子会社従業員からの団体交渉への対応について

子会社従業員からの団体交渉への対応について

親会社は子会社の上部にある会社ですが、どういった場合に親会社、子会社というのでしょうか。また、通常、団体交渉は、従業員が直接所属する会社に対して行うものですが、子会社の従業員が、「親会社」に対して団体交渉を持ち掛けてきた場合、親会社としてはどのように対応することになるでしょうか。

以下、解説していきます。

「親会社」と「子会社」の関係とは?

会社法上には親会社と子会社の定義規定がありますが、親会社とは、会社(子会社)の議決権総数の過半数を有するような会社のことをいいます。

このような親会社は、子会社の経営方針等を決定することが可能となります。つまり、「親会社」と「子会社」との間には、親会社が子会社の経営を支配するという関係性があることになります。

子会社の従業員からの団体交渉に親会社は応じる義務があるか?

通常、団体交渉は、その従業員の直接の雇用主である会社に対して行います。他方、中には、子会社の従業員が直接の雇用主である子会社ではなく、その親会社に対して団体交渉を持ち掛けるケースがあります。

このような場合に、親会社としては団体交渉に応じなければならないのでしょうか。以下で解説していきます。

労働組合法における親会社の「使用者性」

親会社が団体交渉に応じる義務があるか否かは、その親会社が、労働組合法7条に定める「使用者」に該当するかどうかにより決まります。

そのため、その親会社が、「(子会社の)労働者の基本的な労働条件等について雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位」にある場合には、当該親会社も「使用者」に該当すると考えられます。

①労働組合法上の使用者性が肯定された事例

親会社について、労働組合法7条の使用者性を肯定したと考えることができる事例(東芝アンペックス事件 神奈川地労委 昭和59年3月31日命令)を紹介します。

事件の概要

本件は、東芝アンペックス(子会社)の従業員が、親会社である東芝にも、東芝アンペックスの解散に関する団体交渉の申し入れを行ったのに対して、東芝は東芝アンペックスの労働組合と団体交渉を行う当事者ではないとして団体交渉を拒否した事案です。

東芝アンペックスの労働組合側は、東芝の団体交渉拒否が不当労働行為に当たるとして申し立てを行いました。

労働委員会の判断(神奈川地労委 昭和59年3月31日命令)

労働委員会は、「(東芝は)株主としての立場からする以上に、会社(東芝アンペックス)の経営を左右しており、特に会社の労働関係については、実質的にその支配力を行使していた」ことから「東芝もまた会社(東芝アンペックス)とともに団体交渉の当事者たる責任を負うべき立場にある」とした上で、「組合が申し入れた団体交渉を東芝が拒否したことに正当な理由は認め難い」「不当労働行為と言わねばならない」と判断しています。

ポイント・解説

この事案では、親会社が、いかに子会社の経営、特に労働関係に実質的な支配力を有していたかが検討されています。多くの事実が認定・評価されていますが、そのいくつかを列記していきます。

②親会社及び持ち株会社の使用者性が否定された裁判例

親会社について、労働組合法7条の使用者性を否定した事例(タワーセミコンダクターリミテッド事件 兵庫県労委 平成30年3月22日命令)を紹介します。

事件の概要

子会社の100%株式を有するタワーセミコンダクターリミテッド(親会社)に対し、子会社の従業員が、就業規則で定める以上の退職一時金の要求を行った事案です。この事案では、タワーセミコンダクターリミテッドが労働組合法7条の使用者に該当するかどうかが争われました。

労働委員会の判断(兵庫県労委 平成30年3月22日命令)

労働委員会は、「会社(タワーセミコンダクターリミテッド)がY2(子会社)の従業員の退職条件について、Y2会社と同視できる程度に現実的かつ具体的に支配決定することができる地位にあったとは認められないから、会社は、本件において労組法第7条所定の使用者には当たらず、また、本件について不当労働行為責任を負う者にも当たらないと判断するのが相当である」と判断しています。

ポイント・解説

本件では、

という事実が認められることから、資本関係や役員派遣等を通じて親会社が子会社の経営に一定の支配力を有していたと評価しています。

また、

という事実について、子会社の運営についても一定の関与をしていたと評価しています。

他方で、これらの支配力や関与は、企業グループの経営戦略的観点から親会社が子会社に対して行う管理・監督の域を超えないと判断しています。

そして、子会社の退職条件自体は、親会社の役員を兼ねている代表取締役ではない、子会社の別の代表取締役が中心となって独自に決められている点を踏まえ、親会社として子会社における労働関係を支配し、従業員の退職条件について雇用契約上の使用者と同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することのできる地位にあったと認定することはできない、と判断しています。

子会社の従業員から団体交渉を求められた場合の適切な対応

子会社の従業員から団体交渉を求められた場合、親会社としてはどのように対応するかについて裁判例を踏まえて検討する必要があります。

雇用関係がなくても誠実に対応する

直接の雇用関係がないことから直ちに団体交渉に応じる義務がないということにはなりません。そのため、直接の雇用関係がなかったとしても、団体交渉の申し入れがあったこと自体は真摯に受け止め、何ら検討することなく団体交渉を拒否するといった対応はしないようにしましょう。

団体交渉の議題を十分に精査する

親会社として団体交渉に応じる義務があるかどうかを判断するためにも、どのような内容が団体交渉の議題となっているかを十分に精査する必要があります。

親会社の決定権・影響力を調査する

団体交渉の議題となっている事項について、親会社として具体的にどのように関与してきたかを精査しましょう。全く関与していないのか、報告だけは受けていたのか、報告を受けるだけでなく具体的な指示までしていたのか等を決定権への関与度合いを整理する必要があります。また、持株割合、役員や管理職の構成(親会社からの派遣の有無)等の事情も調査する必要があります。

その上で、一般的な観点からはもちろん、特に団体交渉の議題となっている事項に関して、親会社としての決定権、影響力の大きさを調査し、それが直接の雇用主である子会社と同視できる程度のものなのであれば、団体交渉に応じなければなりません。

子会社の従業員からの団体交渉でお困り際は弁護士にご相談下さい。

子会社の従業員から団体交渉の申し入れがされた際、直接の雇用主ではないことから安易に団体交渉を拒否するケースも散見されるところです。しかしながら、ケースによっては、不当労働行為との認定を受けてしまう可能性があり、慎重に判断する必要があります。是非専門家である弁護士にご相談ください。

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労災や過労死が発生した場合、会社に会社責任が生じることがあります。そのため、労災や過労死が発生しない体制作りをすることが重要となりますが、万が一、労災や過労死が発生してしまったときには、適切な初動対応をすることで、会社への影響をなるべく抑えていく必要があります。

本ページでは、労災や過労死が発生した場合に、会社が取るべき対応等について解説していきます。

労災・過労死が起きた場合に会社が取るべき対応とは

労災や過労死は様々な原因によって発生するものであり、会社としてこれさえしておけばよいという決まった対応策があるわけではありません。

そのうえで、会社の対応としては、労災や過労死が発生した場合、会社としては、必要な関係各所に連絡をして情報共有を図るとともに、発生原因を調査して明確にしていくということが考えられます。

従業員の過労死で問われる会社の責任

社内で過労死が発生してしまった場合、会社にも責任が生じることがあります。会社の責任については以下の2つの観点から説明していきます。

法的責任

会社は、従業員を雇用して指揮命令を下し、従業員の労働力を利用して利益を上げる活動を行っています。

そして、会社は、従業員の労働の対価として賃金を支払っているわけですが、賃金以外に、各従業員について、労働内容や健康状態を把握しておき、従業員の健康や安全が損なわれないようにするための措置をとるべき安全配慮義務を負っています。

つまり、過労死が発生した場合、会社には雇用契約上の安全配慮義務違反という形で法的責任が生じる可能性があります。

賠償責任

従業員の過労死について、会社の安全配慮義務違反がある場合、あるいは、会社の従業員に対する不法行為が認定される場合には、会社は、従業員に対して損害賠償義務を負うことがあります。

過労死等防止対策推進法における「過労死」の定義

過労死の定義は、過労死等防止対策推進法2条により、以下のように定められています。

厚生労働省が定める過労死ラインとは

厚生労働省が定めている過労死ラインとしての労働時間の目安については、時間外労働が1ヶ月あたり100時間以上、または、2~6ヶ月の平均が80時間以上となれば、過労死との関連性が強いとされています。

もっとも、過労死は、労働時間の不規則性、事業場外における移動を伴う業務、心理的負荷・身体的負荷を伴う業務、労働環境などの様々な要因で発生することから、労働時間の点だけ気にしておけばよいというわけではありません。

過労死の労災認定基準

厚生労働省によれば、過労死が労災として認定されるためには、脳・心臓疾患が業務での明らかな過重負荷を受けたことにより発症したことや、特定の精神障害が業務での強い心理的負荷のみによって発症したことなど要件を満たす必要があります。

労災保険の申請について

会社で労災が発生した場合に労災保険を申請するためには、一定の手続きを取る必要があります。労働者自身が行うべき手続きも、会社側で行うべき手続きもありますので、手続きの内容を把握して、迅速に手続きを行わないと、被害回復が遅れることにつながってしまいます。

労災・過労死が発生した際の初動対応

労災や過労死が発生してしまった場合、会社の初動対応として、迅速で適切に対処することができれば、労災や過労死から生じる会社の責任や損害を抑えることができますし、労働者の損害回復にもつながるといえます。そこで、初動対応として検討されるものを以下に列挙して説明していきます。

救急車や警察への通報

労災や過労死に該当しうるような事態が会社内で発生した場合、会社は、労働者を救護して、適切な治療につなげるためにも速やかに救急車の出動要請を行うべきですし、発生状況を保全しておくために警察への通報も行うべきです。

労働基準監督署への届出

労災が発生した場合、会社は所轄の労働基準監督署に対して、労働者死傷病報告書を提出する義務がありますので、労働基準監督署への連絡も必要となります。

被害者・遺族への対応

労災や過労死については、会社には、安全配慮義務違反及び不法行為に基づく損害賠償責任、または、使用者責任としての損害賠償責任が生じることがありますので、発生した損害の回復に対して適切に対応する必要があります。

また、損害を補填する点以外でも、被害者や遺族に対して、発生原因の調査報告や再発防止策の説明等の対応をしていく必要があります。

事故原因の調査

会社は、労災や過労死が発生した場合、発生原因を調査する必要があります。

労災であれば、機械設備の不調等の物的要素と労働者の操作方法を誤った等の人的要素がありますし、過労死であれば、長時間労働や職場内でのハラスメント、精神的・身体的負荷の業務の蓄積などが挙げられます。

そして、原因調査の際には、直接的な原因でものだけでなく、間接的な原因まで掘り下げて調査していくべきだといえます。

例えば、労災について労働者の機械操作ミスで済ますのではなく、操作ミスが生じた作業状況についても検討しておくべきといえますし、過労死について上司のパラハラで済ますのではなく、パラハラが生じた職場環境についても検討しておくべきといえます。

会社に求められる再発防止策の徹底

会社として、労災や過労死が発生してしまったときに重要になることは、発生した事案に対する適切な対応はもちろん、同じような事案を繰り返さないようにするための再発防止策を講じることです。再発防止のために、労災や過労死の発生の原因を調査し、原因となった事由について、再発を防止するために必要となる対策の検討していき、検討した防止策を社内に周知して実行していくことになります。

従業員の過労死で使用者への責任が問われた判例

恒常的に長時間の残業を伴う業務に従事していた従業員が、うつ病に罹患して自殺をしたケースにおいて、遺族が会社に損害賠償を求めた事案で、会社の損害賠償責任が肯定された判例があります(【電通過労自殺事件】・最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決)。

事件の概要

原告の長男は、大学卒業後に大手広告代理店である被告会社に入社しましたが、当初から、恒常的に長時間にわたる残業を行うことが状況となっており、次第に労働時間が長期化していく傾向にありました。

その後、業務遂行のために徹夜をすることもある状態となり、被告会社の上司らは、原告の長男の労働時間の状況を認識していましたが、具体的な対応としては、業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようといったと指導したのみで、原告の長男の労働環境の改善に対する適切な対処をしていませんでした。

その後、原告の長男は、うつ病に罹患し、業務を終えて帰宅後に死亡しているところを発見されたことから、原告が被告会社に対して損害賠償を求める訴訟を提起しました。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

原審は、原告の長男が長時間労働の日々が続くことをむなしく感じ、うつ病によるうつ状態が深まって、衝動的、突発的に自殺したとして、長時間労働と自殺の関連性が認められるとし、最高裁も原審の認定を肯定して、原告の被告会社に対する損害賠償請求を認めました。

ポイント・解説

本判決では、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」として、安全配慮義務には労働者の心身の健康配慮への配慮する義務が含まれることを認定しました。

そして、自殺は本人の自由意思に基づく労働者の故意による死亡ではありますが、本判決では、業務と自殺との間に因果関係を認めた点に意義があるといえます。

会社としては、従業員の心身の健康に配慮し、労働者の過労死につながる事態が生じないように、適切な業務配分を心がけるとともに、状況に応じた業務の負担軽減措置を講じる必要があります。

よくある質問

以下では、労災や過労死に関する対応についてよくある質問について説明をしていきます。

過労死した従業員の相続人が誰であるかを確認する方法はありますか?

死亡した労働者の出生から死亡までの全ての戸籍謄本等を取得することで相続人に該当する者がいるかどうかを確認することができます。

労災の原因が被災者にもあった場合、賠償金の支払いは不要となるのでしょうか?

労災の原因が被災者にあるからといって、会社の賠償責任が否定されるわけではありません。ただし、被災者側の過失の程度に応じた減額がされることはあります。

会社による労災隠しが発覚した場合、どのような罪に問われますか?

労災隠しを行った場合、労働基準監督署に対する労働者死傷病報告の提出義務違反を問われることになり、労働安全衛生法120条第5号に基づき、50万円以下の罰金が科されることになります。

従業員の長時間労働による過労死を防ぐにはどうしたらいいですか?

長時間労働による過労死を防ぐにために、前提として、従業員の労働時間について適切に労務管理を行うことでモニタリングして、業務過多にある労働者に対しては、業務負担の軽減措置を講じしたり、有給休暇を消化させるなどのリフレッシュの機会を設けたり、労働者の状態によっては病院への受診を進めるなどの対応が必要となります。

労働災害に対する損害賠償では、逸失利益についても請求されるのでしょうか?

労災に関する損害賠償には労働者の逸失利益の損害項目に含まれることになりますので、労働者の年齢や収入によって逸失利益が非常の高額となり、会社の賠償責任が大きくなることがあります。

社内で過労による自殺者が出た場合、会社名が公表されことはありますか?

厚生労働省や労働基準監督署による長時間労働に対する是正指導の一環として、違法な長時間労働による過労死が発生した会社については、会社名が公表される制度があります。また、制度に基づく公表以外にもSNSを含めた情報の流布によって事実上公表された状態になることもありえます。

会社の安全配慮義務違反による損害賠償請求には時効があるのでしょうか?

安全配慮義務違反に基づく損害賠償については、債務不履行責任に基づく構成と不法行為に基づく構成の2つのパターンが考えられます。どちらの構成については時効があり、前者については、権利を行使することができることを知った時から5年間、または、権利を行使することができる時から20年間となっており、後者については、損害および加害者を知ったときから5年間、または、不法行為が行われたときから20年間となっています。

過労死の労災認定において、会社にはどのような資料の提出を求められますか?

会社が提出を求められる資料は多岐にわたり、使用者報告書のほか、会社全体の組織図、労働者の所属している部署の組織図、雇用契約書や採用時の履歴書、労働者の労働内容や労働時間が把握できる業務日報やタイムカード、労働者の健康診断の受診の有無や結果が把握できる資料など、労災発生に関連する様々なものが挙げられます。

過労死が発生した場合、会社役員が賠償責任を問われることはあるのでしょうか?

労働者に対する安全配慮義務は、直接的には会社の責任を規定するものではありますが、労務に関する体制構築を担当している取締役や、小規模の会社で会社全般の業務を管理している代表取締役については、会社役員の善管注意義務、忠実義務の一環として、労働者の健康や安全を害すことのない体制を構築することが求められ、これを怠って過労死が生じた責任が肯定される可能性があります。裁判例においても、会社とともに、代表取締役等の損害賠償責任が肯定された事案があります。

労働災害が発生した際、被害者や遺族に接する上で注意すべき点はありますか?

労災が発生した場合、会社は被害者や遺族への配慮を十分に行う必要があり、被害者や遺族が給付金をスムーズに受け取れるよう、請求手続きをサポートしたり、責任を追及されたときにも誠実に対応し、必要な補償を行っていく必要があります。また、発生原因の調査や再発防止策の説明等を通じて、被害者や遺族の心情に寄り添った対応も求められます。

労働問題の専門家である弁護士が、労働災害や過労死の対応についてサポートいたします。

労災や過労死が発生した場合には、適切な初動対応を取っておくことが、高額な損害賠償義務が発生や事後的なトラブルの拡大を防止するうえで重要となります。

労災や過労死については、被害者や遺族が存在する場合も多く、デリケートな問題も含む傾向になるため、社内対応だけで処理することが難しい場合もあります。

労災や過労死についてご不安がある場合、専門的な知識と経験を有する弁護士に対応を依頼することをおすすめします。

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退職した従業員からパワハラがあったと訴えられた場合、会社としてはどのように対応すればよいのでしょうか。本ページでは、退職後の従業員からパワハラで訴えられたときの会社の対応について解説します。

従業員の退職後にパワハラで訴えられることはある?

在職中の従業員から、上司や同僚からパワハラを受けたので対処してほしい、あるいは防止してほしいと相談されることも多いと思いますが、 パワハラ被害は、従業員が退職した後であっても訴えることができますので、退職後の従業員が会社や行為者(パワハラした加害者)に対して、訴えることは考えられます。在職中ではないからこそ、請求するということは多いです。

なぜ退職後に訴えるのか?

パワハラの被害に遭った場合、在職期間中に就業環境の改善を求めて被害を申告することがありますが、一方で、在職期間中は、社内の人間関係等に気を遣い、パワハラを申告できないことも考えられます。

また、パワハラの態様が酷い場合や、パワハラを申告したとしても会社が適切な対応をしない場合などには、すぐにでもパワハラから逃れるために、まずは退職し、その後に訴えることが考えられます。

パワハラの損害賠償請求には消滅時効がある

パワハラを理由とする損害賠償請求権には、①契約上の債務不履行という構成と、②不法行為という構成があります。仮に、①契約上の債務不履行の構成を取る場合には、通常、パワハラが発生してから5年の消滅時効となります。

他方で、②不法行為の構成を取る場合は、仮にパワハラによってけがをしたり精神疾患にり患したりしたような場合には、「身体を害する不法行為」として5年の消滅時効となります。他方で、そうした状態に至らないような場合は、3年の消滅時効となります。

退職後にパワハラで訴えられたときの会社側の対応

退職後であったとしても、従業員に対するパワハラがあったのだとすれば、会社に法的責任が生じ得ます。訴えられたときには、以下の対応をしていく必要があります。

早い段階で弁護士に相談する

従業員からパワハラの慰謝料等の請求をされた場合、紛争を激化しないためにも、早い段階で専門家である弁護士に相談し、具体的な対応を依頼することが重要です。

事実関係を確認する

パワハラの申告があった場合には、まず従業員が申告しているパワハラについての事実を調査します。

使用者は、訴えのあった事実関係があるのかないのか、当事者の事情聴取や、必要に応じて第三者の事情聴取等も行うなどして、調査確認する必要があります。

会社内での調査の結果をもとに、パワハラにあたり得る行為があるかどうか、そのような行為が法的にパワハラと評価されるのか等の検討、判断を行います。

被害者と示談交渉を行う

会社が調査した内容、判断に基づき、パワハラの事実が認められたような場合、会社は、被害者に対して、誠実に対応する必要があります。

パワハラが認められる場合には、会社として、事実関係を争うのではなく、被害者(退職した従業員)に謝罪や補償を提案することで、早期解決に注力することが求められます。

加害者への懲戒処分を検討する

会社の調査により実際にパワーハラスメントに該当する事実があったことが判明した場合、その程度に応じて、加害者である従業員に対し、懲戒処分を検討していく必要があります。

被害者が既に退職していたとしても、加害者を放置しない態度を示すことで、被害者との和解も成立しやすくなると考えられますし、在職中の従業員からの信頼を得ることも期待できます。

なお、加害者に対する懲戒処分については、処分の必要性や処分内容の適当性を慎重に判断する必要があります。

再発防止策を検討・強化する

令和4年4月から、使用者には、パワハラ防止措置を講じることが義務付けられています。

会社としては、パワハラ防止対策を実施、強化するために、相談窓口の設置、従業員に対する研修の実施、パワハラ防止措置をとっている場合にはそれが機能しているかの再検証等を行うことを検討し、再発防止に向けた努力をしていく必要があります。

パワハラ問題で会社が問われる法的責任とは?

パワーハラスメントによって会社が問われる法的責任には、以下のものがあります。

使用者責任

「使用者責任」とは、業務内で、会社の従業員が他者に対して何らかの損害を加えた場合において、加害者である労働者と連帯して会社が損害を賠償しなければならない責任のことをいいます。

会社が直接行うわけではありませんが、会社の従業員が他の従業員に対してパワハラを行った場合には、使用者責任が成立し、加害者である従業員のみならず、会社が損害賠償責任を負う可能性があります。

債務不履行責任

会社は、従業員と締結している雇用契約付随する義務として、当然に労働者にとって快適な就業ができるように職場環境を整える義務(職場環境配慮義務)を負っていると考えられています。

そのため、会社は、パワハラ防止措置をとらなかったり、パワハラの事実を認識したにもかかわらず何らの対応もしなかったりして、他の従業員に損害が生じた状況になれば、雇用契約上の義務である安全配慮義務違反による損害賠償義務を負う可能性があります。

従業員の退職後にパワハラで訴訟を起こされた事例

退職後にパワハラで訴訟を起こされたものとして、東京地裁平成22年7月27日判決があります。

事件の概要(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

事件の概要(東京地裁平成22年7月27日判決)

消費者金融会社に勤務していた従業員3名が、上司及び会社を被告として、パワーハラスメントによる損害賠償請求訴訟を提起した事案です。

原告のうち1名は、被告上司のパワハラにより、抑うつ状態を発症したとして、慰謝料とともに治療費及び休業損害も請求しました。

本件において、被告上司は、原告らに対し、以下のような行為をしました。

裁判所の判断

裁判所は、被告会社内では、被告上司が著しく一方的かつ威圧的な言動を行ったり、横暴な態度をとったりすることが常態となっていたと認められるとした上、たばこ臭いとして部下に扇風機の風をあて続けた行為、今後の雇用に著しい不安を与えるなど社会通念上許される業務上の指導を超えた行為、暴行行為、配偶者への暴言行為について不法行為の成立を認めました。

裁判所は、原告1については抑うつ状態発症、休職とパワハラ行為の因果関係を認め、慰謝料に加えて治療費及び休業損害を、原告2、原告3については慰謝料の支払いを、被告上司及び被告会社に命じました。

ポイント・解説

本判決では、上記被告上司の原告らに対する不法行為は、いずれも被告上司が被告会社の部長として職務の執行中ないしその延長上における昼食時において行われたものであり、これらの行為は、被告上司の被告会社における職務執行行為そのもの又は行為の外形から判断してあたかも職務の範囲内の行為に属するものに該当することは明らかであるから、被告会社の事業の執行に際して行われたものと認められるとして、被告会社は、被告上司の原告らに対する不法行為について使用者責任を負うと判断しています。

会社としては、上司にあたる従業員の行為について、業務上の指導の範囲を超えた違法なものにあたらないか等に注意を払うなど、ハラスメントが生じることを防止する体制を取っておく必要があるといえます。

また、本件で、原告1は被告上司のパワハラを被告会社に訴えたり、別の上司に相談したりしていたのですが、これに対して、当該別の上司は、「なんだ,涼しくて気持ちいいじゃないか。」「マフラーでもしてくれば。」などと発言し、パワハラを防止するための対応はとりませんでした。

従業員が相談した際に被告会社が真摯な対応をしていれば、原告1の損害の拡大を防げた可能性があるといえますから、使用者としては、パワハラの存在を認識した場合、速やかに再発防止策を講じるなど適切に対処することが必要です。

退職した従業員からパワハラを訴えられたら、なるべくお早めに弁護士にご相談下さい。

退職した従業員からパワハラで訴えられた場合には、事実調査をしたり、方針を決めたり、被害者や加害者への対応をしたり、社内の体制整備を検討・実行したりなど、多角的に進める必要があります。

弁護士法人ALGには、労働問題に強い弁護士が多く所属していますので、退職後の従業員からパワハラで訴えられた場合にはお早めに弁護士にご相談ください。

従業員が在職中だけでなく、退職後に、従業員から残業代を請求されることがあります。従業員から残業代を請求された場合には、会社としても、残業代が発生しているのか未払いの残業代はあるのかなどの回答をする必要があります。

本ページでは、従業員から残業代の請求をされた場合に、会社が行うべき対応や反論する際のポイントを説明します。

従業員から残業代を請求された場合の対応

従業員の請求に反論の余地があるかを検討する

従業員から残業代をされた場合には、従業員が主張している内容を確認したうえで、その従業員に残業代が発生しているのか、支払うべき残業代があるか、法的評価に差異がないかなどを検討します。ここでは、雇用契約書やタイムカード等の客観的な資料を基に、検討する必要があります。

支払い義務のある残業代を計算する

雇用契約書やタイムカード等の資料を基に、従業員が主張している残業代が発生している場合には、残業代を支払う必要があります。そのため、タイムカード等の労働時間がわかる資料と基に、従業員に支払うべき残業代の金額を計算します。

和解と反論のどちらで対応するかを決める

従業員からの請求に対して、会社内での調査や計算が完了した後、従業員に対してどのように回答をするかを検討します。

従業員の請求が正しい場合には、裁判所の手続きを経たとしても、従業員の請求が認められる可能性が高いうえに、時間やコストがかかることになるため、和解の方向で進めるほうが良いです。

逆に、双方の主張が対立していたり、金額に大きな差があったりするなどの場合には、従業員の請求に対して、反論をしたほうが良いことがあります。

労使間の話し合いにより解決を目指す

労働信販や労働訴訟になった場合には、時間やコストなどの負担が発生するため、裁判所外における任意の話し合いで解決ができないかを目指すのがよいでしょう。

労働審判や訴訟に対応する

任意での話し合いしたものの双方で合意ができなかった場合や従業員が労働信販や労働訴訟を申し立てた場合には、従業員の申し立てを無視することはできませんので、会社としては労働審判や労働訴訟の対応をする必要があります。

残業問題に詳しい弁護士に依頼する

従業員から残業債の請求を受けた場合には、会社内での調査、残業代の計算、事実関係の差異、法的論点、和解をするか反論をするかの検討、法的手続きに移行した場合にはその対応など、会社として行わなければならない事項は多岐にわたります。そのため、残業代に詳しい弁護士に相談、依頼することをお勧めいたします。

残業代請求に対する会社側の5つの反論ポイント

①従業員が主張している労働時間に誤りがある

従業員が主張している労働時間が、実際に仕事をしていなかった時間であることもあります。

実際に労働をしていたのか、労働をしていなかったとしてそのことを立証できるのか、証拠があるのかなどを検討し、労働していないことを根拠をもって主張できる場合には、従業員が主張している労働時間に誤りがあることについて、反論する必要があります。

②会社側が残業を禁止していた

会社が残業を禁止していることもあります。

ただ、実際に残業をしている従業員がいた場合に、会社として残業をしないように促さずにそのままにしていた場合には黙示の残業許可を与えていたと判断されることもありますし、業務上の必要が認められる場合には、実際に残業している以上残業代は発生すると考えていただいたほうが良いです。

そのため、残業禁止を周知していたのか、残業をする業務上の必要はないのか、残業をしている従業員に指導をしていたのかなどを検討し、反論する必要があります。

③従業員が管理監督者に該当している

その従業員が管理監督者に該当している場合には、基本的には時間外残業代を支払う必要はありません。

管理監督者に該当するかを検討し、従業員が管理監督者に該当委する場合にはその反論をする必要があります。ただし、管理監督者に該当するかは、裁判所が厳格に判断しているため、当該従業員が管理監督者に該当するかは専門的な判断が必要となりますし、管理監督者であるとしても、深夜残業代は支払いをしなければなりません。

④固定残業代(みなし残業代)を支給している

従業員との雇用契約書上、固定残業代の定めがあり、その支払いをしていて、残業時間が当該固定残業代の前提となっている時間内である場合には、残業代を支払う必要はありませんので、その反論をする必要があります。

ただし、固定残業代が有効か否かについては裁判所が厳格に判断しているため、固定残業代制度が有効か否かには専門的な判断が必要となります。

⑤残業代請求の消滅時効が成立している

残業代の請求をするとしても、消滅時効があります。消滅時効が完成している場合には、従業員は残業代を請求すること自体ができなくなるため、反論をする必要があります。

法改正がなされ、2020年4月1日以降の賃金の消滅時効は、5年としつつ、当面の間の経過措置として3年とされています。

残業代請求の訴訟で会社側の反論が認められた裁判例

事件の概要(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

令和4年3月23日 東京地裁判決

土地家屋調査法人の社員件従業員であった原告が、被告に対し、残業代及び遅延損害金、付加金を請求、被告が行った普通解雇が無効であることの確認、普通解雇後の未払い賃金を請求した事案です。

原告からの請求に対し被告は、原告が管理監督者に該当することから、残業代の支払い義務は発生しないと反論しました。

なお、管理監督者の判断に絞って解説します。

裁判所の判断

原告が、①被告設立時からの社員で、社内で被告代表者に次ぐ地位であること、②人事上の最終決定権限は被告代表者が担っていたものの、それは被告代表者が経営と営業、原告が登記申請等の現場実務の取り仕切りという社員間の役割分担に起因するものであること、③従業員の指導は原告に任されており被告代表者が口をはさむことはなかったし、重要事項も原告に相談のうえで決定していたこと、④勤務時間中に仕事を抜けることもあったが、抜けた分について減給等がされることもなかったし被告代表者から注意指導もなかったこと、⑤自らの裁量で休日出勤や代休の日を決めていたこと、⑥報酬も他の従業員に比べて倍以上の報酬を得ていたことなどの事情から、原告は管理監督者に該当すると判断しました。

ポイント・解説

管理監督者(労働基準法41条2号)は、時間外手当支給の対象外とされますので、管理監督者に該当するか否かについて、裁判所は厳格に判断しています。

管理監督者が時間外手当の支給を受けないのは、その者が、経営者と一体的な立場において、労働時間、休憩及び休日等に関する規制の枠を超えて活動することを要請されてもやむを得ないものといえるような重要な職務と権限を付与されていて、他の一般労働者に比べて優遇措置を受けていることから、法律によって厳格な労働時間等の規制をしなくてもその保護に欠けるところがないからです。

そのため、管理監督者に該当するかは、肩書の名称だけではなく、職務権限、勤務太陽、給与待遇等の事情から総合的に考慮して判断しています。

本件では、現場実務の判断賢者は原告で、勤怠についての広い裁量を与えられ、報酬も他の従業員に比べて高い報酬を得ていたことなどから、経営者と一体な立場と判断されたものと考えられます。

従業員からの残業代請求に対応する際の注意点とポイント

残業代請求を無視しない

従業員から残業代を請求された場合、労働審判や労働訴訟に発展する可能性、遅延損害金や付加金の発生、会社の評価を低下させる危険もあることから、会社として誠意をもって対応することが求められます。

労働基準監督署への対応は誠実に行う

従業員が、会社に残業代を請求することに加えて労働基準監督署に申告することもあります。従業員から申告があると、労働基準監督署から会社に対して、問い合わせがされることがあります。

労働基準監督署からの問い合わせに対して、誠実に対応しなかったり無視したりすると、是正勧告や刑事罰等の措置が取られる可能性がありますので、誠実に対応しましょう。

労働時間の管理体制を見直す

労働時間の管理体制が整っていない場合には、未払い残業代の支払いをしなければならなくなる可能性が高くなりますし、将来的にも同一の紛争が生じる危険が続きます。

未払い残業代が発生しないような老僧時間の管理体制を見直し、徹底させる必要があります。

弁護士に残業代請求の対応を依頼するメリット

残業代請求に応じるべきかどうかアドバイスできる

これまで述べてきた通り、反論のポイントは複数ありますし、法的にも裁判所が厳格に判断している争点もあり、専門的な判断が必要となることが多いです。

弁護士であれば、従業員からの残業代の請求に対し、反論をすべきか否か、反論をするとしてどのような反論をするかを検討、アドバイスすることができます。

労働審判や訴訟に発展した場合でも対応できる

弁護士であれば、労働審判や労働訴訟に発展した場合でも、一貫した主張や検討をすることができます。

労働審判や労働訴訟は、手続きとして複雑ですし、裁判所を通じた手続きであり専門的な判断が必要となり、会社自身で対応するのは負担が大きくなることが多いです。

残業代以外の労務問題についても相談できる

残業代の紛争が発生する場合、多くは残業代のみならず、他の労務問題も抱えていることがあります。残業代だけでなく、そのほかの労務問題も含めて相談することができ、包括的なアドバイスをすることもできます。

従業員から残業代を請求されたら、お早めに弁護士法人ALGまでご相談下さい。

従業員から残業代請求をされた場合には、速やかに今後の方針を立て解決に向けて進める必要があります。弁護士法人ALGでは、残業代やそのほかの労務問題についての専門的な経験を多数有しています。

従業員から残業代請求を受けた場合にはお早寝に弁護士法人ALGまでご相談ください。

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労働者が会社でのハラスメントによる損害を求めるために、労働審判を申し立てることがあります。

労働審判とは、労働関係に関する紛争を早期に解決するために用意された制度で、審判を申し立てられた会社は、適切かつ迅速に反論の準備をしなければなりません。

本稿では、ハラスメントを理由に労働審判を申し立てられた場合に、会社が主張すべき反論や答弁書の作成方法について解説をします。

ハラスメントによる労働審判に会社はどう反論すべきか?

労働者がハラスメントを理由に労働審判を申し立てた場合、労働者が請求するのは、ハラスメントを原因として生じた損害の賠償です。

その場合、会社側がすべき主な反論は、

そのため、労働審判を申し立てられた会社は、労働者の主張に対して、どの反論が適切なのか、またはどのように組み合わせるべきなのかを判断し、必要な証拠を集める必要があります。

労働審判とはどのような制度か

労働審判とは、労働者と会社との労働関係についての紛争を簡易迅速に処理するための制度で、裁判官1名と専門的知見を有する労働審判委員2名で構成される労働審判委員会によって、原則として3期日以内に終了することとされています。

また、やむを得ない理由がない限り、第二回期日の終了までに主張立証を終えなければならないとされているので、審判を申し立てられた会社側としては、早期に反論の準備をすることが極めて重要になります。

労働審判の主な流れ

労働者から労働審判が申し立てられると、裁判所から会社に申立書が送付されます。

会社に申立書が届いた時点で、第一回目の期日日程が指定されており、会社は第一回期日の一週間前までに答弁書を提出しなければなりません。

労働審判は、原則として3期日以内に終了することとされていますが、主張や証拠の内容によっては、初回期日の終了後に、審判委員からおおよその心証が伝えられることもあります。

ハラスメントの有無や内容といった主張立証は、第二回期日までに終えることとされており、その間裁判所からは、適宜調停に解決が促されます。

調停による解決とは、つまり話し合いでの解決のことを指し、調停による解決が難しい場合は、審判という形で裁判所が判断をします。

仮に、どちらかが審判の内容に異議申立てをした場合は、通常の訴訟に移行します。

通常の裁判との違い

通常の訴訟との最大の違いは、その期間の短さです。

通常の訴訟では、答弁書の提出後、1,2か月の期間を置きながら、複数回反論書面を提出する機会が与えられ、終了まで1年程度かかることも珍しくありません。

しかし、労働審判は、原則として3期日以内に終了するため、期間としても3~4か月程度で終了します。そのため、一度労働審判が始まると、短い期間内に、主張整理と証拠収集を進め、書面を提出しなければなりません。

また、労働審判は、審判の結果に異議が出た場合は通常の訴訟に移行するため、会社側に有利な審判が出た場合でも労働者が異議を申し立てることがあることにも注意しなければなりません。

ハラスメントで労働審判を申立てられた際にすべきこと

ハラスメントで労働審判を申し立てられたときは、まず申立書から労働者の主張を把握し、労働者の主張に対する適切な反論を記載した答弁書を作成して期限まで提出することが必要です。

労働者の主張を把握する

労働審判に対応するためには、まず、労働者の主張を把握することが肝要です。

裁判所から届いた申立書には、どのような事実がハラスメントに該当し、どのような損害が発生したかについての労働者の主張が記載されています。

労働審判は、申立書に記載された主張を起点に進んでいくので、労働者が上記についてどのような主張をしているのかを適切に把握しなければなりません。

会社側の反論を記載した答弁書の作成

労働者の主張を把握したら、次は主張に対する反論を作成します。

答弁書を作成する際には、事実関係自体を争うのか、あるいは事実関係は認めるがそれはハラスメントには該当しないと争うのか、会社側の主張を法的に整理し、答弁書という書面を作成して提出します。

答弁書の提出期限について

答弁書は初回期日の1週間程度前に提出することを求められることが通常で、提出期限を過ぎると裁判所が会社の主張を正確に把握することができなくなるため、答弁書の提出期限は厳守する必要があります。

答弁書作成のポイント

パワハラの場合

パワーハラスメント、いわゆるパワハラとは、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたもので、それにより雇用する労働者の就業環境が害されるもののことをいいます。

パワハラに対する答弁書を作成する際は、上記定義を意識しつつ、関係者への聴き取りやメールなどの証拠に基づいた主張を行う必要があります。

また、業務上必要な指導がパワハラであると主張されることもあるため、発言の経緯や状況も丁寧に聴き取りをする必要があります。

セクハラの場合

セクシュアルハラスメント、いわゆるセクハラとは、職場において行われる労働者の意に反した性的な言動をいいますが、労働者の対応により解雇や降格などの不利益を受ける「対価型セクハラ」や、性的な言動で就業環境が不快なものとなったことで労働者の能力の発揮に重大な悪影響が生じる「環境型セクハラ」などに分類することが可能です。

セクハラについての答弁書を作成する際は、上記のような分類を意識して反論する必要があります。

セクハラに対する訴えは、被害者の主観的な基準によることが多いため、行為の態様・職務上の地位などの要素を、できる限り客観的な証拠に基づき主張することが重要です。

労働審判において会社側が主張すべき反論とは

被害者が主張するようなハラスメントの事実は存在しない

労働審判では、まず労働者が主張するハラスメントの事実の有無を調査します。

調査の結果、ハラスメントが確認できないのであれば、労働者の主張するハラスメントの事実そのものが存在しないと反論することができます。

労働者の主張する事実の有無が記録から明らかにならないという場合もあれば、労働者の主張する事実が客観的証拠とは明確に矛盾する場合もあります。重要なのは、労働者側の主張する事実を正確に把握し、関連する証拠を丁寧に収集することです。

ダイバーシティ・LGBTに関する問題

会社側は法的責任を負わない

労働者の主張する事実が確認できたとしても、会社が直ちに法的責任を負うわけではありません。

例えば、パワハラと主張される指導が実際に行われていたとしても、その評価として、業務上必要かつ相当な範囲内のものであれば、ハラスメントがあったことを理由として会社が法的責任を負うことはありません。また、労働者が精神疾患に罹患したとしても、会社以外にその原因があれば、損害発生との間に因果関係がないため、会社は法的責任を負いません。

ハラスメントによる労働審判を未然に防ぐための対策

ハラスメントによる労働審判が申し立てられると、会社は損害賠償リスクを負うだけでなく、必要な対応を迫られ業務が圧迫されるという不利益を被ります。こうしたリスクを回避するためには、あらかじめ、ハラスメントが発生しない、またはすぐに対処できる社内体制を整備することが重要になります。

まずは、ハラスメントを禁止・処罰する内容の内部規則の整備・周知を行い、社員に対してどのような行為がハラスメントに該当するのかといった研修を行うことが必要です。

また、それでもハラスメントが発生した場合に、早期に情報を収集、調査し、解決できるように相談窓口を設置することも重要です。

よくある質問

労働審判では、必ず代理人を選任しなければならないのでしょうか?

労働審判では、代理人を選任することは必須ではありません。しかし、労働紛争という特殊性や迅速な対応が求められる緊急性から、代理人を選任することをお勧めします。

労働審判の代理人を弁護士に依頼した場合、会社関係者は出席しなくても良いのでしょうか?

期日では裁判官や審判委員から会社内についての質問があります。審判は原則として3期日以内に終了してしまうことから、その場で答えられるように、会社内の事情に詳しい関係者に同席していただいた方が良いでしょう。

答弁書に必ず記載しなければならない事項はありますか?

答弁書には、以下の事項を記載する必要があります。

  • 申立ての趣旨に対する答弁(労働者の求める内容の審判に対する反論です)
  • 申立書に記載された事実に対する認否(どの事実関係を認め、どこを争うのかを明らかにします)
  • 答弁を裏付ける具体的な事実(会社側の主張の根拠となる事実関係です)
  • 予想される争点及び当該争点に関連する重要な事実
  • 予想される争点ごとの証拠
  • 当事者間で行われた交渉など申立てに関係する経緯

労働者がハラスメントの証拠を持っている場合、会社はどう対処すべきでしょうか?

労働者がハラスメントの証拠を持っている場合、ハラスメントの事実がないと争うことは得策ではありません。
労働者が主張する事実があるとしても、ハラスメントには該当しない、またはハラスメントと損害との因果関係がないという点に重点をおいて反論する方が良いです。

ハラスメントによる労働審判は、解決までにどれくらいの期間がかかりますか?

多くの労働審判は申立てから3か月以内に終了しており、裁判所が公表しているデータでは約70%が3か月以内に終了しています。

労働審判でも合意に至らなかった場合、会社は異議申し立てをすべきでしょうか?

労働審判で合意に至らなかった場合は、裁判所が審判という形で判断を出します。
会社側の主張を十分に汲み取った審判が出なかった場合や、裁判で判断を覆せる見込みがある場合は、異議申立てを検討すべきです。

ハラスメントが業務と無関係である場合でも、会社が責任を負うことになりますか?

ハラスメントが業務と無関係な場所や状況で行われた場合でも、職場の飲み会など、実質的に業務との関連性があれば、会社が責任を負う可能性はあります。

ハラスメントの原因が被害者側にもあったのですが、この点について主張すべきでしょうか?

ハラスメントの原因が被害者側にある場合は、過失相殺といって、会社側の責任を減殺できる可能性があります。
しかし、過失相殺が認められる程度の原因が被害者に認められることは多くないため、調停での早期解決を視野に入れているのであれば、主張をするか否かについては慎重に検討すべきでしょう。

答弁書が期日までに提出できない場合、どうしたらいいでしょうか?

答弁書は、労働審判において極めて重要な存在であるため、できる限り期限に間に合うようにしましょう。
どうしても期限に間に合わない場合は、裁判所に連絡を入れて、初回期日を先に延ばせないか交渉しましょう。

精神疾患の発症が、ハラスメントではなく別の原因によるものであった場合、会社は慰謝料を支払う必要がありますか?

精神疾患の発症が、ハラスメント以外の原因にあるのであれば、会社は損害賠償責任を負いません。

ハラスメントが及ぼすメンタルヘルス不調について詳しく見る

ハラスメントの労働審判において、会社側は可能な限り反論すべきです。答弁書の作成などでお悩みなら弁護士にお任せください。

労働審判が申し立てられると、会社側は限られた期間内に、適切な反論をしなければなりません。説得力のある答弁書を作成するためには、法的な観点を踏まえて、労働者側の主張を正確に把握する必要があります。

万一、労働審判の初回期日までに適切な反論ができない場合、会社側は多額の損害賠償義務というリスクを負いかねません。

弁護士法人ALG&Associatesでは、労働問題に精通した弁護士が多数在籍しております。労働審判が申し立てられた時は、一度ご相談にお越しください。

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職場におけるハラスメントは、被害を受けた従業員だけでなく職場全体へ被害を与えます。

また、企業の対応が不適切であると、法的責任を問われ、社会的信用を失うおそれもあります。

ここでは、職場におけるハラスメントの影響について解説します。

ハラスメントが企業に及ぼす悪影響とは

職場環境の悪化

ハラスメントが起こった場合、ハラスメントの被害者と加害者との間の信頼関係は破綻または破綻寸前の状態にあります。そうしたハラスメントの当事者が同じ職場で勤務を続けている場合、被害者のみならず、周囲の従業員のモチベーションも低下してしまいかねません

企業がハラスメントに気が付いていない場合や、気が付いていたのに放置する場合など、ハラスメントの問題に適切に対処しないと、加害者や会社に不満を抱く従業員が続発し、職場の雰囲気の悪化へとつながります。

生産性低下による業績悪化

ハラスメントによって職場環境が悪化し、当事者及び会社に不満を持つ従業員が多く発生すると、従業員の働く意欲は低下することが多いです。そうなれば、作業効率の悪化やミスの増加によって従業員の労働能率が低下し、会社全体の生産性の低下を招き、ひいては業績の悪化へとつながるおそれがあります。

人材流出のリスク

ハラスメントの問題が発生すると、被害者が休職したり、退職したりするリスクがあります。

さらに、会社の業績が悪化し、職場環境も悪いとなれば、このような職場ではもう働きたくないと思い、他の従業員も次々とやめてしまうことが生じかねません。このような場合、会社から優秀な従業員から退職してしまう傾向にあるため、会社が人材不足に陥ってしまうおそれがあります

企業イメージの低下

ハラスメント問題が発生すると、民事訴訟、行政指導、マスコミ報道にまで発展する可能性があり、その場合には、企業のスキャンダルとしてマイナスの宣伝効果を生じさせるおそれがあります。

社会的な信頼を一度大きく損なうと、顧客離れや取引中止、株価の暴落といった影響を受けるリスクがあり、業績悪化へとつながりかねません。

ハラスメント問題と企業への損害賠償リスク

労災事案の賠償請求に対する使用者側対応と労災保険

企業が負う法的責任とは

ハラスメントが起こった場合、企業は、先に述べたような事実上の不利益を負うにとどまらず、法的責任を追及されることがあります。

企業が負う法的責任としては、使用者責任(民法第715条)、職場環境配慮義務違反の債務不履行責任(民法415条、労働契約法5条)や不法行為責任(民法709条)があります。

また、男女雇用機会均等法、労働施策総合推進法、育児・介護休業法では、事業主に対し、ハラスメント防止のための雇用管理上必要な措置を講じることを義務づけており、事業主が措置義務を果たさない場合は企業名公表に至ることがあります。

ハラスメントについて損害賠償請求された判例

ハラスメント問題で会社の責任が問われた裁判例をご紹介します。

事件の概要

【名古屋高等裁判所 平成22年5月21日判決 地公災基金愛知県支部長(A市役所職員・うつ病自殺)事件】

市役所の職員であったA氏は、厳しい指導で知られていたB部長の課に配属となりました。

B部長は、仕事がよくでき、部下に対しても高い水準の仕事を求め、その指導の内容自体は多くの場合間違ってはいなかったものの、話し方が命令口調であり、人前で大声を出して、感情的、かつ、反論を許さない高圧的な叱り方をすることがしばしばありました。そのため、B部長の部下は、B部長から怒られないように常に顔色を窺い、不快感と共に、萎縮しながら仕事をする傾向があり、部下の間では、不満がくすぶっていました。

こうしたB部長の部下に対する指導状況は、職場内では周知の事実であり、過去には、このままでは自殺者が出るなどとして人事課に訴え出た職員もいましたが、仕事上の能力が特に高く、弁も立ち、上司からも頼りにされていたB部長に対しては、上層部でもものを言える人物がおらず、そのため、B部長の指導のあり方が改善されることはありませんでした。

そのような中、B部長がA氏の直属の部下らを厳しく叱責するということがあり、A氏は、そのことを自らのこととして責任を感じ、心理的負荷により自殺に至りました。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

「Bの部下に対する指導は,人前で大声を出して感情的,高圧的かつ攻撃的に部下を叱責することもあり,部下の個性や能力に対する配慮が弱く,叱責後のフォローもないというものであり,それが部下の人格を傷つけ,心理的負荷を与えることもあるパワーハラスメントに当たることは明らかである。

Yが仕事を離れた場面で部下に対し人格的非難に及ぶような叱責をすることがあったとはいえず,指導の内容も正しいことが多かったとはいえるが,それらのことを理由に,これら指導がパワーハラスメントであること自体が否定されるものではない」として、Bの部下に対する指導がパワーハラスメントにあたると判断しました。

ポイントと解説

B部長は、直接A氏に対して厳しい叱責を行ったわけではなく、また、B部長の日頃の部下に対する指導状況は、必ずしも理由なく叱責することはなかったという事情があったことから、一審はこの点を強調し、パワーハラスメントを否定しています。

しかし、本判決では、Bの部下に対する指導は、人前で大声を出して感情的、高圧的かつ攻撃的に部下を叱責することもあり、部下の個性や能力に対する配慮が弱く、叱責後のフォローもないというものであり、それが部下の人格を傷つけ、心理的負荷を与えることもあるパワーハラスメントに当たることは明らかであると判断しました。

本判決によれば、言動の態様・頻度・継続性等が、パワーハラスメントについての評価の重要な判断要素となるといえます。

ハラスメントに関するQ&A

ハラスメントについてよくある質問について、以下で解説します。

ハラスメントが発生した場合、従業員にはどのような影響がありますか?

ハラスメントが発生すると、ハラスメントを受けた従業員は、就労の意欲が減退したり、退職したり、精神疾患を患ったりする可能性があります。

職場でハラスメントが発生した場合、企業名は公表されてしまうのでしょうか?

職場でハラスメントが発生した場合、事前に労働基準監督署から指導や勧告が行われ、それでも是正が図られない場合は企業名公表に至ることがあります。
法律上の制裁として企業名を公表できると規定されている法律には、育児・介護休業法、高年齢者雇用安定法、障害者雇用促進法、労働者派遣法等があります。
そして、令和2年6月1日施行のパワハラ防止法の改正により、パワーハラスメントについて防止措置を講じない等の理由で行政から勧告を受けたにもかかわらず従わなかったときには、その旨を公表される可能性があります。

ハラスメントにより会社の業績が悪化しました。ハラスメントをした従業員に対し、損害賠償を請求することは可能ですか?

労働者が故意や過失によって会社に損害を発生させた場合、債務不履行責任や不法行為責任によって会社は労働者へ損害賠償請求できるのが原則です。
しかし、債務不履行責任や不法行為責任の一般原則をそのまま貫くと、労働者が不利益を受けてしまうおそれがあるため、信義則や報償責任により、労働者のミス等によって会社が労働者へ損害賠償できるケースは限定的に理解され、従業員側に「故意」や「重過失」があるケースに限られます。
そのため、ハラスメントによる会社の業績悪化については、従業員があえてそれを意図して行った場合や、会社が適切に注意、処分等を重ねたにもかかわらず従業員がハラスメントを行い続けたことにより業績が悪化したといえるような極端な場合に限られるといえます。
また、ハラスメントによる会社の業績悪化といっても、会社が適切に対処したか否かが大きくかかわるため、従業員の行為自体による損害だということができる範囲は限定されると考えられます。

パワハラがあったことで職場秩序に乱れが生じています。改善するにはどのような措置が必要ですか?

ハラスメントが発生した場合、二次被害が生じる可能性があることから、会社としては、迅速かつ適切に対応する必要があります。
まずは、当事者や関係者への聴き取りを含めた調査を行い、事実関係の確認を行った上で、ハラスメントの有無について事実認定を行い、その結果、ハラスメントがあったと認定された場合は、まず被害者に対し適切なフォローを行うことが必要です。
具体的には、被害者と加害者の執務場所の引き離しや配置転換、労働条件上の不利益の回復、産業医等による定期的な面談の実施、休暇の付与、当事者双方の関係改善のサポート等の措置を講じます。
また、ハラスメントがあったと認定された場合は、一般的に就業規則上の懲戒事由に当たるため、加害者への懲戒処分を検討することになります。加害者に対し適切な懲戒処分が行われないと、会社がハラスメント行為を容認していると受け取られかねないため、毅然とした対応をする必要があります。
他方で、ハラスメント行為に相応な処分である必要があり、重すぎる処分は無効となるため注意が必要です。
さらに、同じことが繰り返されないよう、再発防止に向けた措置を講じることも必要となります。

職場のハラスメントについてSNSによる拡散を防ぐために、会社がすべきことはありますか?

従業員により不適切なSNS投稿が行われると、その情報がたちまちインターネットで拡散され、会社の信用低下や、金銭的損失が発生するなど、多大なダメージを与える可能性があります。
会社としては、信用を回復するために、会社から事実関係の公表を行うことや、公的な謝罪を検討する必要があります。
なお、仮に、SNSによって投稿されたハラスメントに関する内容が事実である場合には、一刻も早くハラスメントに対する適切な対応を行うことが必要であることは言うまでもありません。
また、SNSに投稿された内容は、放置していれば更にインターネット上で拡散していく危険がありますから、従業員に対して速やかに投稿内容の削除を要請する必要があります。
さらに、従業員のSNS投稿によって、情報漏えいや名誉棄損等が生じた場合には、当該従業員の行為は就業規則上の懲戒事由に該当することがほとんどであると考えられますので、行為の悪質性や被害の程度等も踏まえ、懲戒処分の検討が必要となる場合もあります。

ハラスメントにより自殺者が出た場合、会社はどのような責任を負うのでしょうか?

ハラスメントにより自殺者が出た場合、ハラスメント行為と自殺との間に因果関係が認められれば、会社は、使用者責任や安全配慮義務違反を理由として、賠償責任を負う可能性があります。

職場におけるハラスメントにはどのようなものがあるのでしょうか?

職場におけるハラスメントには、パワー・ハラスメント、セクシャル・ハラスメント、カスタマー・ハラスメント、マタニティー・ハラスメント等があります。

ダイバーシティ・LGBTに関する問題

パワハラにより、うつ病を発症した従業員から労災請求された場合、どのような手続きが必要ですか?

労災申請があった場合、会社としては労災と考えていない場合であっても、会社には申請について一定の協力をすることが義務付けられています。具体的には「手続についての助力」と「必要な証明」が求められています。
なお、会社として労災ではないと考えている場合、会社がとるべき基本姿勢は、従業員には希望通り労災の申請をさせたうえで、労災かどうかについて、労働基準監督署長の判断に委ねることとなります。

労災事案の賠償請求に対する使用者側対応と労災保険について

ハラスメントによる人材流失を防ぎたいため、退職の申し出を拒否することは可能ですか?

期間の定めのない労働契約の場合、労働者は、2週間の予告期間を置けばいつでも契約を解約することができますので、会社は、退職の申し出を拒否することはできません。
他方で、期間の定めのある労働契約の場合、労働者は、その期間中は契約を解除できないのが原則です。ただし、雇用契約を続けることができない「やむを得ない事由」がある場合は退職が認められます。
また、一定の場合、当該労働期間の初日から1年を経過した日以後は、退職の自由が認められることとされています。そのため、この場合も、会社は、労働者からの退職の申し出を拒否することはできません。

会社がハラスメントについて対策をしていなかった場合、賠償額の支払いを免れることは不可能でしょうか?

会社がハラスメントについて対策をしていなかった場合、それは会社に職場環境配慮義務違反があったことを意味します。その場合には、会社は、会社自身の不法行為責任を負うことになり、賠償額の支払いを免れることは不可能だと考えられます。

ハラスメントは企業経営に大きな影響を及ぼします。ハラスメントの発生・拡大を防ぐためにも弁護士にご相談下さい。

ハラスメントは、被害者だけでなく、被害者の周囲にいる従業員に対しても、生産性の低下等の影響を及ぼします。さらに、事態が悪化すると、企業の存続に支障をきたすような状況になるリスクがあります。

単にハラスメントといってもその内容は様々であり、その内容に応じてハラスメントが生じない仕組みづくりや、ハラスメントが生じた場合の対処方法を考えておく必要がありますが、弁護士であれば、各種のハラスメントの知識を持ち合わせており、防止するための就業規則等の整備についてもお手伝いが可能です。ハラスメント対策をお考えの方は、お早めに弁護士に相談されることをお勧めします。

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平成31年4月より、雇用契約における労働条件の明示がメール等でも行うことが可能になりました。メール等での労働条件の明示を行う場合にあたっての注意事項を解説します。

「労働条件の明示」とは

使用者と労働者が労働契約を締結する場合には、使用者は、労働者に対し、賃金、労働時間、就労場所などを明示しなければなりません。明示しなければならない事項は、労働基準法や労働基準法施行規則に定められています(労働基準法施行規則5条1項柱書)。

2019年4月から電子メール等による労働条件の明示が可能に」

労働契約自体は、書面でのやりとりがなくてもお互いの合意だけでも成立はしますが、労働条件の明示が求められている特定の事項については、書面に記載し、その書面を労働者に交付する必要があります。労働条件を明示することで労働条件に関する紛争を防止し、労働者を保護するためです。

もっとも、平成31年4月に改正法が成功され、必ずしも書面である必要はなく、労働者が希望する場合には、メール、FAX(出力により書面の作成ができるツール)などでも明示することができるようになりました。

労働条件の明示をメール等でする場合の明示すべき事項とは

必ず明示しなければならない事項

労働条件をメール等などの書面ではない方法で明示する場合には、①労働契約の期間に関する事項、②有期労働契約の場合の更新の基準に関する事項、③就業場所、従事すべき業務に関する事項④労働時間等に関する事項⑤賃金等に関する事項、⑤退職(解雇も含む。)に関する事項です。

これ以外の事項については、口頭で伝えることも可能です。

労働契約の期間に関する事項

労働契約には、期間の定めのない労働契約と期間の定めのある労働契約があります。そのため、当該労働契約が期間の定めのない労働契約である場合にはその旨、期間の定めのある労働契約である場合には、その期間明示する必要があります。

また、期間の定めのある労働契約の場合には、期間満了後に当該労働契約を更新する場合がある場合には、更新する場合の機銃を明示する必要があります。

就業場所・従事すべき業務に関する事項

入社後に就労する場所及び従事すべき業務を明示することで足りると考えていますが、紛争防止のためには、将来従事する可能性のある場所や業務、出向や派遣などの内容も合わせて明示する方が良いです。

労働時間・休日・休暇等に関する事項

始業及び終業の時間、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇等の規定を明示する必要があります。

賃金に関する事項

賃金の金額、賃金の計算方法や支払い方法、賃金の締め切り日や支払い時期、昇給に関する事項について明示する必要があります。

退職に関する事項

退職に関する事項、解雇事由について明示する必要があります。

口頭のみの明示でもよい事項

これまで記載した事項は、必ず明示する必要がありますが、それ以外の事項については、必ずしも明示する必要はなく、口頭での明治でも良いとされています。その事項は、以下の通りです。

パートタイマーへの明示の例外について

これまでは、正社員の場合の労働契約の明示についてご説明してきましたが、パートタイマーの労働者に対しては、上記の内容に加えて、昇給の有無、退職手当の有無、賞与の有無、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する事項に係る相談窓口についても明示する必要があります(パート労働法6条1項、パート労働法施行規則2条1項)。

労働条件の明示をメール等で行う際の注意点

労働条件の明示をメール等は、使用者の判断で行うことができるわけでありませんメール等で労働条件を明示する場合には、以下の条件が整うことが必要ですので、注意が必要です。

労働者がメール等での明示を希望していること

労働条件をメール等で明示するためには、労働者がメール等の方法で明示することを希望していることが必要です。そのため、労働契約を締結する時点で、メール等で労働条件の明示を希望するか明示的に確認する必要があります。

書面として出力できるものに限られる

メール等を利用する場合、その記録を出力することにより書面を作成することができる者でなければなりません(労働基準法施行規則5条4項2号)。そのため、文字制限があったり、書面の出力ができなかったりする場合には、労働条件を明示したと評価されません。

本人のみが閲覧できるように送信すること

メール等を利用する場合、受信者を特定して情報を伝達するために用いられる電子通信であることが必要です(労働基準法施行規則5条4項2号)。そのため、ブログ等ではなく、労働者本人がメール等を確認できるアドレスに送信する必要があります。

メール等が到達したことを確認すること

本来書面で労働者に書面で労働条件を明示する必要があるわけですから、メール等で送信しただけでは足りず、労働者に到達している必要があります。

場合によっては、アドレスが異なっていたり、受信拒否をされていたりする危険があり、その場合には労働条件を明示ししていないと評価される危険があります。きちんと労働者にメール等が到達している確認をした方が良いです。

メール等で労働条件を明示するメリットとは?

メール等で労働条件の明示を行うことができると、①効率的に労働契約を締結することができる、②コストを削減できる、③オンライン上で一括して管理することができるなどのメリットがあります。

書面ですと、原本を印刷し、捺印したり郵送したりしなければならず時間がかかりますし、印刷代、郵送代、書面代等がかかります。しかし、メール等で労働条件の明示を行うことができれば、そのような時間やコストを削減することが可能となります。

また、募集から採用までの一連の手続きをオンライン上で行うことができれば、資料も一括して管理することができ、労働者の管理にも資することができます。そのため、今後、労働条件の明示をメール等で行う機会は増えていくものと推測されます。

明示義務に違反した場合の罰則

使用者が、労働条件の明示義務に違反した場合には、30万円以下の罰金(労働基準法120条)の罰則が課される危険があります。パートタイマーの労働契約については、10万円以下の罰金(パート労働法31条)です。

メール等による労働条件の明示でトラブルとならないよう、労働問題に強い弁護士がアドバイスいたします。

メール等で労働条件の明示ができると、会社にとってもメリットがありますが、簡単にできるからこそ注意をして実施しないと思わないところで不足があり、労働者とトラブルになったり罰則等の制裁を受けたりする危険があります。

弁護士にご相談いただければ、メール等により労働条件の明示でトラブルにならによう、明示が求めれられている事項や明示方法等について、アドバイスをすることが可能です。

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雇用契約書がない時に起こりうるトラブル

労働基準法は、労働時間、休日等について規制を設けており、使用者が労働者を、法定労働時間を超えて労働させたり、法定休日に労働させたりすることを禁止しています。

この規制には2つの例外があり、うち1つがいわゆる「三六協定」ですが、もう一つの例外が労働基準法第33条の定める「災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働等」というものです。

以下では、「災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働等」について解説していきます。

労働基準法第33条の「災害時の時間外労働等」とは?

労働基準法33条の「災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働等」とは、「災害その他避けることのできない事由によって、臨時の必要がある場合」に、「使用者は、行政監督庁の許可を受けて」「その必要の限度において」労働基準法の法定労働時間を超えて労働させたり、法定休日に労働させたりすることができるというものです。

労働時間・休日の原則と上限規制

労働基準法は、基本的に、1日8時間・週40時間(法定労働時間)を超えて労働者を労働させてはならないと規定しています。

また、毎週1日又は4週間を通じて4日以上の休日(法定休日)を与えなければならないと規定しています。

原則として、使用者は、この規制を超えて労働者に労働させることは出来ません。

労働基準法第33条が適用されるケースとは?

このように労働時間・休日労働に対して規制がありますが、労働基準法第33条が適用された場合、この規制を超えて、労働者に労働させることができることになります。

労働基準法第33条が適用されるのは、「災害その他避けることのできない事由」が存在し、規制を超える労働について「臨時の必要」が認められる場合です。

「災害その他避けることのできない事由」とはどういった場合を指すか、以下紹介します。

地震、津波、風水害、雪害、爆発、火災等の災害が起きたとき

地震、津波、風水害、雪害、爆発、火災等の災害が起きたときには、それらの災害に対応するために必要な業務(例えば、地震等によりライフラインが混乱した際、ライフライン復旧のために行う業務等)を行う必要があります。

一般にこのような場合には、「災害その他避けることのできない事由」が認められるものと考えられます。

突発的な機械や設備の故障、システム障害が起きたとき

事業の運営を不可能ならしめるような突発的な機械や設備の故障、システム障害が起きたときも「災害その他避けることのできない事由」が認められるものと考えられます(例えば、サーバー攻撃によるシステムダウン時等です。)。

他方、通常想定される部分的な修理等は「災害その他避けることのできない事由」とは認められないものとされています。

新型コロナウイルスへの対応にも適用される

近年問題となったのは、新型コロナウイルスの急速な感染拡大が「災害その他避けることのできない事由」としてP認められるかどうかという点でした。

これについては、例えば、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するためのマスクや消毒液を生産するような業務においては、原則として「災害その他避けることのできない事由」が認められるものと考えられていました。

労働基準法第33条を適用するときの注意点

労働基準法33条が適用される場合であっても、以下のとおりいくつか留意しなければならない点がありますので、注意が必要です。

労働基準監督署長の許可を得る

労働基準法33条第1項には、「使用者は、行政監督庁の許可を受け」又は「事態急迫のために行政監督庁の許可を受ける暇がない場合においては、事後に遅滞なく届け出」をすることを要求しています。

これは、災害その他避けることのできない事由について、完全に使用者の主観的な判断にゆだねてしまうと、労働時間・休日労働に対する規制が安易に違反されてしまう可能性があるため、行政監督庁の関与を要求したものです。

したがって、使用者は、事前に労働基準監督署長の許可を得るか、事態急迫で許可を受ける暇がない場合には事後的に労働基準監督署長に届出をしなければなりません。

時間外労働等には割増賃金が発生する

労働基準法33条は、法定労働時間を超えて労働させたり、法定休日に労働させたりすることを認めていますが、これは、割増賃金なしに労働させられるということではありません。当然のことながら、時間外労働や休日労働に対しては、割増賃金を支払う必要があります。

時間外労働等は必要範囲内にのみ認められる

また、災害その他避けることのできない事由によって、臨時の必要がある場合であったとしても、労働者を無制限に稼働させられるわけではありません。

労働基準法33条第1項は、「その必要の限度において」労働させられると定めており、必要の限度を超えて労働させることはできません。必要の限度内かどうかは、社会通念上判断されることになりますが、例えば工場火災の消火活動と後始末は必要の限度に含まれるものの、その後の復旧作業は範囲外とされることがあります。

従業員の健康にも十分配慮する

また、労働基準法33条が適用されるような緊急事態であっても、使用者が労働者の健康等に十分配慮しなければならない安全配慮義務は当然に認められます。

緊急時という状況ではあるものの、労働者の健康等に十分配慮し、可能なケアは行わなければなりません。

それを怠って労働者の健康を害した場合、労働基準法33条適用下であっても、安全配慮義務違反が問われる可能性はあります。

不測の事態に備えるためにも、不明点等があれば弁護士にご相談下さい。

三六協定は締結していても、労働基準法33条の適用については十分な知見がない場合もあるでしょう。

どういった場合に労働基準法33条が適用されるのか、そのときの注意点等、具体的な業務との関係では不明点も多いと考えられます。

不測の事態にも対応できるよう、平時から弁護士に相談されることをお勧めします。

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労働者が体調不良等で一定期間働けないことが見込まれる場合、労働者を休職させるということがあります。

会社としては業務に耐えられるように労働者に休職してもらい、回復につとめてもらいたいと考えていても、労働者側が休職命令を拒否することがあります。

そのような労働者に休職命令を強制することは出来るでしょうか。また、休職命令を拒否する労働者にはどのように対応したらよいでしょうか。

以下、解説をしていきます。

労働者が休職命令を拒否する理由とは?

労働者の中には、休職命令を拒否する人がいることもあります。
例えば、

等の理由から、休職命令を拒否する労働者がいます。

会社は休職命令を強制することができるのか?

休職命令を拒否する労働者に対して、会社は休職命令を強制することが出来るでしょうか。

休職命令を出すために就業規則に休職命令について規定すること等は必要ですが、休職“命令”である以上、会社は労働者に休職を強制することができます。

そのため、休職命令を出したにもかかわらず、労働者が労務提供を行なおうとする場合、会社は労務提供を拒否することが可能です。

休職命令を出す目的とは

休職は、労働者が体調不良等により約束どおりの労務提供ができない場合に、約束どおりの労務提供が出来る状態になるまで、労務提供の義務を免除することです。

休職命令を出すのは、いくつかの目的があります。例えば、私傷病による体調不良の場合であれば、

が考えられます。

労働者側にも健康を保つ義務がある

労働契約上、労働者は契約により定められた労務提供を行う義務があります。したがって、労働者側にも健康を保ち、契約により定められた労務提供を行えるようにする義務があります。

そのため、私傷病により労務提供ができないというのは、労働者側の義務違反という整理になります。

しかしながら、労働者側の義務違反であるとはいっても、いきなり会社として解雇することは難しく、解雇(又は当然退職)前の猶予期間(労務提供ができる状態に戻れるかを見定める期間)を設けるために、休職命令を出すことになります。

労働者としても、休職命令が適法に出されたのであれば、休職期間中は回復に努めなければなりません。

休職命令を強制する方法

休職命令を適法に出すことができれば、休職を強制することができます。

そこで、休職命令を適法に出すために必要な準備について、以下解説します。

休職命令について就業規則に規定する

休職命令は、特段根拠となる規定が存在しなくても発することができるという考え方もありますが、実務的には、就業規則で休職命令について規定しておくことが無難であると考えられます。

そこで、まずは就業規則に休職に関する規程を設け、そこに休職を会社が「命じる」ことが出来る旨を記載しておくべきです。

休職するか否かを労働者の判断に委ねるような記載では、会社として休職を「命じる」ことが出来ない可能性もあるため、文言には注意が必要です。

産業医や主治医の意見を聞く

例えば体調不良による休職の場合であれば、本当に体調不良か否か、休職の必要性が認められるかについて、産業医や主治医の意見を聞くのが無難です。

実際には体調不良ではないとか、若干の体調不良はあっても労務提供は行える程度のものに過ぎないということであれば、そもそも休職命令を出すことができないと考えられますので、注意が必要です。

労働者に休職の必要性を説明する

労働者の中には休職に難色を示す人もあります。会社としては、契約に定められた労務提供ができていないということや、体調不良を改善するためにも一定期間療養に専念する必要があるということ等の休職の必要性を十分に説明しましょう。

また、労働者からも休職に関する意見等は十分に聞き取りを行うことが重要です。

労使双方が納得の上で休職とすることが本来的には望ましいですし、仮に労働者は休職に難色を示したとしても、十分な説明の機会や意見陳述の機会が与えられていたことにより、紛争化が避けられる可能性も高まります。

紛争となった場合でも、休職命令が有効であると判断されるためにこれらの事情は重要と考えられます。

休職命令に応じない労働者を懲戒処分にできるか?

休職命令も就業規則に基づいて適法になされたものであるのであれば、労働者としては休職命令に従わなければなりません。そのため、休職命令に応じない労働者に対しては、懲戒処分を行うことが可能です。

ただし、当然の前提として、懲戒処分を行うためには、懲戒処分に関する規程が就業規則上設けられていること等は必要です。

また、懲戒処分一般の問題と同様ですが、いきなり懲戒処分から入るのではなく、まずは注意や指導等を行い、次に、懲戒処分としての軽い処分から段々と重い処分としていく必要があります。

休職命令が無効となるケースもあるので注意!

休職命令自体が裁判所に無効と判断されるケースもあります。

仮に休職命令が無効と判断されたのであれば、労務提供ができなかった期間について、労務提供できていないことは会社側の責任ということになります。

その場合には、労務提供していないにもかかわらず賃金が発生しており、賃金を支払わなければならない可能性があることになりますので、注意が必要です。

休職命令の有効性が問われた裁判例

実際に休職命令の有効性が裁判で争われることがあります。以下、休職命令の有効性が争われた実際の裁判例を紹介します。

事件の概要

この裁判例では,労働者が、会社は休職を命じるべき事由がないのに休職命令を発し,原告の提供した労務の受領を拒絶したと主張して,本件休職命令が無効であることの確認を求めるとともに,休職期間中の未払賃金等を求めた事案です。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

この裁判は、東京地方裁判所平成30年3月13日判決の裁判例です。

裁判所は、労働者が、休職命令当時,通常の労務提供ができない状態にあったとはいえず,就業規則上の休職事由は認められず休職命令は無効と判断しました。

ポイント・解説

会社の就業規則には、「従業員が・・・業務外の傷病により通常の労務提供ができず、その回復に一定の期間を要するときは、3か月以内の範囲で会社は期間を指定した休職を命じることがある」との記載がありました。

労働者である原告は、従前、パチンコ店の清掃及び警備に係る“営業業務”に従事していましたが、会社からは“営業業務”から“警備部門”(長時間の立ち仕事が予定されている)への配置転換を示唆されていました。

労働者は警備部門への配置転換を避けるために、「警備等の長時間の立位で就労する業務は腰痛が悪化するおそれが強いので避けるべきであり、そのような業務に就くことはできない」という趣旨の記載のある診断書を会社に提出しました。

会社はそれに対し、同診断書によれば労働者は上記就業規則の定めに該当するとして休職命令を発しました。

裁判所は、

以上の事情に鑑みて、休職命令当時、通常の労務提供ができない状態にあったとは認められないと判断し、休職命令を無効としました。

休職命令についてお悩みの際は、人事労務に詳しい弁護士にご相談ください。

体調不良等により長期に欠勤したり、メンタルヘルスに問題があり、安定した業務遂行ができなかったりする労働者がいる場合には、実際に会社の業務に支障がでることも多く、対応に頭を悩ませることも多いと思われます。

そういった場合の対応は、休職命令や解雇等を見据えながらの対応にならざる得ないこともあり、裁判所でも実際に争われる部分ですので、是非人事労務に詳しい弁護士への相談をお勧めいたします。

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長時間の労働は、労働者の精神的、身体的な負担となりやすく、結果として、労働者と使用者との間で長時間労働につながる残業命令の適法性が問題になることがあります。

そこで、以下では、使用者が労働者に対し、残業を命じるための要件や残業命令が違法となるケースを解説し、使用者として検討しておくべき対処法を紹介いたします。

会社が残業を命じるために必要な要件とは?

使用者が労働者に対し残業を命じるためには、①36協定と呼ばれる労使協定の締結・届出という労基法上の手続きを行うとともに、②労働契約や就業規則に労働者の時間外・休日労働義務を基礎づける契約上の根拠があるという2つの要件を満たすことが必要となります。

36協定を締結している

36協定とは、労働基準法36条に基づく労使協定のことをいいます。

36協定は、使用者が、労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者との間で締結する書面によるものであり、36協定が行政官庁に提出されることで、適法に時間外労働や休日労働をさせることが可能となります。

労働契約や就業規則に残業の規定がある

36協定は、労働者に対して、適法に時間外労働や休日労働を行わせる前提となるものであり、個々の労働者に対して、時間外労働や休日労働という残業義務を課すためには、個別に労働契約を締結するか就業規則に残業の規定を設けておく必要があります。

残業命令が違法となるケースとは?

36協定の締結や労働契約・就業規則の規定により、残業を命じることができる条件が整っていたとしても、常に労働者に対して残業命令ができるわけではなく、残業命令が違法となるケースがあることに注意を要します。

法律が定める上限時間を超えている

残業には法律上の上限時間が設定されており、労使間で36協定を締結した場合でも、原則として1か月で45時間、1年で360時間という上限を超えて残業を命じることはできません。

残業代を支払わない(サービス残業)

残業も労働時間であることに変わりはありませんので、時間外労働や休日労働など残業の態様に応じた割増分を含めた賃金(残業代)を支払う必要があり、残業代を支払わないサービス残業をさせることはできません。

残業命令がパワハラに該当する

業務上の必要のない残業を強要したり、嫌がらせなどの不当な目的で残業を強要したりするなど、残業によって労働者に不利益を与えることになる場合、上司の優越的地位を利用して業務上必要で相当な範囲を超えた残業命令をしたとして、残業命令がパワハラに該当することがあり、パラハラに該当する残業命令は認められません。

労働者の心身の健康を害するおそれがある

会社には労働者の安全・健康に配慮する安全配慮義務がありますので、体調不良の労働者に無理やり残業をさせたり、心身の健康を害する長時間の残業を強要することはできません。

直近1ヶ月の時間外労働が100時間を超えていた場合や数カ月間の平均で80時間を超えていた場合には、従業員が心身の健康を崩した時に労働災害として認定される可能性が高くなってきます。

妊娠中または出産から1年未満の労働者への残業命令

妊娠中または出産から1年未満の労働者には残業をさせることができないことが労働基準法に定められており、36協定が締結されている場合でも例外とはなりません。

育児・介護中の労働者への残業命令

育児・介護休業法では、小学校就学前までの子を養育する労働者及び要介護状態にある対象家族の介護を行う労働者について、労働者から育児や介護の必要性について訴えがある場合には、事業の正常な運営を妨げる場合を除き、残業命令に制限が設けられています。

違法な残業命令をした会社が負う不利益・罰則

使用者が労働者に対して違法な残業命令をしてしまった場合、刑事罰を負う可能性もあります(労基法119条等)。

また、仮にサービス残業をさせていた場合、当然、従業員から未払残業代の請求をされるリスクがありますし、労働審判や訴訟の結果、残業代だけでなく、遅延損害金や付加金の支払いが命じられることで、相当高額の支出を余儀なくされることがあります。

また、労働者が労働基準監督署に相談をすることで、労働基準監督署の調査が行われる場合があります。

残業命令が違法とならないための対処法

残業命令を適法に行うためには、36協定や労働契約、就業規則の規定などの前提条件をきちんと整理したうえで、労働時間の管理や残業の理由の確認などの労務管理を適切に行うことが重要といえます。

残業命令の適法性を確認する

残業命令をすることがそもそもできないにもかかわらず、残業命令をしてしまうことがないように、対象となる労働者について、育児・介護の有無、労働時間等をきちんと把握しておくことが必要になってきます。

正当な理由がある場合は残業を強制しない

労働者側に残業を異なる正当な理由がある場合には残業を強制することは避けるべきであり、無理な残業を強制することで、労働者の体調を悪化させたり、パラハラの問題に発展したりすることに注意が必要です。

労働時間を適正に把握・管理する

残業時間には上限が規定されていることから、使用者は、労働者の労働時間を適正に把握・管理することが重要になります。

労務管理が不十分な場合、意図せずとも過大な残業をさせてしまうことになり、事後的に想定外の残業代を請求されるリスクなどがあります。

残業命令を拒否した従業員の懲戒処分や解雇は違法か?

会社の業務の状況によっては労働者に残業をしてもらう必要性が認められることもあり、労働者側が不合理に残業命令を拒否すれば、懲戒処分や懲戒解雇の対象となることもあり得ます。

しかし、懲戒処分という重い対応をする前に、残業命令をする理由を説明して、労働者の理解が得られるように努めるべきです。

そのうえで、残業命令に従わない労働者がいる場合にも、戒告、減給等のより軽い処分を適用することから検討すべきといえます。

残業命令の違法性が問われた裁判例

使用者と労働者の間で残業命令の違法性が争われた裁判例として、日立製作所武蔵工場事件というものがあります。事案の概要と裁判所の判断は以下のとおりです。

事件の概要

労働者(原告)は、使用者(被告)に雇用されて、被告の工場において、部品の品質及び歩留りの向上を担当する部門での労働に従事していました。

原告が働く被告の工場の就業規則には、業務上の都合によりやむを得ない場合には労働組合との協定により1日8時間の実働時間を延長することがある旨が定められていたところ、被告は、労働組合との間において、実働時間を延長するに関して協定を締結し、同協定は所轄労働基準監督署長に届け出済となっていました。

その後、原告の上司は、原告に対して、部品の歩留りが低下した原因の究明のために残業命令を出したが、原告は残業命令に従わず、始末書の提出にも素直に応じませんでした。

そのため、被告は、労働組合の意向も聴取したうえで、原告が就業規則上の懲戒事由に該当するとして、懲戒解雇しました。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

最高裁平成3年11月28日第一小法廷判決において、裁判所は、「使用者が、労働組合等との間で書面による協定(いわゆる36協定)を締結し、労働基準監督署届け出た場合、当該36協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、就業規則の規定の適用を受ける労働者は労働時間を超えて労働をする義務を負う」と判示したうえで、本件の協定内容や就業規則の内容は合理的なものであり、残業命令の内容自体も権利濫用となるようなものではないと判断して、懲戒解雇を有効と判断しました。

ポイント・解説

本件は、36協定が締結された場合に、労働者は当初の労働契約に定める労働時間を超えて労働する義務を負うかが争点です。

最高裁は、使用者が就業規則に36協定の範囲内で時間外労働をさせることができる旨を定めており、実際に36協定が締結されて労働基準監督署に届け出されたのであれば、内容が合理的なものである限り、労働者は協定の内容に従って時間外労働をする義務を負うとしており、時間外労働に応じることが労働者の義務に含まれうることを明確にした点がポイントといえます。

残業命令や残業代に関するお悩みは、弁護士までご相談ください。

残業命令の適法性は、未払代残業代やパラハラに基づく慰謝料請求など労使間の様々なトラブルの要因になりうるものです。

残業については、時間外労働・休日労働等の残業の態様や業種ごとなどに細かいルールが設けられており、使用者として適切に労務管理をすることは簡単ではありません。

労働者の残業に関してお悩みがある場合には、使用者側の労働事件を多く扱い弁護士に一度ご相談ください。

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