケース
加害者が無保険というケースが稀に存在します。
自賠責保険にも何かしらの事情で入っていなかったり、自賠責保険には加入しているものの、任意保険には入っていなかったりする場合です。
このような場合、相手方個人に請求せざるを得ない側面がありますが、一般の方が加害者個人に対して損賠償請求をするのは非常にハードルが高いでしょう。また、任意の交渉では埒が明かず、訴訟提起せざるを得ないことも多いと考えられます。
いずれにしても、加害者が無保険の場合には弁護士が介入しないと解決に至らないことも多く、弁護士介入の必要性が高いところです。弁護士費用特約がついていれば、弁護士費用の負担が軽減し、適正な解決に至れる可能性が高まります。
請求できる損害賠償金額が小さい事故のケース
請求できる損害賠償金額が小さい事故の場合にも、弁護士費用特約が有効です。
損害賠償金額が小さくとも、業務を行う以上、一定額以上の弁護士費用は必ず必要になります。賠償額が小さいにもかかわらず、一定額以上の弁護士費用がかかるとすると、実質的に、被害者の方の手元に残る賠償金がほとんどないということになってしまいます。
弁護士費用特約により、弁護士費用全額が弁護士費用特約によって賄われたならば、手元に残る賠償金が低額ではあっても、そのまま残せることになります。
弁護士費用特約に関するQ&A
保険会社が弁護士特約の利用を嫌がります。諦めるしかないでしょうか?
約款上、弁護士費用特約を使える状況なのであれば、弁護士費用特約を使用することは加入者の権利です。保険会社が弁護士費用特約の利用を拒むことはできません。
保険会社としては、弁護士費用を負担しなければならないため、一部、弁護士費用特約の使用を渋るところもあるかもしれませんが、屈することなく、正式に弁護士費用特約を使用する旨を伝えましょう。
それでも渋るようであれば、担当者の部署の上司に代わってもらうとか、依頼予定の弁護士から保険会社に話をしてもらうといった対応を取るのがよいかもしれません。
弁護士特約のデメリットはありますか?
弁護士費用特約自体にデメリットはありません。
弁護士費用の全部又は一部を保険会社が負担してくれるという内容であり、不利益はありません。
弁護士費用特約を使用する場合、弁護士を自由に選択できないのではないか、と思われる方もいますが、弁護士は自由に選ぶことができます。保険会社が弁護士を積極的に紹介してくることはあるかもしれませんが、どの弁護士に依頼するかは自由ですし、どの弁護士に依頼しても、弁護士費用特約は使用することができます。
弁護士特約を使うタイミングはいつがいいですか?
弁護士費用特約を使うタイミング、すなわち、弁護士に依頼するタイミングはいつが良いかという点についてご説明します。
交通事故は、治療終了後の損害賠償請求が最も重要な点ですが、それまでの間にも、物損処理、通院中の注意点、一括対応延長交渉、後遺障害等級申請等、処理すべき問題が多く存在します。これらの問題も、弁護士が介入していた方が、適切な対応ができる可能性が高まります。したがって、基本的には事故からなるべく早い段階で弁護士を介入させた方がよいと考えられます。
事故後に加入しても弁護士費用特約を使えますか?
保険一般にいえることですが、 保険金の支払いを受けるためには、事故時に保険に加入している必要があります。
弁護士費用特約も同様です。弁護士費用特約に加入している状況で発生した事故でなければ、弁護士費用特約を使用することはできません。
すなわち、事故後、弁護士費用特約に加入したとしても、当該事故の損害賠償請求に際し、弁護士費用特約を使用することはできません。
早めにご自身が弁護士費用特約に加入しているかどうかを確認することをお勧めします。
1事故1名当たりの補償ということは、1事故2名なら補償も2倍になるのですか?
自動車に2人乗っていたときに追突事故にあったとします。この場合、被害者が2名です。
このような場合、弁護士費用特約はどのように適用されるかというと、被害者それぞれが、弁護士費用特約を使用できます。
すなわち、被害者Aの弁護士費用が280万円となった場合、弁護士費用特約で280万円が支払われます。被害者Bが200万円の弁護士費用となった場合、弁護士費用特約で200万円が支払われます(それぞれ、上限は300万円です)。
他方、被害者Aの弁護士費用が330万円、被害者Bの弁護士費用が50万円であった場合、Aについては300万円が、Bについては50万円が、それぞれ弁護士費用として支払われます。「併せて380万円で、600万円(300万円×2人分)だから、合計380万円が支払われる」ということではありません。
まずは弁護士にご相談ください
交通事故は、早期に弁護士に相談をし、適切なタイミングで弁護士を介入させることが、適切な賠償を受けるために重要なことです。しかしながら、弁護士を介入させるためには一定の費用が必要となり、一定程度負担が生じるのは間違いありません。
弁護士費用特約を使用することができれば、弁護士費用の負担なく、または最小限にすることができ、かつ、適正な賠償金を獲得できる可能性が高まります。この記事を読んでいただいた方は、是非弁護士費用特約に加入しているかどうかをご確認の上、加入していない場合には、加入を検討していただくことをお勧めいたします。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)