
監修弁護士 伊東 香織弁護士法人ALG&Associates 横浜法律事務所 所長 弁護士
- 残業代請求対応、未払い賃金対応
業務効率化や人件費の予測が立ちやすくなる点からメリットの大きい「固定残業代」制度。便利な固定残業代ですが、導入には注意が必要です。
固定残業代が有効と認められるためにはいくつかの要件があり、労働者とトラブルになった結果認められなければ、基本給や手当の一部とみなされてさらに割増賃金を支払う羽目になりかねません。
それでは、固定残業代が有効になる要件とは何か、企業がするべき対応とはどのようなものか、判例を参照しながら見ていきましょう。
目次
固定残業代制が有効になる要件とは
固定残業代が有効になる要件は、大きく分けて①判別可能性、②対価性の2つです。
明確区分性
「明確区分性」とは、労働契約において「通常の労働時間の賃金」に当たる部分と「割増賃金」に当たる部分とが明確に区別できることを言います。
この区別ができない場合、時間外労働の対価について形式的には法律で決まった方法以外の支払方法の合意をしていても、法的には無効になってしまいます。無効になってしまうと、割増賃金を支払ったことにはならず、この部分は月給に組み込まれることになります。
対価性
「対価性」とは、明確区分性を判断するための要素の一つです。
すなわち、通常の労働時間の賃金と割増賃金との判別ができるというためには、固定残業代とされている支払いが、時間外労働等に対する対価として支払われていることを要します。
これを判断するためには、単に労働契約書にそのように記載されているというだけでは足りず、当該手当の名称や算定方法、当該労働契約に定められている賃金体系全体における当該手当の位置づけ等も検討する必要があります。
差額支払の規定と実態
固定残業代を採用していたとしても、固定残業代で賄える分を超える時間外労働があった場合は、その分の割増賃金を支払わなければならないことは当然です。
このような差額を支払うことが規定・説明され、それだけではなく実際に差額を計算の上支払われているという実態があれば、上記の対価性、ひいては明確区分性を立証しやすくなると考えられます。
固定残業代が無効と判断された場合のリスク
固定残業代が無効になると、割増賃金を支払ったことにはならず、この部分は月給に組み込まれることになります。
すなわち、固定残業代のつもりで払っていた部分までもが月給扱いになり、この額を基礎として算定された割増賃金を遡って支払う義務が生じるということです。
そうなると、割増賃金計算のコスト等を削減するために固定残業代を採用したのに、結局本来の月給で計算するよりも高額な割増賃金を支払うことになってしまいます。
割増賃金の有効性に関する最高裁判決【国際自動車事件】
上記のようなリスクを避けるためには、過去に割増賃金の有効性についてどのような判断がされたかを知っておくことが有用です。
ここでは、令和2年3月30日最高裁判決、通称「国産自動車事件」を紹介します。
事件の概要
タクシー乗務員ら(Xら)が、タクシー会社(Y社)に対し提訴した事件。
Y社の賃金規則では、乗務員の賃金として、基本給、服務手当、交通費、歩合給及び割増金(残業手当等)を支給することとされていたところ、歩合給の計算に当たり売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除すると定められていた。
この「割増金」が割増賃金に当たるかが争点となった。
裁判所の判断
割増賃金について定めた労働基準法37条の趣旨は、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行うことにある。
そうすると、割増金の額がそのまま歩合給の減額につながるという上記の仕組みは、当該売上げを得るために生じる割増賃金を経費と見て、その全額をXらに負担させるに等しく、上記趣旨に沿わない。
また、割増金の額が大きくなり歩合給が0円となる場合には、出来高払い部分の賃金について割増金のみが支払われることになる。
しかし、この場合における割増金を「時間外労働等に対する対価」と考えると、出来高払い部分の賃金につき「通常の労働時間の賃金」に当たる部分がなくなってすべてが割増賃金であるということになるが、これは法定労働時間を超えた労働に対して支払われるという、割増賃金の本質から逸脱している。
以上からすれば、本件の「割増金」は結局、「通常の労働時間の賃金」も含んでいるということであり、実質として、出来高払い制の下で本来は歩合給として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合にはその一部につき名目のみを割増金に置き換えるものである。
このような仕組みの下では「通常の労働時間の賃金」と「割増賃金」とが明確に区分されているとは言えない。
よって、Y社のXらに対する割増金の支払いにより、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということはできない。
ポイント・解説
対価性の有無について、労働契約書の記載内容のほか諸般の事情を考慮すべきとの考え方を前提に、労基法37条の趣旨も踏まえて、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置づけ等にも留意すべきことを新たに示したのが本判決です。
本件「割増金」は、その名称や算定方法からすれば、時間外労働等に対する対価として支払われていることが明らかに思われる事案でした。
しかし、賃金体系の仕組みから具体的に考えると、ある部分は確かに対価性が認められるものの、ある部分には対価性がなく、結局明確区分性がないという結論になっています。
最高裁判決が固定残業代の有効性に与える影響
本判決では、固定残業代とされている部分の賃金制度の名目や算定方法を切り出して見れば対価性があるような場合でも、他の種別の賃金との関係で慎重に考えることが必要であることが示されたため、今後固定残業代の有効性が認められるハードルは高くなったと言えます。
本件で問題になった賃金規則と同様あるいは類似の仕組みにより、時間外労働がされても総賃金が増えないような賃金制度が採用されているような場合には本判決の判断枠組みが参考になります。
ただしあくまでも事例判断であり、判断要素も抽象的ですから、固定残業代の有効無効については予測可能性が依然として残されています。
企業に求められる対応と実務上の注意点
企業は今、国産自動車事件を踏まえてもなお自社の固定残業代が有効かを見直す段階にあります。その見直しに当たっては、参照しなければならない法令や付随する問題が存在します。
以下見ていきましょう。
給与規程(賃金規程)の見直し
まず、現在の固定残業代部分が、その名目や算定方法のみならず、給与規程全体から見て判別可能性ないし対価性を有すると言えるかを見直す必要があります。
一見時間外労働等に対する対価性が認められそうでも、全体から見て「通常の労働時間の賃金」として支払われている部分=対価性がない部分もあるということでは明確に区別されているとは言えず、固定残業代が有効となる要件を満たしているとは言えませんので、注意が必要です。
最低賃金法の遵守
固定残業代の有効性を確保しても油断はできません。
最低賃金法の定める最低賃金を下回っているかどうかの判断の対象となる賃金は、「通常の労働時間の賃金」です(最低賃金法4条3項)。一時金や時間外労働等に対する賃金は含まれません。
すなわち、固定残業代を基本給に含めて支払っている場合は、最低賃金を下回っているかどうかは、固定残業代を除いた部分の額で判断されるということです。
最低賃金は毎年改定されるものです。固定残業代を引いた基本給が最低賃金を上回っているかどうかは必ず確認しましょう。
労働条件の不利益変更にも注意
基本給の一部を固定残業代に振り分けるという決定をすることを考えてみましょう。賃金総額としては変更がなく、形式的には不利益変更とは言えないようにも思えます。
しかし実際には、「通常の労働時間の賃金」を引き下げているわけですから、労働条件の不利益変更に当たります。そのため、基本給の一部を固定残業代に振り分けるという決定をするには、労働者への周知と、この変更が合理的であることが必要不可欠です(労働契約法10条)。
なお、固定残業代の減額や廃止も当然に不利益変更に当たります。
固定残業代制に関するお悩みは、実績豊富な弁護士法人ALGにご相談下さい。
一口に固定残業代といっても、どのような形で導入しているかは企業によって様々です。
固定残業代の有効性を判断するための方法も複雑で、こういった固定残業代であれば絶対大丈夫という基準が示されているわけではありません。さらに、固定残業代にまつわる種々の法的問題もあります。
とはいえ、いざトラブルになってしまえば、固定残業代が無効であるとして多額の割増賃金支払請求が来るリスクもありますから、おざなりにすることもできません。
弁護士法人ALGであれば、固定残業代を含めた賃金体系について、法的に問題がないかをアドバイスすることができます。まずはお気軽にご相談ください。
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保有資格弁護士(神奈川県弁護士会所属・登録番号:57708)
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